『地域資源を活かした新しい学校を作りたい』NPO法人南相馬サイエンスラボ理事長 “斎藤実”さん
南相馬市で「地域資源を活かした新しい学校作り」に向けて活動している“NPO法人南相馬サイエンスラボの斎藤実さん”にお話しを伺いました。“博士(はかせ)”の愛称で親しまれ、南相馬市のために熱い想いをもって活動する斎藤さんの背景に何があるのか、斎藤さんの人生ストーリーを聞いてみました。
プロフィール
出身地:福島県福島市
活動地域:福島県南相馬市
現在の職業および活動:NPO法人南相馬サイエンスラボ理事長。理学博士。高校理科教員免許。幼い頃の夢は生き物博士。今は東日本大震災の被災地である福島県の南相馬市を中心に自然科学・農業食育・環境保護・歴史文化をテーマにした体験教育活動を実施。
“家系図”がきっかけで南相馬へ
記者:南相馬市を中心に体験教育活動をなさっていますが、どのようなきっかけで始めたのですか?
齋藤実さん(以下、はかせ):もともとは東京でバイオの研究者として働いていました。3.11が起きた後に、勤めていた会社が倒産したんです。その時に千葉住んでいる伯母の家に行き「最後の一冊だよ」と、先祖の家系図をもらったんです。その後、博物館に行って学芸員に家系図を読んでもらいました。学芸員の方が言うには、「これまで何百何千という家系図を読んで欲しいと頼まれてきましたが、ほとんどは家が火事になったとか、盗みを働いて打ち首になったなど、良くないことが書かれているものがほとんどだったのに対して、この家系図には悪いことが1つも書かれておらず、とにかく藩の復興のために粉骨砕身努力し、殿様から大変評価され、たくさんご褒美を頂いている。こんな家系図を見たのは初めてだ」と驚かれたんです。
私の先祖は、四代にわたって相馬の殿様が治めていた奥州中村藩(現在の福島県南相馬市を含む相双地域、つまり東日本大震災で原子力災害を受けた地域を治めていた藩)で勘定奉行として天明の飢饉と呼ばれる史上最悪の大冷害からの復興のために、移民政策や、植林、検地など当時、中村藩に導入された二宮尊徳の「報徳仕法」の実践のために代々一生懸命頑張っていて、それが相馬の殿様に認められて、どんどん出世していたようです。
当時3.11の震災についてテレビで見ていましたが、研究に没頭していたためにどこで何が起こっているのかは具体的にはよく分からなかったんです。そこで学芸員の方に、「あなたはあまり良くわかっていらっしゃらないかも知れませんが、実はあなたのご先祖が生きていらっしゃった相馬地方は大変なことになっているのです。今、あなたがご先祖の家系図を手にしたのも、きっとご先祖が呼んでいらっしゃるんです。あなたの経験と知識をきっと必要としているのだと思います。今すぐ何でも良いから仕事を見つけて、この家系図を持って相馬市あるいは南相馬市に行くべきです。ご先祖のお導きだと思って今すぐ行きなさい。」と言われたんです。そこで、ご先祖の皆様が頑張っていたとされる土地で、自分に何が出来るかは分からないけど、とにかく行ってみて、そこで何か恩返しができるのではないかと思ったんです。そうした家系図に導かれたというのが大きいですね。
記者:南相馬サイエンスラボを始めたきっかけは、何ですか?
はかせ:それはやはり、私の幼い時の体験ですね。生き物博士になりたかったんです。科学って何だろう?生き物って何だ?とずっと思っていました。私はそうした自然への興味から生まれる感動体験を子どもたちに提供したいと考えているのです。そうした幼い時の感動体験が、その人の将来やその人の人生を決めるための大きな後押しになると思ったのです。
記者:活動を通して、どんな気づきや発見がありましたか?
はかせ:保護者の方から“私もこんな授業を受けたかった”とか、“はかせが先生だったら理科が好きになったかもしれないのに・・・”という声をもらう事が多いです。それに対して、「学びは今からでも良いんですよ。」と答えています。理科離れの原因は、もちろん学校の先生にもあるかも知れませんが、基本的には保護者が子どもの学びを学校に押し付けてしまうことにあると思います。親が十分な経験を持っていたら、火おこしやお米作り、野菜作り、昆虫採集、天体観測などから得られる“科学的なものの考え方”などを教えられるはずです。そして、その子どもたちがそういう事を教えられる大人になれば、またその次の世代がその子どもたちに対して科学的なものの考え方を教えることができるので、その結果とても豊かな社会が生まれるのだと思います。
ものごとの仕組みを理解することが大切
記者:活動をする上で大切にしていることは何ですか?
はかせ:ものごとの仕組みを正しく理解することを大切にしています。最近よく聞く“生きる力”とは、問題を解決する能力だと思うんです。そのためには一つ一つの課題や問題、原因を深く理解することが必要です。目の前のその現象がなぜ起きたのかを理解するためには、一つ一つに“そうなんだ!!”という感動と、そこから得られる知識とを積み上げていかなければならないと思うんです。
科学の本来の目的は、人間はいかにあるべきか、宇宙はなぜできたのかという2つの命題を色々な手法で明らかにすることなんです。ですから、大人の役割は、子どもたちに「何のために生きているのか考える“きっかけ”を与えること」なのです。そのためには生活の中で、ただ体験をするだけではなく、なぜ春になると暖かくなるのか、なぜ秋になると寒くなっていくのかなど身近なことを、太陽系や地球の自転・公転など、学校で習っている知識を総動員して、ものごとを正しく理解する教育の機会が必要なのです。子どもの時からものごとの仕組みを理解することは、生きる力を培うためにとても重要だと思うのです。
地域資源を活かした新しい学校を作りたい
記者:将来の夢やビジョンは何ですか?
はかせ:南相馬市に“地域資源を活かした新しい学校”を作りたいと思っています。全国の地方都市には、社会、経済、産業、少子高齢化など共通の問題が沢山あります。それを解決するためには、文部科学省が数年前から重要視している地域の宝物を活用した“地域教育”の普及が欠かせないと考えています。明治以降に全国規模で確立されてきた学校教育は確かに素晴らしいものです。しかし、農業や自然との共生が当たり前であった時代には、薪で風呂を沸かしたり、農業によって自分が食べるための食料を生産するなど、今ではキャンプなどでしか体験出来ない様々なことが、現在の学校教育には欠落しているのだと思うのです。
私が目標としている「新しい学校」は生きるためには何が必要なのかをきちんと理解し、学校教育では学ぶことが難しいことを、体験を通して学ぶ学校です。この学校は、よくあるいわゆる自然学校ではなくものごとの仕組みを理解するチャンスを提供できる学校なのです。教育の本来の目的はこどもたちに生きる力、考える能力を身につけさせることであり、そのためには地域資源の活用や地域教育が大事なのだと人々が共有できる場になればと思っています。
将来的には、教育プログラム研究開発ベンチャーを作りたいという夢があります。サイエンスラボの“ラボ”は、研究室という意味です。大学院の博士課程を終えて研究者生活を送っている人たちの中は、助手などの正規のポジションを持っていない方は沢山いますし、その人達の多くは、企業などで一生懸命仕事をしても報われない苦しい状況だという事も知っています。でも、彼らがなぜ研究という仕事を続けられるかというと、科学が好きだからなんです。私は、そうした人たちの活躍できる場を提供したいと思っています。自分の専門である科学をどうしたら分かりやすく、楽しく伝えられるかを考えて、チャレンジできる教育プログラム研究開発ベンチャーを立ち上げたいと思っています。
記者:夢の実現のために、現在取り組んでいることは何ですか?
はかせ:毎年新しいテーマにチャレンジしています。これまでに“はちみつって何だろう?”、“血液って何だろう?”とチャレンジしてきて、これからは“卵って何だろう?”を作ろうと思っています。
記者:最後に読者の方へのメッセージをお願いします。
はかせ:キーワードは、ものごとの仕組みですね。すべてのものごとに仕組みがあります。研究者、科学者はいつも、ものごとの仕組みを明らかにして日々社会問題を解決しようと努力しています。その人たちを自分たちとは違う遠い存在だと思っていたら、いつまでも問題は解決しないと思うのです。私たちも日頃から自分の頭でものごとを考えて日々を暮らす習慣が大切だと思いますし、そうしたことを一緒に考えることが出来ればいいですね。
私は、社会に流され我慢し続ける人生は、幸せではないと思うのです。本来はやりたい事に挑戦できる社会が求められています。現代社会では、経済や社会の仕組みなどに流されてしまうこともあるかも知れません。でも、自分は何のために生きているのか、何をやりたいのかを真剣に考え、そうした夢をどうしたら実現することが出来るのかを考えて欲しいのです。私は南相馬市に移住してから、人はやりたい事を仕事にし、それが人々に評価されることが一番の幸せなのだと気が付きました。そのためには日々の気付きや体験、感動が必要なのだと思っています。
記者:本日はお話ありがとうございました。
齋藤 実さんについての詳細情報についてはこちら
↓↓↓
特定非営利活動法人南相馬サイエンスラボ
http://www.sciencelabo2011.com/
↑ 写真のこのポーズは、日本語の手話で科学を意味するものだそうです。
編集後記
今回インタビューの記者を担当した田中、金子です。とてもエネルギッシュに熱く語ってくださり、刺激をいただいたインタビューでした。特に、教育プログラム研究開発ベンチャーを立ち上げたいという夢を語っていた時が、活き活きしていて印象的でした。これからも、南相馬市でご活躍を応援していますね。はかせ、貴重なお話をありがとうございました。
この記事はリライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。