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コイプレ ART GALLERY – vol.1「カムチャツカの若者が」解題

広島電鉄西広島(己斐)駅前に誕生した、広場を中心とするパブリックスペースKOI PLACE。中核施設ガラス張りでおしゃれな中核施設「コイハウス」にて、アートギャラリー企画「コイプレ ART GALLERY – vol.1」を開催しました。

層を積み重ねて抽象作品を制作する有田大貴と土井紀子の二人展となった今回の展示タイトルは「カムチャツカの若者が」。谷川俊太郎「朝のリレー」冒頭部を引用したもので、多くの人が行きかうこの場所で、移りゆく時間と空間の普遍性を、レイヤーを通して見つめる試みを企図しました。

...と、案内はしたもの、会場でも幾分抽象的な見取り図をごく限られた文字数でのみ提示したまでで、必ずしもわかりやすいないようではありません。このままちゃんちゃんと幕引きを図るのももったいないと思い、会場でお配りしていたステイトメント(このnoteの末尾に貼り付けておきます)の解題をここに書き残しておく次第です。

「朝のリレー」について

谷川俊太郎は1931年生まれで現在御年88歳。「朝のリレー」は1982年発表。国語の教科書に掲載されていたり、ネスカフェがこの詩を朗読するCMを放映していたりと、とてもポピュラーな詩です。

最近でも、この詩を刻印したチョコレートが話題になりました。
(※残念ながら本稿執筆時点では売り切れてしまったようです。)

そんな詩をテーマとして、本展は西広島駅前という朝夕の通勤で多く利用される立地で開催しました。じっくり美術鑑賞を目的に来場する以外に毎日たくさんの人たちが横目に通過していきます。それでもなにか感じられる構成にしたいという思いがありました。

そこで、土井が展示作品に選んだのが「morning」というF100号(1,620×1,300mm)サイズの絵画。差し込む光のイメージが想起される抽象作品です。
対照的に、有田は黒色の背景に折り鶴の灰を混ぜ込んだ絵具で円環を描いた「折り鶴の灰の環」を展示しました。これは必ずしも夜の作品というわけではないのですが、テーマの一つに「循環」があり、どこか呼応する部分が見出されるのではないかということで、時間性に関係する着想を得たものです。

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土井紀子”morning”(左)と有田大貴"折り鶴の灰の輪"(右)

「朝のリレー」は、時間の循環と空間の広がりの詩として読むことができます。「カムチャツカの若者が きりんの夢を見ているとき」も「ニューヨークの少女がほほえみながら寝がえりをうつとき」も、「この地球では いつもどこかで朝がはじまっている」のです。

ちなみに、カムチャッカはロシアの半島の名前で、日本列島の北東に位置します。ロシア先住民のことばで「火の国」を意味するそうです。ちょうど会期中にBSプレミアムでも特集されていたようですが、北海道本土からも1000㎞以上離れており、行ったことがあるという人の話は身近では聞ききません。しかし、その名前だけは聞いたことがある、見たことがあるというひとは少なくないのです。地図帳で日本の近くにあって目立つこととならんで、「朝のリレー」の冒頭のインパクトはそれほど大きいのだと思います。

展示空間と作品の背景

今回の展示は、ガラス越しに作品を見ることになると同時に、絵画の奥にも空間がある点に留意する必要がありました。ギャラリーや美術館のような絵に視線を集中させるための白い壁を背景にした展示ではありません。じつは、作品はそれぞれ過去に別の会場で展示されたこともあったのですが、今回の展示空間ではまた別の魅力が見て取れることに改めて気づかされます。

有田大貴「The Ash of Hope〜希望の灰」(ギャラリーG)の様子

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土井紀子・岡里実 二人展 「sensor」(広島市立大学芸術資料館)の様子

明るい時間だとガラスの反射が作品と重なったり、夜間はライトアップされた作品を見る機会はまれなので、周囲の環境や行きかう人も含めて街に溶け込んでいく様子を楽しむことができました。

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層を積み重ねること、削り出すこと

有田と土井は、共通して層を積み重ねて平面作品を制作しています。有田は折り鶴やその焼却灰をキャンバス上に重ねる一方、土井はいちど塗り重ねた層を削りだすという違いがあります。

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室内には小作品を展示

有田の作品は、平和への祈りや願いを込めて広島に届けられる千羽鶴を題材に、折り鶴を宮島でお焚き上げした灰を下地とした上に折り鶴を貼り付けたものです。もともと象徴的な折り鶴ですが、灰にしたものを塗り重ねることで物質性について問いかけています。実際、広島では届けられた大量の千羽鶴をどうすべきかが長年懸案事項となっています。現在はとりあえず再生紙やボールペンなどに転用されたお土産品などが開発されているものの、それでいいのか、それがいいのかはという議論はそこまで深まっていない印象です。

他方、土井は一度塗り重ねた層を削り出して完成させるという可逆的なやりかたで作品を制作します。通常は絵具を重ねていくことで「完成」に近づけていくところ、作品の途中段階で自分にとって魅力的な画面になったとしても、その上に絵具をまた重ねて「完成」させなければならないことにどこか引っ掛かりがあったといいます。削り出して画面を作るのは、絵具を重ねることで見えなくなってしまった、それ以前に塗っていた層を掘り出す作業なのです。

そんな2人の作品を見つめているうち、あるとき気づいたことがあります。「どちらの色が上で、どちらが下だろう?」
近くで見ていると、層の前後関係が分からなくなってしまうのです。表層の背後にも塗られた層があり、そしてこの2人の層は重ねたものと削り出したものという作り方の違いがあります。

水平的な循環と、垂直的な多層性

ところ変われば時間はことなるし、場所のイメージは表層的になりがちで常に背後に積み重ねられた/削り出された層があるのです。


奇しくもコロナウイルスが世界中に伝播していく様子が伝えられているさなかです。中国湖北省重慶市の水産市場付近を発端とし、国や地域ごとに入国制限されるなど、警戒措置が取られています。とはいえ、領域で区切った範囲が汚染されていて、そうでない地域は安全を意味するわけではなく、あくまでも現在把握されてる相対的な数字をもとに線引きをしているにしかすぎません。

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国別新型コロナウイルスの感染状況マップ (スクリーンショット:2/26)
制作:米国ジョンズ・ホプキンズ大学システム科学工学センター (CSSE)

人と情報がこれほどまでに流動的な時代においては、線引きは便宜的な意味合いが強くなっているように感じます。接続と同時に分断が、流入と同時に流出が、集中と同時に拡散が起こり、二項対立が強化されていく。複雑性は増すばかりで、右と左の二者択一にはとうてい収まりません。

表層の背後にある複層的な動きをいかに見通すことができるか。そのひとつの見取り図として2人の作品を見ることができるのではないかと思います。


コイプレ ART GALLERY – vol.1
「カムチャツカの若者が」

期間:2020年2月6日(木)-2月15日(土)
時間:11:00-20:00
場所:KOI PLACE コイハウス
広島市西区己斐本町1丁目18-3
広電西広島(己斐)駅前
入場無料
休館日:火、水 

展示作品についての詳細はこちら

コイプレ ART GALLERY – vol.1「カムチャツカの若者が」によせて

「カムチャツカの若者がきりんの夢を見ているとき」
谷川俊太郎「朝のリレー」の冒頭部です。
この場所に朝がきて、昼がすぎ、夜になるとき、いつもどこかで朝は始まっています。
IT網と交通網が世界中をますます身近につないでいくとき、すれ違いも同時に加速します。
接続と同時に分断が、流入と同時に流出が、集中と同時に拡散が起こり、二項対立が強化されていく。複雑性は増すばかりで、右と左の二者択一にはとうてい収まりません。
そこで本展では「層」について考えます。有田大貴と土井紀子は、ともに平面上に層を積み重ねて画面を構成するアーティストです。有田は折り鶴やその焼却灰をキャンバス上に重ね、土井は塗り重ねた層を削りだす。平面でありながら、その層のはざまから別の層が垣間見えるとき、前後関係は渾然一体となり、時系列は混濁します。
カムチャツカの若者がきりんの夢を見ているとき、あなたはなにを見ますか?
TAMENTAI GALLERY 山本 功



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