【チャラデ運営からの脱退の御報告】
私事になりますが2020年7月1日を持ちましてチャラデ運営での活動を脱退させて頂きました。クレオパトラ長谷川さんをはじめとする他メンバーにもそれを相談しまして了承を頂きましたので御報告させて下さい。
上京してすぐに関わらせて貰ったチャラデでは多くの経験や出会いをさせて貰いました。感謝しかありません。ありがとうございました。
阿佐ヶ谷の高架下でみた夢や恵比寿で得た経験は今後の大きな財産となるかと思います。
劇場でお会いした出演者の皆様や御客様にはまたの機会にご挨拶をさせてもらえれば嬉しいです。
脱退理由は幾つかあります。
1つ目としましては去年の今頃から体調面が優れない日が多くなったこと。
現在は復調してきてますが不規則すぎる部分がどうしてもあるため。どうしても他メンバーに迷惑をかける部分もありました。自分のペースを一度戻しましょうということですね。
2つ目にチャラデ運営や今後の活動方針への考え方が僕の中でいくつかのズレが生じていました。
少しずつ認識のズレや価値観のズレが大きくなっていきまして話し合いをする機会が多くなっていました。どちらが正しいという様な事柄でもない事です。
その中でチャラデという場所に後から入っている自分よりも発足時からいるメンバーの意志を優先してもらう事が筋として正しいと感じましたので脱退しようと思いました。
自分のなかでの一番のズレは【チャラデ】というのは場所やその場所を作る雰囲気の名前であり、ユニット名や制作団体名ではないということなのかなと結論付けました。
それも最近自分で納得するために浮かんだニュアンスです。そう感じていたんだろうなということで批判や否定のものではありません。
僕の感じ方や受け取り方ですね。他メンバーにもほとんどこの部分の話は出来ていないかなと思います。
人生において使う日が来るとは思わなかったのですが「方向性の違い」という便利な言葉を使わせて下さい。
最後に3つ目。1つ目2つ目にも繋がる点でもあるのですが、自分の創作や活動に力を入れたいということです。
劇場の運営というのはとても有意義で学びのある活動であると共に、とても難しい事です。コロナの影響も今後はあるかと思います。
劇場の運営に携わっていることを言い訳や甘えとして本来の活動面を疎かにしてしまう場面がありました。他メンバーはそういうこともあまりないと思うので僕自身の性格や弱さです。
何かしらに頼って居場所欲しさにすがるよりも、居場所がなくても自分なりに細々と自分の足で立ちながら一歩一歩と創作していく方がよほど健全で良いのではないかなと感じてました。
ある人に「劇場を運営したくて貴方は東京に来たの?」と言われました。何とも答えがその場で出なかったのです。大分と前の事になりますが、今思えば離れる時期なのかなと考え出したきっかけかも知れないです。
長々と書きました。色々書きましたが三年半程、お世話になったチャラデには感謝しかありません。上京して、すぐに拾って貰いました。
芸人としてイベントに出演し、イベントを製作し、音響照明をしたり、受付や予約対応。SNSの更新。掃除や雑務。あーでもないこーでもないと語る打ち上げ。
お芝居やチャラ劇等にも関わらせて貰った事が僕の中では大きかったなぁ。
受付で御客様と話した事も沢山覚えております。不慣れな対応ばかりだったかと思います。ありがとうございました。
沢山のイベントを運営スタッフとして準備をお手伝いさせて頂いたり見学させて貰いました。お笑いに限らず様々な表現に触れる事が出来ました。
ピン芸人なので、一人で作って一人で練習して一人で滑っても受けても一人で受け止めるんです。そんなやつが多くの人と何かを創り共有する劇場に居場所が出来て初めて経験出来た楽しかったことも苦しかったことも財産となっています。
今後とも芸人としての活動は続けていきます。ありがたいことに芸人としてライブとかに呼ぶよと言って頂けたのでもしかしたらチャラデ制作のイベント等にも参加する機会もあるかと思います。
心残りは新劇場が出来る前にこういう形となってしまったことです。裏切った想いもあるかと思います。申し訳ありません。ご容赦下さい。
チャラデという場所は様々な表現や人が混ざりながら新しい種を創る場所です。
これからも多くのよくわからない面白いモノを作り続けると思いますのでどうか出演者の皆様。御客様。どうか今後ともチャラデを宜しくお願い致します。
僕自身も形は変わってしまうのですが今後ともチャラデのお世話になるかと思います(新劇場が出来たら単独コントライブやらせてほしいですね。芸人のことを考えまくった劇場だから本当に準備から道具からやり易いよきっと)
今後ともチャラデの更なる御活躍、発展をお祈り致します。
たなしゅう