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2000年クアラルンプールの歓喜と2001年大阪の悲劇(あるいは歓喜)

どのスポーツにも、「スポーツ史に刻まれる名試合」があるはずだ。もうこの試合を超える試合は二度とやってこないだろうと。

最近、サッカーや野球、ラグビーなどのスポーツで過去の名試合をリアルタイム配信のような形でハイライト上映する番組が増えているが、

卓球でも、国際卓球連盟(ITTF)卓球メーカーのバタフライなどが、過去の試合動画を掲載してくれている。

基本全部神試合なのだが、その中でも2001年に行われた世界卓球 大阪大会男子団体 準決勝は、「100年に一度の大激戦」とも呼ばれるほど、稀に見る拮抗した試合だったのだ。旧ピンポン協会(現国際卓球連盟)が発足したのが1902年だから、ぶっちゃけこんな試合今まで無かった訳である。

説明する前に、全部見なくても良いので、まずこの動画で雰囲気を感じて欲しい。(全部見るとネタバレになっちゃうから、雰囲気だけ見たらいいよ!!)

当時、卓球の試合は21点先取。20-20のデュースになって以降はどちらかが2点連取するまでゲームが続く。

この試合では、卓球の最強軍団・中国が実績では明らかに劣る韓国チームに計6回のマッチポイントを握られる絶体絶命の試合だった。

しかも、中国は、この年は優勝が絶対的使命だった。その理由を語るには、その先年の、2000年クアラルンプール大会に遡らなければならない。

2000年クアラルンプール(スウェーデン)の歓喜

現在の卓球界においては、中国があまりに優勝を独占し過ぎる為、オリンピック種目から外されるかも知れないというまことしやかな噂もあるが、2000年代初頭までは、ヨーロッパの選手団とも非常に実力が拮抗していた。(ハンガリーや旧チェコスロバキアが中国を破る時代もあった。)

2000年のスウェーデンの団体優勝はその最後の輝きだったと、現時点では言わなければならない。

2000年 クアラルンプール大会 決勝
1:ワルドナー2-1劉国梁
2:パーソン2-0孔令輝
3:P・カールソン 0-2 劉国正
4:ワルドナー 0-2 孔令輝(これだけ途中から)
5:パーソン2-1劉国梁

アペルグレンが代表選手から外れ、80年代から世界大会に参戦している2人の天才:ワルドナー、パーソンは既に最盛期を過ぎようとしていた。限られたメンバーで死力を尽くして中国に立ち向かい、1993年イエテボリ大会以降遠ざかっていた団体優勝を手にしたのであった。

当時の中国チームのメンバーは、現中国代表の監督・コーチを担う、劉国梁(リウグオリャン)、孔令輝(コンリンホイ)、劉国正(リウグオジョン)。劉国梁は1999年の世界選手権個人戦で優勝、孔令輝は1995年の天津大会個人戦で優勝、前後するが2000年シドニー五輪でもワルドナーを破って個人戦で優勝している。要は、当時も中国は最強の選手の集まりだったのである。

そんな最強の選手を集めた中国選手団が二度も優勝を逃すことがあってはならない。。2001年大阪大会は中国にとって絶対に負けてはならない試合だったのである。

2000年→2001年の卓球ルールの変化と当時のプレースタイル

2000年から2001年は、卓球のルールが劇的に変わる出来事があった。ボールが38mmから40mmになったのだ。

卓球選手にとって、ボールが変わることは死活問題であり、選手生命が絶たれる人も中にはいる。ちなみに最近もセルロイドからプラスチックに球の素材が変わったのだが、変更当時、水谷選手ですら「卓球出来る気がしない」とこぼしたくらいだ。

ボールが大きくなるとスマッシュの初速が遅くなり、決まるはずのウイニングショットが決まらなくなる。このボール変更に伴い、ペン表前陣速攻型(要はスマッシュ主戦型)だった劉国梁が全く対外試合で勝てなくなり、レギュラーメンバーから外されることになる。(代わりにペン裏ソフト型の馬琳(マリン)が起用されるようになる。)それ以降、ペン表前陣速攻型で世界選手権で優勝した選手はいない。

↑劉国梁が最後に優勝した1999年大会。

当時のプレースタイルを振り返ると、バックで威力のあるショットを前陣で打つ選手はほぼいなかった。この頃卓球をしていた人は思い出して欲しい。バックを振ることは禁止されていたり、避けられていたのではないだろうか。

バックハンドを多用すると言われたスウェーデンの選手でさえ、あくまでテイクバックの比較的短いミート打ちやつなぎのループドライブで使うのみだ。決定打は基本的にはフォアハンドで撃ち抜くのがセオリーだった。

従って、戦術的には、以下に相手のフォアハンドの逆サイドを突くのか、ということが試合運びを有利に進める鍵になるのである。

しかし、このフォアハンド主戦型も2001年以降徐々に衰退していく。

それは2001年の中国対韓国戦が起点になっているように思えるのである。

また、当時は、サーブが5本交代、1ゲーム21点制の2ゲーム先取の試合が中心であったことも踏まえて、2001年の試合を見て欲しい。

2001年大阪の悲劇:韓国の役者達

迎える準決勝。韓国チームのメンバーは、以下のメンバー。

186cmの体格からフォアもバックも広角に決定打を打つことが出来る呉尚垠(オサンウン)

全てのボールをオールフォアで打ち切ることが出来る異次元のフットワークを持つ柳承敏(ユスンミン)。2004年には中国の中ペン両ハンド型の王皓(ワンハオ)をオールフォアで破り、アテネ五輪の優勝者になる。

90年代から韓国チームを支えてきたエース金擇洙(キムテクス)。フォアハンドの決定力もありながら、バックハンドで劣勢をしのぎ巻き返す技術も持っている。人一倍粘り強く、まさに団体戦向きのプレースタイルをしている。

準決勝の組み合わせは以下の通り。(クリックするとそれぞれの試合動画が見れます。)

中国 -韓国
1:劉国正-呉尚垠
2:孔令輝-金擇洙
3:馬琳-柳承敏
4:孔令輝-呉尚垠
5:劉国正-金擇洙

最後の5番目だけ一試合で1時間ほどかかってしまうので、それ以外の試合を順番に見ていって欲しい。

詳細な試合解説は既に卓球レポートさんが↓のようにまとめてくれているので、そちらも読んでみるとより理解が深まるのではと思う。

この記事では試合の要点だけまとめてみたい。

大エース孔令輝2点落としの誤算

この試合の1番の誤算は大エース孔令輝が2点落としたということだ。

孔令輝は、1995年天津大会で団体個人ともに優勝、華々しく活躍し、その後の団体戦の主力メンバーとして中国を牽引。前の年のシドニー五輪でも優勝したばかり。レギュラーから外す理由は全く無かった。

しかし、孔令輝の二つの試合を見て感じたことがある。

それは、バックハンドによるカウンターあるいは決定打が孔令輝には無いということだった。

孔令輝のプレーを形容する代名詞として「精密機械」という呼び名がある。それは相手のラリーの力を借りるのが上手いという点にある。

孔令輝は威力のあるフォアハンドを武器にするというよりも、相手のボールの力を利用してカウンターすることで得点しているケースが多い。

相手の決定打のコースを読んでカウンターするという場面が多いのだ。

非常にマニアックだが、中国卓球では、相手の力を借りて打つ打法を「借力」と呼ぶらしい。

以下の記事に、線の細い選手がどうやって借力を使って、決定打の強い選手に勝つのかについて書かれている。

しかし、2001年の試合で見て分かるのは、ラリーの失点の場面では、バックサイドを攻められているということだった。

2001年当時のプレースタイルであれば、主にフォアサイドでのラリーさえ気にすれば良かったのだが、バックサイドを突かれた場合に孔令輝は全く得点できない。現代の卓球選手は、チキータなどバックハンドで強烈な回転をかける技術をいとも簡単に使っているが、中国のエースでさえ、当時はその技術を持っていなかった。

フォアハンド主戦型がこの試合を境に徐々に衰退していったといっても不思議では無いだろう。

特に4番の試合は見ていて、本当に孔令輝に同情したくなる。。

どちらが先にフォアで仕掛けるかで勝負が決まった5番

3番の試合も良試合だったが、やはり5番がこの中国対韓国戦の肝だった。

https://www.youtube.com/watch?v=3UtalIbAm3o

セットカウント0-1で迎えた2セット目中盤までの中国サイドの絶望感は計り知れないだろう。

2セット目、3-8で中国側がリードを許したところで、中国側がタイムアウト。(卓球では各試合に1回ずつタイムアウトをとることが出来る)

卓球レポートの記事によれば、このタイムは監督の名前を冠して「蔡振華マジック」と呼ばれたらしいが、このタイムの後に変わったプレーとしては、劉国正が金擇洙の逆サイドを狙うようになったということだ。

先ほど、「戦術的には、以下に相手のフォアハンドの逆サイドを突くのか、ということが試合運びを有利に進める鍵になる」と書いたが、それがまさに現れた試合だった。

金擇洙のプレースタイルは「取れる球は全てオールフォアで打つ」という足の筋肉を信頼するスタイルだ。だが、フォアの守備範囲が非常に広い為に、だいたいどこに打ってもフォアハンドで攻撃を仕掛けることが出来る。

しかし、ある程度は球のコースを予測して動いている為に、体の動きと逆方向のボールには対応が遅れてしまう。(なので、現代の卓球選手は基本的に両サイドで待っていることが多い)

それまで猛攻を仕掛けていた金擇洙に少しずつだが、確かな狂いが現れ始める。しかし、、試合は最後の最後まで分からないのであった。

最後まで見ると心臓にちょっと悪いのだけど、絶対に負けられない重圧の中、中国選手がどうやって戦い抜いたのか、また勝利を目前にした韓国チームが最後に迎えたのは悲劇か歓喜か。

一卓球ファンとして

(書いてるうちにだんだんテンション上がってきた)

緊急事態宣言がそろそろ解除されるのではという時期ではあるが、まだまだスポーツを完全再開するという雰囲気ではなさそうである。

そんな時、卓球というまだまだマイナーなスポーツの「100年に一度の大激戦」をご覧になってはいかがだろうか?

いや、本当に無いと思うんだ、こんな試合。Netflixの少し長めの試合を見るような気分で見てもらえると嬉しいな。。

(追伸)

他にもバタフライさんが神試合をまとめてくれているので、もし興味がわいたら、こちらも良かったら見てみて!!

いやー田崎選手熱過ぎますね。。

(終わり)

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