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チャームドール’No 4610

「皆様 こちらをご覧ください。素晴らしい商品の数々。ぜひ手にとってお確かめ下さい。素敵な素敵な商品達です」
チャームドール’No 4610は決められたセリフを話す。
そこに笑顔など無かった。
淡々と客を呼び込むチャームドール’No 4610 。
セリフが終わり私は踊りだす。
それはぎこちないバレエ。名前など無い。
もちろん誰も振り向かない。
私には道行く人の様に笑い、泣き、怒るそんな感情など無いのだ。
お客を呼ぶために踊る事をただただ繰り返す。踊り終わってお辞儀をしたら、それから決まって決まって1分後にもう一度同じセリフを吐き踊りだす。
「私には踊ることしか出来ない」
私は自分にそう言い聞かせる。そうとしか作られていないのだ。
そして真夜中まで踊り続ける。
時計塔の針が12時を指し、周りでは動き出す人形達が居る。
灰色の街、目の前を通り行く他の人形にチャームドール’No 4610はいつもの様に茶化される。
「誰も見ていないのに今日も踊ってやがった。止まってしまえば良いのに。そうしたら楽ができる。 」
ギミックガールは何も言い返せない。
近くに置いた荷物を拾い歩いて帰る。
それは灰色の街のルール。昼間は人が動き人形は止まる。夜は人形が動き人が止まる。
それがこの街の唯一のルールなのだ。


チャームドール’No 4610は家に着いて椅子に座る。
近くのテーブルに置かれた針金で出来た歪な人形をチャームドール’No 4610は愛おしそうに撫でる。
それには名前など無い。便宜上、針金人形と名付けている。
その歪な同居人にチャームドール’No 4610はスープを用意し目の前に置く。
それはまるで飯事の様に淡々と進められる。いつもの様に。当然の様に。
そしていつもの様に話しかけるのだった。
「生まれた時からこうだったのかしら?」
「踊ることしか感情がなかったの?」
「このまま誰も見てくれないの? 」
その質問に対して針金人形は全て否定する。
「大丈夫。君はそうじゃないんだよ。いつだって自由に生きていける。笑顔も素敵さ。君はみんなの注目の的だよ!」
自分の声で繰り返されるそれをチャームドール’No 4610は何度も繰り返す。
それは只々歪な飯事として、朝まで繰り返されるのだった。

それはいつも通り踊り続ける日々。
しかし今日はいつもと違う。
見てくれる人がいた。
踊り終わったらなんと拍手までしてくれる。
そして私は日が暮れるまでその男の前で踊る。
私はただただ男の前で踊る。
しかしその時間は永遠には続かない。夜になると人は止まってしまうのだから、
家に帰らなければならない。
それはこの灰色の街での唯一のルール。
そしてその日の帰り道。
いつも通りに動き出したチャームドール’No 4610
は考える。一体あの男は何をしていたのだろう?

それからも男は毎日毎日私の元へと現れた。
ある日男は踊り続ける私に自分の身の上を語った。
自分は孤児で今まで独りで過ごしていた。
世間に絶望し、死んでしまおうかと考えていた。
そんな時に君に出会った。
独りでひたむきに生きる姿に只々憧れ、そして今は恋い焦がれている。
出来ればこの先もずっと一緒に過ごしたい。
しかし私は答えない。
答えることが出来ない。
何故なら私はそう言う風に造られていないから。
私はお辞儀をしてもう一度踊り始める。
それしか出来ない様に造られているから。

その日の夜、
チャームドール’No 4610は歪な針金人形を目の前に置く。
いつもの様な飯事だけど、今日はいつもと少し違う。
それは子供の様な人形遊び。
針金人形を自分の隣に置き、そこに寄り添ってみる。
「ずっとこうしていたい」
「もう踊る事なんてしたくない」
「君もそう思うでしょう?」
そして針金人形は答える。
「もちろんそうさ!踊る事なんかしなくて良いし、止まってしまって楽になろう。僕もそう思っているよ。」
チャームドール’No 4610の声で男を模した針金人形はそう話す。
しかしチャームドール’No 4610は分からない。
そうするには自分は何をしたら良いのだろう?


いつもの仕事場に向かう道。
いつもより足取りは軽い。何故ならばあの男がそこには居るから。
何もすれば良いかわからないけれど、兎に角彼の前でまた踊ろう。
だってそれしか出来ないのだから、少なくとも彼はそれを見ていてくれる。
しかし日が暮れても男は現れない。
私は只々一人で踊る。
それでも男は現れない。
その次の日も、その次の次の日もずっと。
それでも私は来る日も来る日も踊り続ける。
再び私の前には誰も足を止める事はない。
男の姿もない。
心が、体が軋んだ音を立てた。

夜が訪れおもちゃ達が動き出す。人はやがて動きを止める。
歪な針金人形を目の前に置き、チャームドール’No 4610はその両手を握って目の前に引き上げる。
「なぜ彼は来ないの?」
「私が踊ることしかできないから?」
「だってそういう風に作られたんだから仕方がないじゃないの。」
「ねぇどうして?」
「こんな風な生き方を望んだ訳じゃない」
「人の様に、綺麗で素敵で、誰からも愛されて、自由で、どこにも行けて、好きな事が出来て、好きな人と一緒になって、死ぬまで過ごす。死んでからも一緒に過ごす。なんでそれが出来ないの。」
針金人形はバタバタと手足を動かしている
「大丈夫。君は全然悪くないよ。」
その声はチャームドール’No 4610。
「大丈夫。君は悪くないよ。大丈夫。君は悪くないよ・・・」
チャームドール’No 4610の声は感情を失い無機質となる。その声に反比例し、ぐちゃぐちゃと動かされる針金人形の体は更に歪となる。
「大丈夫。君は悪くない。踊らなくて良いんだよ。一緒に暮らそう。止まってしまって良いんだ。大丈夫・・・」
チャームドール’No 4610は更に針金人形の四肢を動かし、やがて手足は捻れその体は崩れていく。
崩れ落ちたその肢体をチャームドール’No 4610はしばらく眺める。
そしてその残骸を愛おしそうにゆっくりと拾い集め、窓の外に投げ捨てた。
そして何事も無かったように部屋を出る。朝が来たからだ。
人が動き始めたからには、人形は心を止めなければならない。


それからしばらく月日が流れる。
私は踊り続けた。
それ以外に私に出来る事はないのだ。
そして夜になったら家へと戻る。
しかしそこには自分に優しい言葉を掛けてくれる歪な針金人形の姿はもう無い。
体も心も止まってしまっている。ただただ無機質な部屋の中で私は朝まで止まるのだ。

そしてある雪の日男再び現れた。
その姿を見て動きを止めるチャームドール’No 4610、昼だというのにその体は止まってしまった。
男はチャームドール’No 4610へと花束を差し出した。
「一緒に暮らすためにお金を貯めていた。小さいけれども2人で過ごせる様に家も買った。 これからは一緒に過ごそう。」
花束を渡す男。
それを受け取るチャームドール’No 4610
一緒に暮らそうと、もう一度言う男。
「もう踊らなくて良いんだよ。」
「私でも良いの?」
と尋ねるチャームドール’No 4610。
昼なのに人の様に動く自分が不思議であったが、もはやそれはどうでも良かった。
抱き合う二人へ、いつしか周囲の人が集まり拍手を送る。
男の純粋な愛を祝福する人で溢れた。
しかしチャームドール’No 4610は分からない。
彼は人で、私はチャームドール’No 4610なのだ。
踊る様にしか造られていない。
そして夜になると人は止まってしまう。人形だけしか動けない。
昼の私はチャームドール’No 4610なのだから、夜しか私は私に成れない。
私が彼を愛しているのであって、チャームドール’No 4610のままでは彼と一緒になれない。
あぁそうか。とチャームドール’No 4610は満面の笑みで男に頷く。
男もまた満面の笑みでそれに答える。
やがて夜が来て、男はチャームドール’No 4610を自身の家に招待した。
それは小さくも暖かく家具もまた新しい良い匂いのする家だった。
笑みを崩さぬチャームドール’No 4610に男もまた笑みを崩さない。
これから幸せな日々が始まる。チャームドール’No 4610はそう思う。
夜になれば彼は止まってしまうのだけど、彼を止めてしまうのならば、きっとずっと一緒になれるのだろう。
あの歪な針金人形の様に、私にとって必要な言葉をずっと言ってくれるのだろう。
しかし彼には自分の意思がある。私とは違って。
だから止めてしまうのだ。
人も人形となってしまえばもう・・・
私が悩む事など無いのだから。
満面の笑顔のままでチャームドール’No 4610は男に手を伸ばす。
男はそれを招き入れる様に両手を広げ、そしてチャームドール’No 4610
の両手を男の首へと添えられる。
なんて暖かいのだろう。チャームドール’No 4610はその力を強めながらそう思った。
これが人なのだと。
やがて苦しみ悶えて崩れ落ちた男の頬を、チャームドール’No 4610は愛おしく、とても愛おしく撫でる。
やっと幸せになれる。そうと思った。

男の体は椅子にその身を預けている。
チャームドール’No 4610は目の前のテーブルへと食器を運ぶ。
「ねぇ。今はどんな気持ち?」
「とっても幸せなのかしら?私はとっても幸せよ」
「これからもきっと幸せね」
その言葉に男は言葉を返さない。それでも部屋の中には言葉が溢れる。
「僕はとっても幸せさ!これで動かなくても良いし、何も考えなくて良い。君と同じで幸せさ!」
その言葉にチャームドール’No 4610は再び満面の笑顔を浮かべる。
目の前に置かれたスープがいつしか冷えてしまうまで彼の亡骸の隣に座り、笑顔で愛おしそうに彼の亡骸の頬を撫でる。
そして彼の亡骸の肩にもたれかかる。
チャームドール’No 4610は笑顔で溢れている。軋む歯車の音は増し、いつしかその笑みのままチャームドール’No 4610は止まってしまった。
幸せそうに、満足そうにいつまでも止まる事が出来たのだ。

昼は人が動き、人形は止まる。
夜は人が止まり、人形が動く。
それが灰色の街のルール。
そして夜に人が生きたいのならば人は止まらねばならず、
そして昼に人形が生きたいのならば止まる必要がある。
それもまたこの灰色の街のルールでもあるのだ。

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