都市という生態系(2):デジタルによるフェアネス、専門知識の民主化、祝祭性によるコンヴィヴィアリティ
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都市という生態系(2):デジタルによるフェアネス、専門知識の民主化、祝祭性によるコンヴィヴィアリティ

前回の続き(のつもりで書いてみる…)。

前回の内容について簡単におさらいすると…
まず、私の地元郡山にて都市の廃れゆく生態系を目の当たりにしたことから、その不可逆性の抵抗として、最近の都市トピックであるスマートシティのことを考えてみた。
いろんな企業の理念や取り組みを見たうえで生まれた疑問が、テクノロジーの活用方法のみが強調されることが多く、市民側の利用体験が抜け落ちているという偏重感。
ただ、その文脈に一緒に乗って考察したとて、スマートグリッドで、MaaSで、CO2削減ヒャッハー的終末がなんとなく想像ついたので、視点を市民側にぐりっと切り替えて、都市計画やまちづくりへの「市民参加」のアップデート側でできる新たな都市の生態系みたいなのを少し考察してみること…にしてみた。
※結果、妄想は妄想に過ぎず、広がる妄想の回収は難しく、意味わからない文章になっています、ごめんなさい\(^o^)/

実のところ、そもそもまちづくりに市民参加ってなぜ重要なの?行政とかで勝手に進めちゃっていいよって、半分思ってたりする下級市民なので、まずは市民参加の重要性ってなんだっけ、というところから考えてみよう(←イマココですかw)。

ちなみに、地方都市の廃れゆく流れをざっくりおさらいすると、少子高齢化だけじゃなく、生産年齢人口の大都市への流出により、地域経済の需要低下、税収減につながって、投資できなくて、さらに廃れて…という負のスパイラル構造であろうと認識している(社会保障コストとか、インフラ維持コストとか、いろんな波及性については脇にそっと置いておく)。
つまり、生産年齢人口の大都市への流出を抑制すればよいんだけど、地元に魅力的な大学、就職先がないわけだから仕方がないよね。
という、この誰でもが容易に認識し得るこの状況が主要な課題であろう。

生産年齢人口の流出抑制をなし得る魅力的な大学と産業を地方都市につくるというアプローチは、例えば、会津若松市で行われているそう(まさか地元のお隣でそんなことがw)。
アクセンチュアなどが参画してスマートシティを推進していて、会津大学と連携したデジタル人材の育成によって産業創出に繋げようとしているらしく、一つの良い事例なんだろう。
とはいえ、こういう大規模なオフィスを鶴ヶ城のすぐ横に建てるのはどうかと思いますけど(実際見てきたんですが、せめて大学の近くとか空き家活用とかのほうが地元との分断感はなさそうかと)。

そういうのを見ると、たかが理想されど理想ながら(そうです、いつも理想論ばっかり空想しています)、地域の人々自身が地域の将来について、ビジョンを定義、共有し、その実現プロセスとして地元に残り、何かしら産業をつくっていくような、草の根的な芽吹きが発現する装置みたいなものってないのかなぁとか思ったりするし、そのへんが市民参加の重要性に繋がっているように思えるんだなぁ。

とりわけ都市計画やまちづくりというジャンルは、様々な商品の購入、飲食、交通、教育、医療、エネルギー、公園など公共施設、景観など、どれも生活に密接する要素を包摂しているし。
でも、その密接度とは裏腹にその市民参加による舵取りとなると、少しサーベイして見つけたレポートによると、例えば、都市計画マスタープラン策定に関するパブリックコメント数は1、2件程度の自治体がほとんどであったり、そのほか策定委員に住民委員がいない、住民委員のほとんどが60歳以上などの状況になってるらしい。
偏見かもしれないけど、知らない人が集まる場、パブリックな場などに参加もしくは発言する人が年齢、地縁、職業などある価値観に基づいた社会的地位に限定される様子がすぐにイメージできたりする。
さらにレポートによると、行政担当者が思う市民参加の主な課題について、都市計画に対する知識がない、地域コミュニティがない、参加意識がないなどが挙げられている。
都市計画やまちづくりは生活に身近な要素であるにも関わらず、実際には身近に感じられていないが現状、というところでしょうかね(もちろん市民発意による地区計画作成の事例などが増えてるみたいだし、一概じゃないとおもいます!)。

現在の市民参加は、何かしらのパブリックな会議体やワークショップにフィジカルで参加するのが主要なものだろうとなんとなく認識しているんだけど、自分の感覚レベルでは、何某かの委員に選ばるれるか選ばれないか、出席するかしないか、発言するかしないかの二項対立感って、参加の心理的ハードルがかなり高い。
でも一方で、デジタルがすでにそんなハードルになめらかさを提供しているのも知っている。
参加形態をグラデーション化し、参加でもなく不参加でもない「ゆるい参加」OKみたいな。
例えば、都市計画の委員会のようなものだったら、選ばれた委員として会に出席しフィジカルの場で議論する以外にも、オンラインを通し発言する、チャット欄でのコメント、聞き専とかいろんな参加がOKだし、議論されるアジェンダによっても参加の前のめり度を調整してもよい。
さっきちょこっと触れたけど、フィジカルの場合、年齢、地縁、職業、役職とかで、目に見えぬ権威が実質的に参加権や発言権を奪っている感じってあると思う。
実際、ZOOMで偉い人が上側に表示できるような仕様変更要望があったというニュースにあったように…(あれほんとなの?w)
デジタルを活用した参加は、参加形態にグラデーションをもたらし、フィジカルよりはフェアネスが保持される仕組みというのはもう当たり前よね。

そうそう、前回最後に書いたとおり、市民参加による都市の生態系づくりの鍵として、フェアネス、専門知識の民主化、祝祭性の3つを挙げたけど、1つ目のフェアネスが上に書いた内容でした(いまさらw)。

ということで、つぎに「専門知識の民主化」にいきまーす。
ちょいさっき市民参加の課題として「都市計画に対する知識がない」というのがあったけど、それって知識を得る場をつくってないのが悪いんじゃんって思うw
ゲーム業界の端くれとして思うのは、ゲームの役割の1つは、難しい専門知識をできる限り誰でも扱えるようにすることなのだと。
とりわけシュミレーションというジャンルは、専門知識がなくてもリアルさが感じられ、本当に専門的すぎてどうしようもないのはうまくデフォルメして楽しくなるようにつくられている。
戦争、戦略、歴史、農場経営、ほかにも…そう、もちろん都市経営シュミレーションもありますよね、シムシティというw
(個人的には、別の都市ゲーやっていますがタイトルが出てこないw)
シムシティはほぼ更地からスタートなのでリアリティがないんだけど、最近になって、これは???というのがポツポツ出始めてきているのです。
1つは国土交通省が推進する都市の3DCGのオープンデータ化である「PLATEAU」。
そして、宇宙スタートアップのスペースデータのAIで自動生成するという都市の3DCG(これ、ほんとやばい。しかもオープンデータにするらしい、やばい)。

こういったデータをゲームエンジンであるUnityとかUnreal Engineとかにインポートして開発すれば、例えば、建物、緑地、道路幅員構成などを自由に入れ替えて、理想的な都市の景観を作成し、ウォークスルーできるとか、例えば、ある区画の用途地域を住居系地域から商業系地域に変更すると、ビジュアル的に商業施設が立ち並び、それに伴い沿線の交通量が増加している様子が反映、可視化され、さらにそれに伴うCO2濃度が変化するなど、ゲームエンジンならではのレンダリング力で表現できる、そんなデジタルツールがあったらどうだろう(どう?どう??)。
都市計画に関する専門知識は他にも多岐に渡るが、それら様々な計画のインプットにより、専門的知識によるロジック(将来的にはデジタルツインによるリアルタイムデータが参照されるんだな、きっと)から予測されるアウトプットが自動で反映、可視化され、さらに誰でも扱いやすいユーザーインターフェースに落とし込むことができれば、若い世代を含めた様々な人々が、自分なりの都市の将来ビジョンを少しは気軽にイメージしやすくなるかもしれない。
最近では行政の持っているデータをオープンデータとして活用を推進したり、スマートシティにおいてはデジタルツインによる様々な都市データの可視化は進むだろうが、それだけでは市民レベルで市民参加の「道具」として使いこなすのは難しいと思う。
ゲームのように誰でも触れることができるユーザーインターフェースに落とし込まれてはじめて市民参加促進の土俵に乗るんじゃないかと思っている。

そして、もちろんこのデジタルツールによる予測の正確性は高ければ高いけどいいと思うが、それは必須じゃないと思う(そもそも無理説もあると思いまあす)。
例えば、行政と市民がこのツールを利用して、複数人かつリアルタイムで1つの都市データをこねくりまわして、あーだこーだ言い合いながら将来の都市の姿イメージをつくっていく。
それをオンラインで公開し、ほかの市民などがコメントで参加する。
交流人口の増やすのがアジェンダにあれば、地域外から参加してもよい。
もしくは、行政と市民だけではなく、市民同士のコラボレーションでもよいし、教育現場での利用だったり、コンペなどで学生から将来の都市像を募るみたいなイベントを開催してもよい。
ツールの予測正確性も重要だが、このツールを媒体とすれば様々な祝祭性を演出できるのが、市民参加の促進のためには、さらに重要なことであると思う。
すでにバーチャルの世界では、フォートナイトで米津玄師がライブを行い、コロナ禍においてマインクラフトで卒業式が行われている。

まさに、イヴァン・イリイチがいう「コンヴィヴィアリティ(自立共生的)のための道具」にほかならない。
(これ、めっちゃいい本で、やっとここで繋がったーっと思ったけど、もはや本文から引用したりして述べることが億劫なぐらい書き疲れたw)

というわけで、都市計画やまちづくりへの市民参加をデジタルによりアップデートすることにより、新たな都市の生態系を構成し得るか、という話でした(個人的には、Unreal EngineにPLATEAUインポートして遊んでみようと思います!)

※いやー、妄想だけで書き始めてしまうと、専門知識がなくて納得性のなくなってしまう壁にぶつかり、そこでいろいろサーベイしようと思うけど、そこまで気力がなく、フワッとしたまま書き終えることになるという地獄w

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ゲーム企業PM担当。東京大学工学系研究科都市工学専攻修士課程。ここでは妄想を気ままに書きつらねるのみであり、論理性、根拠などは一切気にせずなのであしからずー。