見出し画像

第2夜 心の鬼が身を責める

朝日が登りまた沈む。
町行く景色はいつもと同じ
されど私の思いは何処か、ふわりと浮かんで沈みゆく。
散々光る空の下、どこか私は上の空。
因果のそれは、至極に当然。
座敷に住まう妖(あやかし)に、問われた事が因であり、今の私が果であるか。
されど私は武士故に、今日も勤めに胸を張り、風を切っては屋敷に向かう。

座敷の牢の灯りをつけて、今日も変わらず妖の、面と向かって刀を握る。
牢の灯りに照らされた、童は今日も本を読む。
壁に山と積まれた本は、牢か書庫かも分からぬくらい。

「今日も飽きずに来たのか結構。なかなか武骨が有るでは無いか」

気付けば妖牢の前。私を見つめて笑み浮かぶ。

「それが仕事だ仕方があるまい。今宵は何も答えはせぬぞ」

「お主の答えに期待はせぬよ。しかしお主に興味はあるな。武士の仕事は子供の守りか?」

「何を馬鹿な。そんな事。町の御用を聞いては駆けて、そんな働き八面六臂。知る人ぞ知る御用聞き」

「それは結構。されどは子守。大した事では無いのであろう」

童のように高らかに、小鳥が鳴くのに良くも似た、クスクス笑いに包まれる。
そんな手には乗らぬわ馬鹿が。
化けの皮を今宵こそ、剥いでは只の童にしよう。
さてさて何を話そうか。うんと怖い話が良いな。
ならば鬼の話をしよう。

「ならば私の仕事の話。怖くて悲鳴をあげぬよう」

「はいはいどうぞ遠慮なく。本を読むのも飽きた故」

本から顔を上げずに小娘。退屈そうに手を振った。
なんとも生意気小娘が。口に出さずに私は思う。

「ならば結構、遠慮無く。そこは打ち捨てられた古寺よ。そこには神も仏は無くて。暗い暗い風が鳴く。そこには鬼が住むという。
夜な夜な人を探しては、姿形は幽鬼の侭に。
人を探して声上げる。その声こそが恐ろしく、地獄の蓋を開けた様。
一度そこを通ったならば帰り道には幽鬼の姿。
一度見られてしまったならば骨も残さず、この世とさらば。
それがどこかの古寺に、住まう幽鬼の話なり。」

どうだ怖いか妖め。
されど全てが嘘で無くて。
幽鬼で無くとも古寺に、その身を隠す男の話。
三日も前に訪れた。細くそれこそ幽鬼の様な。私の客の話であるが。
その細身の男の言うことにゃ。どうやら妻から逃げるらしい。
鬼と呼ばれた嫁から逃げて、実家に帰る助けを請うと、涙ながらに男は語る。
なんとも情けの無い男。
それほど怖い嫁なのか。
嫁などおらぬ私には、想像できぬ事なのだろう。
故に私は男に言った。

「誰も居らぬ寺がある。そこに三日も隠れておれば、抜け出す渡りをつけてやろう。」

かたじけないと男は伏せる。その面濡らすは涙と慟哭。
なんともそんなに鬼嫁か、男は見るに骨と皮。なんとも無情な話であるか。
男を寺に匿って、早くも次の日町行けば、鬼の噂が辺りを埋める。
打ち捨てられた古寺に鬼が夜な夜な出るらしい。
地獄の様な慟哭に、人を探して食うらしい。私はすぐに理解する。
私が匿う男の話。
噂になるのは困ったものだ。されどこれで尚更に、人は寺に近付かぬ。
後は刻待ち渡りをつけて、男を逃がしてそれでは終い。

「どうだ小童。怖いか泣くか。鬼にとって食われぬ様に」

私がそうと声かける。されど妖退屈そうに、欠伸をしては目を擦る。

「うつらうつらと眠りに落ちる。そんな話をするなどと。お前は何とも話し下手。」

私の顔は真っ赤に真っ赤。残念、思惑闇の中。
続けて妖、口開く。

「されどその鬼今夜には、今夜じゃなくとも遠くなく、すぐに死んでおるだろう。終いは終い。終わりは終わり」

私はそれこそ阿呆の様に、口開け只々呆然と、妖語る言葉を拾う。

「それは一体どういう事だ?なぜに鬼が死ぬなどと、」

私の心に一抹の、不安と焦燥、童の言葉。

「昔ならばさて知らず。今のこの世で鬼などは、人など食わぬよそんなもの。
人を食うのは人故に。ならば人が鬼なのだ。
人が鬼に成ったなら、直ぐに死んでしまう故。
お前の話す古寺の、鬼も他の他聞に漏れず、直ぐに死んで話は終い。
もしも生きていたとして、それこそ死んだと同じもの。」

言うや終わり、妖は本をパタリと閉じては置いた。
じいっと私の瞳みて、ニヤリと大きく微笑んだ。私の底を見透かす様に。

「童の戯言(ざれごと)聞く耳持たず。そんなに本など読むからに、そんな事など考える。」

私は腕組みへの口結ぶ。今夜にゃ男を連れ出して。礼金もらい噺は終い。

「ならば何をすれば良い?お主は妾に何くれる?」

我が身の御霊を呑み込みそうな、牢を隔てて私を見据え、童に思えぬその瞳。

「童は童。たまには体を動かして、手毬をついて遊べや遊べ」

座敷牢の妖に、妖無くとも童に向かい、なんとも私は何を言う。
すでに化かされ上の空。語る言葉は頭を行かず。

「例え牢が無くともな、私の足は動いてくれぬ。
故に牢が有っても無くとも、別に何も変わりはせぬわ。」

妖、再び本を取り、広げて俯き目を落とす。
私は腕組み解きはせずに、じっと童を見つめておった。
それは武士たる仕事故。妖見守る私の役目。

妖、語る鬼の事、それが繰る繰る頭の中に。
されど男を逃すのは、今の私の仕事故。
変わらぬ町並みその先に、鬼の古寺それは在る。
渡りはついたそれ故に、私はそこに足向ける。
その折町を駆け巡る。号外チラシの雨あられ。

「号外号外!妻を殺した男の末路!町のはずれの古寺で!一人胸を掻き毟り!
心の臓を取り出して!その場で果てて憤死する!号外号外皆の衆!」

私は号外一つを眺め、そこに在るのは幽鬼の姿。
何とも何とも無情な事か。私が向かうは座敷牢。

「ほうら直ぐに死んだろう」

妖、変わらず本の虫。語り終わった私を他所に。瞳は文字を追うばかり。

「あ奴は鬼に成って果て、それで幽鬼の話は終い。何とも何とも後味悪し」

何を私は言っておる。妖だろうと童は童。悔恨述べて何になる。

「何を困る事がある。お主は鬼を退治した。立派も立派だ。武士たる誉」

なんとも生意気小童め。私は口をへの字に結ぶ。

「鬼が人を食うでは無くて、ましてや人は鬼 食わず。されど人は人を食う。
それが自分であったとしても、鬼に成って果てては終い。
人でも鬼でも無い故に。死ぬしかないのも案の定。
何とも何とも無情な事よ。何も与えず貰えもせずに」

妖、どこか上の空。何かを思う座敷牢。
されどこのまま妖の、手の上踊る私で無くて。

「ならば武士なら与えも出来る。ほうら受け取れ小童め。」

牢の間をなんとか通し、童に私は小さな手毬。
赤い赤い水玉は、牢の灯りに照らされて、ぼんやりまるで飴の様。

「何とも馬鹿な無骨者。動かぬ妾のこの足で、これを何とすれば良い。」

妖呆れて手毬を握り、赤い糸に爪たてる。

「動かぬ足なら動かせば良い。心頭滅却。心の持ち様。
されどそこに座っていても、手毬は付ける是非も無し。」

「何とも何とも無骨者。学を修めぬその姿、何とも哀れな事なるか。」

妖、何とも呆れ顔。されどその手に手毬を持って、持って遊んでおるではないか。
私はへの字に結んだ口を、解いて童を眺めておった。
刀は床にことりと置いて、されど最後に残るのは、男を死なせた私の悔恨。

「一つ聞きたい事がある。何故に男が死ぬなどと、わかって置いて何故言わぬ。
救えたモノもあるだろう」

妖その手の手毬を置いて、じいっと私の瞳を覗く。
深い深い瞳の奥で私の底を覗くよう。

「わかっておったさ何事も。お主の仕事を聞いた故。
故に妾は何にも語らず。鬼は死なねばならぬ故。それが人の世、現の理。
それがお主か妾でも。それは変わらぬ現の理。いずれは誰かに退治され、
噺はお終い。其れだけの事。」

それでも人は生きるもの。私の言葉は言葉に成らず。
灯りに灯され座敷牢。手毬は灯りに灯され揺れる。
赤い着物のおかっぱ姿。瞳の深い妖は。
さも可笑しいとクスクス笑う。灯りに照らされ妖艶に。

『座敷牢の妖』第1夜はこちらから→
https://note.com/notes/new


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?