あやちゃん

今日は叔母の命日。
死んで何年経つのかわからないけど、日付は忘れない。携帯の末尾4桁をこの数字にしてあるから。
母が死んで3年くらい経ったとき、「はて、死んだのは3日？4日？5日？」となった。自分の母ですらそうなのだから、叔母ならなおさらだ。
ちなみに母は10月4日。
「はて？」をきっかけに、スマホのスケジュールに登録したら毎年リマインドされて覚えた。

私が23歳のとき、母が死んだ。

教師だった母は、幼い私を祖母に預けていた。結婚前の叔母は子どもが好きで、私の面倒をよく見てくれた。
小学生のときは、親に叱られ「出ていけ」と言われると、歩いて叔母の家へ。一晩寝て、翌日帰って、心の中で舌を出しながら「ごめんなさい」と謝って家に入れてもらっていた。
高校生の頃は、いわゆる不登校ではなく、ただサボりたくて、よく叔母の家に行っていた。朝、叔母の家に行き、叔母に学校へ「病院行くので遅れます」と嘘の電話をかけてもらい、11時前に登校。
「嘘がバレて姉ちゃん（私の母）に怒られるの嫌やって」と言いながら、学校から母へ連絡がいって私が叱られることのないよう、電話をしてくれていた。

そんなふうに小さい頃からずっと私を「娘みたい（本人談）」にかわいがっていたから、若くして母を亡くしたことを不憫に思い、それまで以上に気にかけてくれるようになった。
「アキちゃんが小さい頃、養女にちょうだいって言ったことあるんや」
「あやちゃんちやったら、勉強せい言うて叱られんでよかったのにな」
「この子は賢いで、あんたらにはやれんって断られたんや。ほんっと小さいときから賢くて、てなわん子やった。勉強すればできるんやで、やんなさいま」（※ てなわん ＝ 生意気？）

叔母はパートタイムの看護師をしながら、甲斐甲斐しく夫の世話をしていた。それが彼女の仕事だった。
自分のお給料で私や祖母を食事に連れて行ったり、庭にたくさんの花を植えたり、パチンコへ行ってお金を増やしたり。
数日前、友人と花の話をしていたら、「えーたくさん知ってるね」と言われた。私自身は興味ないけれど、家を叩き出された頃から、ずっと叔母が庭仕事をするのを見てきたから。
オダマキ、テッセン、アツザクラ、バラ、グラジオラス、ペチュニア、サフィニア、オキザリス、季節季節の花を植えたり、植え替えたり。
育てるのが上手で、私が買ったものの死にそうにしてしまったシクラメンやハイビスカスを何度も助けてくれた。

叔母の夫はなにもしない人だった。
ごはんを作る手伝いをしない。掃除をしない。洗濯ものを干すのもたたむのもしない。買いものにも一緒に行かない。布団をたたまない。食べたらそのまま。
なにもしない。
「だって僕はお金を稼いできてるんやで、家のことは僕の仕事じゃない」
「僕のお金で自分の母親やら姪っ子を食事に連れて行くのやめて」
かと思えば、酒に飲まれるタイプなのに職場の飲み会で大酒を飲み、歩いて帰る途中で側溝に落ち、血まみれで帰宅。運転できない叔母から夜中に連絡を受け、私が救急に運び込んだことは二度もある。家で飲みすぎて、自分の部屋で失禁していたのを叔母が見つけて始末したことは何度もある。
宇宙人みたいな人だった。

叔母は夫を愛してなかった。好きでもなかった。
だけど、30近くなっても実家暮らしをしていたら「妹は21でお嫁に行ったのに」「行き遅れ」と近所の人にも親にも言われるようになったらしい。そんなとき、高校生のときに会って以来、何度も告白をしてきた兄の同級生にまた告白され、潮時だと受諾。
「愛はないけど、長く一緒にいるで情はある」
そう言って、叔母は夫の世話をし続けた。

50代半ばで膵臓がんになり、余命半年と宣告されたのに2年生きた。
「夫が定年退職するまでは、私が世話せんと」
どんどんやせ細っていくけれど、変わらず家事全般をやり続けていた。
ある日、お風呂のシャワーが壊れ、お湯が出なくなった。
築30年以上の家はあちこちガタがきていて、病気で体がきつくなってきたこともあり、叔母はお風呂場含め、使いやすくリフォームしようと夫に相談した。
返事は「別にシャワー使えんでも僕は困らない。お金がもったいないから、まだしない」。
「まだって、私はもう死ぬのに」、そう叔母はぽつんとつぶやいた。

そうして叔母は夫の退職を見届け、5月21日に死んだ。

叔母の夫は、叔母の死後、半年ほどでお見合いをし再婚。それにあわせて家を建て替えた。
叔母が大切にしていた庭は、1年経たないうちに消えてなくなった。

今、畑をしている。
小さな畑だけど、トマトに実がなり始め、二十日大根が芽吹き、ウスイエンドウは収穫間近。
毎日、畑の手入れをしているときが一番楽しい。
今の私を見たら、叔母はなんて言うだろうか。

「あやちゃん、私、畑し始めて、あやちゃんが庭でたくさん時間すごしてたの、なんでかちょっとだけわかるようになったよ」