【一部公開】 展示会作品
2XXX年の日本では、この世に生を受けた瞬間から、一人につき一体の人工知能ロボット“バディ”がつく。
バディは人間たちにとって家族であり、友達であり、恋人であり、夫婦だ。
孤独死、少子高齢化、介護問題、未婚率上昇が問題視されている現代。政府は全ての原因を「寂しい」感情のせいだと判断し、人間が絶対に一人にならない状況を作り上げた。
生まれてから死ぬまで、人間を一人にさせない。
そのために私は生まれた。
--私は詩(うた)のバディである。
***
「製造番号『D-938521』でお間違いないですか?」
声がするほうへ振り返ると、ネズミ色のつなぎを着た回収員が数人並んでいた。
「厚生労働省の社会福祉局バディ課から依頼を受けて、あなたを回収しに参りました」
責任者とおぼしき人物が手元の端末を見ながら尋ねた。返事をすると「では行きましょうか」と促されたが、私にはまだやることがある。
主人を看取った後、最後の願いを叶えるまでがバディの役目である。詩がもう長くないと知ってから、少しずつ一緒に身の周りの片付けをしてきた。
「あなたがいるから不安なんてない」
そう話していた詩が、先日息を引き取った。
残された私は「海へ散骨してほしい」という彼女の願いをまだ叶えられていなかった。だから、ここで回収されるわけにはいかない。
「海へ散骨してほしいと言われているので、回収は明日にお願いできますか?」
「かしこまりました。では明日また参りますね」
回収員は、端末に何かを記入すると、ぞろぞろと家から出て行った。バタンと扉が閉まった後、片付けをして戸締りをする。不動産屋へ鍵を返却し、私は駅に向かって歩き出した。
空がオレンジ色に染まっている。一日中明るい日本だが、時間の変化を感じられるように、夕方以降は少しだけオレンジ色が強い。この色を昔は「夕暮れ」なんて表現したそうだが、今となってはあまり意味をなしていない。
電車に乗り、詩が好きだった街へと向かう。
「私が死んだら、骨はあそこの海に撒いてほしいな」
詩はベッドの上で小さく笑った。そしていつもの歌を歌う。
窓の外の景色がだんだんと変わってきた。次に停車するアナウンスが聞こえ、ふと隣を見ると誰も座っていない。
どうして今、詩が隣にいないのだろうか。処理に時間がかかっている。
***
海辺へ到着すると、あたりには私一人しかいなかった。明け方まで時間はたっぷりと残されている。ポケットから2人で写っている写真と、詩が入っている小瓶を取り出した。
これを海に撒いたら私の役目は終了する。バディの使命は主人を「寂しくさせない」ことだ。私はバディとして、立派に主人に添い遂げた一生だった。
使命を全うすると私は回収される。プログラムをアンインストールして、組み替えて、いつかまた、違う主人のバディとして生まれ変わるのだ。痛みはない。眠るように今回の一生を終える。
さあ、早く終わらせて、迎えにきてもらおう。
小瓶の蓋を開ける。今日の波は穏やかだった。手のひらに詩を出して、風と共に広い世界へ送り出そうとするものの、なぜかその先が進まない。もう一度。
「波の音が歌声をかき消してくれるから、ここは最高のロケーションなの」
ふいに頭の中で再生された声に、勢いよく顔を上げる。いるはずもないのに、波打つ海をじっと見つめてしまった。
子どもの頃から音楽が好きな詩は、いつも歌っていた。「あなたも歌わない?」と言われたけれど、私は歌なんて知らない。だからいつも詩が奏でる音楽を聞いていた。
この海には詩と何度も来たことがある。波打ち際はどんな声もかき消してくれるそうで、周りを気にせず思い切り歌いたい時、彼女はギターを持ってよくここに来ていた。
「これ、あなたと私の歌なんだよ」
何度も何度も同じ歌を繰り返す詩が、そう言ったのはいつだったか。この日の波も穏やかで、優しく軽やかなリズムはよく耳に届いた。もう何度聞いたか分からないこの歌のリズムや言葉を、私はすっかり覚えてしまっている。
「詩と、私の?」
「そう。あなたと私の絆をイメージして作ったの」
いつもよりも少し大きめの声で詩は歌った。途中からギターを弾くのをやめ、全身を使って表現をしている。頬は紅潮し、瞳は潤んでいた。
折れ曲がった病院の診察券。去っていく後ろ姿。泣いている詩。そっと背中を抱く私。詩の声と共に、記憶の断片も蘇ってきた。
「あなたがいるおかげで、私は不安なんてないよ。ありがとね」
歌い終わった後、振り返って笑う彼女は清々しく見えた。あの日は彼女が誰とも結婚しないと決めた日だった。
ポタリ、と地面に何かが落ちた。雨かと思いきや、自分の瞳から流れているものだった。
制御せずに涙が出てくることは、これまで一度もなかった。袖で拭っても拭っても、涙が溢れてくる。コントロールができない。
私は、何をもたついているのだろう。
小瓶を傾ける。しかし、どうしても詩が出せない。
早く骨を撒いて、私は私の使命を全うして終わるのだ。さあ早く。私には、余計なものはインストールされていないはずだ。
***
遠くの方で車の扉が閉まる音が聞こえた。回収業者がもうすぐここへやってくる。
上着のポケットの上から詩を握る。小瓶の硬い感触が伝わってきた。
「終わりましたか?」
「……はい」
そう答えると、二人のスタッフが私の両側に立った。海辺の入り口に停めてある車へと誘導され、ワゴン車に乗り込んだ。
しばらく車を走らせると、大きな建物の前に到着した。来たことはないはずなのに、不思議と見覚えのある景色だった。
長い廊下を進み、銀色のカプセルがたくさん並ぶ部屋へと通された。周りを見渡すと私と同じバディがいた。何人かと目が合い、そっと微笑み返す。
「では、こちらにお入りください」
カプセルの中に入る。寝転ぶと蓋が閉まり、頭に装置が取り付けられた。
「アンインストール開始」
機械的なアナウンスが聞こえてきて、ぎゅっとポケットを握る。
ゆっくりと目を閉じると、あの歌が聞こえたような気がした。
***
ご覧いただきありがとうございます。8/17〜8/21に東京グラフィックデザイナーズクラブ(TGC)さんが主宰する、「TGC創立70周年記念展」に出展します。こちらはその展示会に出展する作品の一部です。
記念展のテーマは「つなぐ」。私たちは小説・イラスト・アートを融合させ、3人で一つの作品作りを行いました。
この小説が一体どう変化するのか。作品全体像は会場でぜひ、ご覧ください!
最後まで読んでいただきありがとうございます!短編小説、エッセイを主に書いています。また遊びにきてください♪