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2020年の読書記録 April-June

新型コロナウイルスとそれによる在宅勤務でたくさん本が読めそうだと思っていたのに、6月後半からNetflixの「愛の不時着」にはまりまくり、ぜんぜん読み進められなかった。耽溺って恐ろしい。

1. あなたの人生の物語(テッド・チャン)

数年前に公開されたある映画がとても印象に残っていて、今でもときおり観ている。テッド・チャンのこの短編集のタイトル小説をベースにした「メッセージ」という映画。
SF小説は久しく読んでいなかった。気になってたけど手をつけてなかった100分de名著の3月の特集が、SFの祖とされるアーサー・C・クラークだったことになんとなく背中を押されて、積んでおいたこの本を読んだ。
人間が想像するものごとは良くも悪くも必ず実現されると思っている。科学は未来への希望と、同じくらいの絶望をはらんでいて、SF小説のおもしろみはその間でその時代の人間がどう動くかにあるのだと思った。
主題作に関しては、映画とは少し異なるプロットではあるけど、科学のもたらす希望を描いているという点では共通していると思う。この作品では言語学の概念がベースになっているが、他の短編でも数学や人工知能やオカルト科学や諸々がそれぞれ話の中心に据えられていて、とてもおもしろかった。最新作の「息吹」もいつか読んでみたい。
映画版「メッセージ」も、使うことばがいかに人間の世界を広げるのか、想像する力をくれるとても好きな作品なのでおすすめ。

2. 野の道 -宮沢賢治という夢を歩く-(山尾三省)

山尾三省は、80年くらい前に生まれ、晩年を屋久島の野に生きた詩人。荻窪の本屋「Title」にて山尾三省展がひらかれたときに、目に留まった一冊。
屋久島の地で太陽と土と水を感じ、森と風の中で毎日畑を耕し、賢治の心に思いをはせる。野に在って百姓になりきれなかった慟哭と、法華経に導かれた先の無我の境地と。
死の前日の賢治が、地元花巻で神社から出てきた神輿に手を合わせる場面を想像して、仏教徒である彼が宗教を超えて見た世界はどんなものだったのかと思う。
前に読んだテッド・チャンの小説の主役である科学は、賢治と三省の生きる野の世界においては「善い生」を送るための手段ではあったけれど、その拡張が目的となる社会は望まれるものではなかった。三省のいう「科学は未来である」という話で、1冊目に抱いた感情が思い出された。
Withコロナという考え方が出てきたように、自然を打ち負かしてきたと自任していた科学はけして強靭なものではなかった。科学でコロナを打ち負かすのではなく、コロナ禍にあっても幸せを見つけられる人を増やすことのほうが尊いのではないかと思う。
作中に屋久島の紫陽花の話が出てくる。自分にとっても、屋久島は強烈な日光と、紫陽花の紫色の花のイメージを伴っている。初めて転職をするとき、有給消化で数日を過ごしたのが屋久島で、空港からのバスを降りてまず目に飛び込んできたのが、雨露を宿した紫陽花の花だったから。縄文杉はもちろんだけれど、島のそこここで透き通った生命の脈動を感じた稀有な体験だった。賢治にとってのマグノリア、三省にとってのイイギリのように、わたしにとっては紫陽花が野にある特別なしるしとなっているのかもしれない。また屋久島に行きたい。あれはよかった。

3. コンテナ物語(マルク・レビンソン)

コンテナ=船に積まれている箱のイメージしかなかった。
図書館で手に取っておどろいた、400ページを超える分厚い本だったから。
友人がTwitterで面白かったと書いていたので脳内積ん読していた本。最初は読み進めるのに苦労したけど、後半とても面白くなって良いペースで完走できた。
ものすごくいまさらな気づきなんだけど、単なる事実の連なりとして読んでいるかぎりは面白みもなくなってしまう一方で、登場人物や連鎖していく状況をほかの環境に当てはめるととても学びが多いなと感じた。
例えば本書の主旨は「コンテナリゼーション=船で運んでいた荷物を箱に入れて運ぶことが運輸業界と世界にどんな影響を与えたか」ということにあるのだけど、アメリカの小さな港で始まり、運輸にかかわるリソース(とくに労働人口)と所要日数を圧倒的に減らしたコンテナというモノ、それがもたらすロジスティクスの概念、などの一連のムーブメントに対して、それぞれのステークホルダーがどう反応したか。ブルーカラーの荷役は仕事を失う恐れから徒党を組んで反対し、港湾事務局や自治体は大がかりな工事にお金を出すことをしぶりながらもエリア活性化のためにコンテナ船システムの導入を押しきり、船会社は法規制の網をかいくぐって新しいルートを開発したり、より大型の船を作ったり。一方で他国は、そんなアメリカの状況を横目に見て、未来を先取りした港を作るところもあれば、箱の力を過小評価して設備拡充を怠るところもあり(結果、後者を選んだ港は廃れることになる)。
あれ、これなんか今のコロナをめぐる全世界の状況と似ているかも、と思った。抗いようのない力をもつ何かに対して、まず行動を起こす人、別の意見を出す人、情報の一部に翻弄される人、冷笑して痛い目に会う人(国?)…などなど。
コンテナの場合は一人のクリエイティブな野心家が人為的に考え出したものだけど、全人類(業界だけでなく本当に全世界の人びと)の生活を変えたという点で、コンテナもコロナも同じだと思う。
思考の練習として、こういう本もたまには読まねば…と感じた連休でした。

4. カナリヤは歌を忘れない(田中克彦)

言語学の本だけど、タイトルとジャケットがとても美しくて2年前くらいに買った本。少しずつ読み進めてようやく読了。
言語学はおもしろい。わたしが思考し、話し、他人と意思疎通することばは、どう生まれて、どのように時と場所を超えてきたのか。そもそも言語を考えてる時点で、ことばそのものの限界からは逃げられないという制約を、これまでの言語学者がどうやって乗り越えようとしてきたのか。
日本語には日本語でしか見えない地平があり、それは英語でもフランス語でもアラビア語でもブッシュマンの言語でも同じだ。言語を学ぶというのはそのことばを五感とともに育んできた、彼らの地平をみることにほかならない。
著者の専門がモンゴル・ロシアの言語なのでソヴィエト時代の(イデオロギーと密接に絡み合った)言語に関する研究にもかなりのページが割かれるが、思想と言語の混沌から新しい、常識を覆すような学説を打ち立ててきた歴代の東欧人のエピソードはとてもおもしろかった。
クレオール語とエスペラントの話もよかったけど、一番印象に残ったのは、アイヌの口伝えで受け継がれてきた歌が、アイヌ語話者が文字を学んだ瞬間に忘れられてしまったという話。ことばというと文字言語が先行するが、より豊かなのは話しことばのほうだったのかも。文字の残っていない過去の文明たちは、どれほど豊かな口語文化を持っていたのだろうか。

5. 本、そして人(神谷美恵子)

甘くておいしい水のようにするする入ってくる本。神谷さんという人の文章は初めて読んだけど、なぜもっと早く出会わなかったんだろう。個人的には吉本ばななさんと同じくらい、そして同じような矢印の方向性で好きな一冊。
みすず書房の神谷美恵子コレクションの最終巻で、神谷さんが生涯で出会った数多くの本と、その出会いをもたらした人間関係が描かれている。でもそれだけではなく、著者ひとりひとりとの関わり方や考えたことに端を発する、もっと根源的な、思想の源流をかたちづくった物ごとたちに心をひかれる。なにを食べるかということと同じくらい、なにを読むかがその人となりを作るんだと知った。
神谷さんは文章もたくさん遺しているが本業は精神科医で、当時は不治の病とされたハンセン病の療養施設で働いていたこともあるそう。その上古今東西の文化や思想に精通していたようで、ローマ皇帝マルクス=アウレリウスの『自省録』などの翻訳もしていたと知った。これを機にまずは自省録、彼女に大きな影響を与えたヴァージニア・ウルフの本も読んでみたいと思う。
本との出会いがリアルの世界をひろげることを実感した本。

6. 国家はなぜ衰退するのか(ダレン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン)

note CXOの深津さんがおすすめしていたのでKindleで購入。
ちなみにわたしは政治や経済は高校以来ほぼノータッチで来てしまった人間です。正直なところ、社会について学校で習ったことはいまだ言葉と概念のレベルを超えず、生活の中での実感は残念ながらあまりない。
けれど近年の日本も世界の国々もたくさんの不幸をそのままにしているような気がずっとしている。人のためのサービスは日々生まれているのに、世界全体で幸せになっていく、ということの実現ははるかに遠いように見える。
この本では富める国と貧しい国のちがいがどう生まれるのかに着目しひとつの解を出している。世界史の授業で習った断片的な情報が線で結ばれていくような感覚があり、面白かった。世界史の授業も、国ごととか人為的な時代ごとではなくて、この本のように「社会のあり方」と「中で生きる人たちの思惑」とかをベースに構成されていたら、もっと面白いものになるのではと思う。社会科の授業は嫌いではなかったけど、戻れるなら過去の自分にこの本を教えてあげたい。

7. 天災と日本人(畑中章宏)

コロナという禍いを体験する中で、災害が毎年のように起こるこの地に留まろうとした先祖たちの気持ちを知りたかった。東日本大震災はもとより台風や洪水や噴火などの天災が近年ますます増えているような気がしていたが、実際にはずっと起こってきたし、これからもそうなんだろう。人が定住し始めてからも災害で多くの人命が失われてきた事実は変わらないし、過去の災害から教訓を得て少しでも安全に生活が営めるように努力してきた大勢の人がいることも事実。いちばんやってはいけないのはそれらの過去を忘れること。数年に1回参加している陸前高田の植樹プロジェクトは、最後の1本まで植樹が終わるように見届けなければと思う。

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◆その他(ビジネス書籍など)
・戦略プロフェッショナル -シェア逆転の企業変革ドラマ-(三枝匡)
・採用基準(伊賀泰代)
・無敗営業(高橋浩一)

My Favorite Bookstore

コロナの影響で本屋さんも大打撃を受けている。
なので、今回から、応援の気持ちを込めて印象に残っている本屋さんをひとつずつ紹介していきたい。(行ったことのあるお店が多くなりそうだけど、これから行きたい本屋さんも含めて書きます!)
毎日膨大な量の本に触れているからなのか、本屋さんのつむぐ文章はとてもわかりやすくて、学びにもなる。お店への思いを語っている記事はすきだな。noteでも書いてくれたら嬉しいなあ…。

今回は『野の道 -宮沢賢治という夢を歩く-』を購入した、東京・荻窪の「Title」さん。
新刊のチョイスがとても好き。あと、不定期にイベントが開かれる2階のギャラリーと1階にあるカフェスペースも好き。店長の辻村良雄さんの文章を読むと、心においしい水が吸い込まれていくような感覚がある。幻冬舎plusの連載も読んでます!
ナウシカ考の作者登壇イベントで、ナウシカの水彩画集買ったのもここだった。


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