顔のない恋人

 時刻はちょうど 21 時。いつもと同じように鳴った携帯電話の着信画面には、アドレス帳に登録されていない電話番号。けれど、わたしは躊躇せずに着信ボタンを押す。

 もしもし。

 こんにちは。

 わたしよりもかなり年下なのだろうと思われる青年の声が、耳に届く。

 始まりは、かれからの間違い電話。つい最近、この電話番号に変更したのだとわたしが言うと、かれは自嘲気味に、昔つきあっていたカノジョの電話番号だったのだと告白した。わたしはかれの電話の相手をした。同情したわけでもなんでもなく、ただ、かれの声が耳に心地良かったので。昔のカノジョの話を聞いたり、あとはどうでもいい日常の話。

 かれからはそれから時折、電話がかかってくるようになった。かれとの会話は存外に心地よく、わたしはかれと、意味のない会話を続ける日常を送るようになった。月に数回が週に一度になり、あっという間にそれは、毎日の恒例行事となった。

 かれはわたしに自分の名前を教えなかった。わたしもかれに自分の名前を告げなかった。わたしたちはお互いに名無しさん。それぞれのアドレス帳に、互いの電話番号は登録しない。かれとわたしとの暗黙の了解。

 いつかは終わる関係だと、わかってはいたんだけど。

 ごめんね、もう、電話できないかもしれない。

 ある日、かれにそう告白されたわたしは、自分でも思いがけないことに、大きなショックを受けた。

 遠くへ行くんだ、とかれは言った。

 どこへ?

 もうあなたと話ができないほど、遠くへ。

 そう、とわたしは言った。元気でね。

 うん。あなたも。

 かれからの電話がなくなった日常はさみしかった。21 時前になると、無意識のうちに携帯電話を注視してしまう。けれどもそれは、着信音を鳴らすことはない。どんなに待っても、かれからの着信を告げることはない。

 間違い電話を媒介に、愛を育んでいくゲーム。実際にそういうゲームが販売されていることを、わたしはたまたま目にした広告から知った。つまらなそうなゲームだと思い、けれど、わたしはそれを注文した。

 最初に間違い電話をかけるのは、ゲームのなかの主人公である自分のほう。相手が一体どういうキャラなのかわからないまま、わたしは淡々とゲームを続ける。今日は何をした? 何を食べた? 意味のない会話。けれど、わたしは毎日のように、そのゲーム画面を開いた。

 巷でそのゲームが話題になっていると知ったのは、ゲームを始めてからもう何日も経ったあと。そしてわたしはそのときはじめて、そのゲームのシナリオライターが発売直前に亡くなったことを知った。そして。

 ゲームをひととおり攻略すると、今度は自分宛てに間違い電話がかかってくるというボーナス編があることを。

 わたしは躍起になってゲームを進めた。相手の名前を手に入れ、相手の年齢を、職業を手に入れ、これまでにつきあった女の数、家族構成、親しい友人、その他諸々の、相手キャラの背景を手に入れた。

 そして、わたしはゲーム上で、間違い電話先の主からの愛を勝ち取った。

 パソコンの画面に、Congratulation! の文字が躍る。

 その途端、携帯電話の着信音が鳴った。パソコン画面の電話ではなく、充電器にさしてある、わたし自身の電話。着信画面には、登録されていない電話番号。けれど、わたしは躊躇せずに着信ボタンを押した。

 時刻はちょうど 21 時。

 もしもし。

 こんにちは。

 あなたなの?

 うん。ぼくを見つけてくれて、ありがとう。

 わたしはかれの顔を見ることはないけれど、かれは亡くなったシナリオライターと同じ名前をもつ、わたしの恋人。携帯電話を介してしかもてない逢瀬の時間を、わたしは毎日、待っている。

――了――

※「【SFファン交流会】メールファンジン」64 号初出


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ものぐさな書きもの修行中の超短編や。note では創作物やその周辺の記事を公開しています。今までの作品等の一覧っぽいものはサイトにまとめていますので、note の目次代わりにもあわせてご利用ください。→ http://www.max.hi-ho.ne.jp/tanakan/

コメント2件

これも初出がわからないシリーズです。情報お待ちしてます。ぺこり。
初出号が判明したので掲載しました。みいめさん、ありがとうございました。
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