短編小説『じゃしんぶ しゅうまつのやりすごしかた』

【まえのしゅうまつ】
 わずかな作業灯以外、明かりを落とした部屋はその大きささえ定かでない。
 その暗い部屋の中に巨人がいた。
 正確には巨人の半身だ。その巨人には胸あたりから下がごっそり欠けていたのである。
 巨人は歌舞伎役者の隈取りにもネイティブアメリカンの刺青にも似た紋様を施された顔でじっと周囲を睥睨している。
 だがよく見ればその巨人が生身でないことはすぐにわかる。
 緩やかな曲面が複雑に組み合わさって、筋肉のような造作を構成している表面は、石とも金属ともつかない光沢を放ってい、砕けた胸の部分からは、伝導ケーブルのごとき線がいくつも延びているではないか。
 こんなものが人間であるはずはないし、単なる石像の類とも思われない。
 その巨人像の砕けた腹部のあたりにかがみ込んでいた制服姿の少女が、ほっと息をつきながら顔を上げた。
「これでよし」
 長い豊かな髪。
 透き通るような白い肌。
 人形のように整った顔。
 そしてなにより、制服の前をはちきれそうなほどに盛り上げているおっぱい。
 その少女は、手にしていた工具とも拷問器具ともつかない道具を脇に置いた。
「では、これでこの巨人は……」
 少女の隣にいたもうひとり……こちらも同じくらいの年代の少女が眼鏡の位置を直しながら感無量の面持ちで言った。
 巨乳美少女はうなずく。
「そう。遙か深宇宙からやってきたこの巨人は、百億の距離と千億の時間を超えて、いまここに蘇るのよ! わざわざ内閣情報調査室のひとに手を回してもらった甲斐があったわね」
 少女の見つめるその前で、巨人の身体がかすかに身震いしたように見えた。
「あぁ、めぐみさん、こんな時に追試だなんてついていないわね……あら、なにかしらこの匂い」
「先輩……先ぱ……ぎ……ぎ」
「ねえ、変な匂いがするわ。この像からするのかしら……」
 生臭い匂いがどんどん強くなる。
 ふたり目の少女の眼鏡が床にぽとりと落ちた。
「ぎ……ぎ、……みつ……けた。……みつけたぞ……こんなところに逃げ込んだか、敗残兵め…………」
 惨劇は一瞬で終わった。
 そして終わりが始まった。

【幡山めぐみ、数学21点】
「もうっ、ばかばかばかぁっ!」
 めぐみは三段跳びに階段を駆け下りながら悪態をついた。
 三段ずつ跳び下りるたびに、かなり大きめの胸が大きく弾んでバランスが取りづらそうだ。そうでなくても、階段をこんなふうに下りるのは上るよりずっと難しいのに。
 駆け下りるめぐみを視界に入れた男子生徒は思わず頬を染めて目を背けてしまう。本心では女子のおっぱいに興味津々のはずだが、童貞の男子なんてそんなものだ。いやまあ最近は童貞でなくても、そんな目で女子を見ていたらセクハラで訴えられかねないから目は逸らす。顔を赤らめたりはしないだけだ。あ、ついでにいろいろ世間にははばかる妄想をしてしまうかもしれない。
 それよりも問題はバランスのほう。危険だ危険。
 階段を駆け下りるのは、足にかかる負担はもちろん、全身にかかる加速度を殺しながらスピードを維持するのが大変なのだ。うかうかしているとどんどんスピードがあがって、ジブリアニメのギャグシーンみたいになってしまう。
 ただ駆け下りたって大変なのに、加えてこの胸。
 ふつうに走っていてもぷるんぷるんとうれし恥ずかしく揺れる胸は、これくらい勢いがついているともう、ぶるんっぶるんっくらいの勢いで揺れる。この反動がまた大きい。身体の軸がぶれる。バランスを維持するのに苦労する。これはおっきな胸を持ったものでないとわからない苦労だ。もったことがないので、著者はわからない。
 いいなあ。おっぱい。
 そんな著者の嘆きもつゆ知らず、めぐみは制服のスカートを翻して、階段を下りていく。この学校の制服のスカート丈は膝上だから、こんなふうに下りていったら、かなりきわどいところまですそが舞い上がってしまう。サービス満点だ。いや、目の毒だ。
 四階の教室から、三階、二階。一階、さらには地下一階。まだ下りていく。
 しかし、しかしだ。
 いったいこんなに急いでどこへ向かっているのか。
 どんな緊急事態が、女子高校生幡山めぐみをこんなにもあわてさせているのか。

(掲載期間が終わりましたので)ここから先は、有料マガジン「空想海軍 短編小説集」でお楽しみください。


期間限定・短編小説 について

 期間限定・短編小説では、とくにテーマも定めず私が「こんなの書きたいな」と思ったものをできるだけ短くまとめて書いていこうと思っています。
 掲載期間もとくに定めず、「次の短編がアップされるまで掲載」くらいに考えています。

 掲載終了後もマガジン「空想海軍 短編小説集」(こちらは有料)に載せておきますので、過去作が読みたくなったひとはそちらでよろしくお願いします。


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