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[序]0-1 タイポグラフィをめぐる風景

わたしがタイポグラフィに特別な関心を寄せるきっかけとなったのは、2008年から一年半を過ごしたドイツ、ライプツィヒのアートアカデミー・Hochschule für Grafik und Buchkunst Leipzigにある。通称「HGB (ハーゲーベー)」とよばれるこのアカデミーに、わたしは写真クラスのHeidi Specker(ハイディ・シュペッカー)教授ゼミに研究生として在籍していた。

ライプツィヒは、世界で初めての日刊新聞が印刷された街として知られ、印刷技術がひとつの文化として、一般市民の生活にも浸透している。日本における文庫本の発祥、岩波文庫のモデルとなったレクラム文庫のReclam Verlag(レクラム フェアラーグ)は、ライプツィヒを拠点とする出版社だ。パリの無人の風景を切り取ったウジェーヌ・アジェの写真集『LICHTBILDER』(Henri Jonquières, 1930)が印刷されたのもライプツィヒ、また世界に3機しかないともいわれるコロタイプの印刷機のひとつが「Druckkunst Museum Leipzig」 (ライプツィヒ印刷博物館)にある。「Die Schönsten Deutschen Bücher」(ドイツの最も美しい本コンクール)の審査会場もライプツィヒ、そして「Leipziger Buchmesse」(ライプツィヒ・ブックフェア)はフランクフルトに次ぐ規模で、例年30万人近くの来場者がある(2020年は新型ウイルスの影響で中止)。

HGBは、絵画、写真、メディアアートにならび、「Buchkunst (ブッフ クンスト)」の専門課程が設置された、ドイツ国内でも珍しい学校だ。Buchkunstとは、Buch=Book(単数形)、Kunst=Arts、すなわちブックアート領域のことである。ただしクラスは、タイポグラフィのドイツ語「Typographie (ティポグラフィ)」を略して「ティポ」と呼ばれていた。これについては、広義にブックアートがタイポグラフィである、ということではない点を注記しておきたい。HGBにおいてブックアートがタイポグラフィである理由は、「ティポ」がめざす書籍は、情報伝達の合理的手段であり、複製性、大量生産性をふまえているためであろう。たとえば隣町のハレのアートアカデミー・Burg Giebichenstein Kunsthochschule Halleでは、一点ものの工芸品としての書籍制作に特化していることに対照的だ。

そしてHGBでは、わたしが在籍した写真クラスの学生みならず、ほとんど全員が、といっても過言ではないほどに、「ティポ」の学生と一緒に本づくりに取り組むということが、まるで当たり前のことのようにおこなわれていた。また近年では「ティポ」の教授が中心となり、ライプツィヒ・ブックフェアと同じ週末に、学内でアートブックフェア「It's a Book」を開催している。

このような書籍をめぐるさまざまな活動が「Bücher-machen (ビュッヒャー マッヒェン)」と呼ばれていた。これはBücher=Books(複数形)とmachen=to doが結合した語だ。わたしには、この「machen」という語が「つくる」という意味をふくみつつも、よりシンプルに「する」という意味であることが、とても大切なことのように思えてならなかった。彼らがまるで衣食住をするかのように、あまりにも日常的に本をつくっている光景は、それまで書籍制作の経験がなかったわたしにとっては目新しくも、心地よさをおぼえるまでにそれほどの時間はかからなかった。


「ティポ」の卒業生の多くはデザイナーになり、出版社や書店をはじめるひともいる。日本では2019年よりtwelve booksがディストリビュートをはじめたSpector Booksや、わたしが2012年ころからお手伝いをしているLubok Verlag (ルボーク フェアラーグ)も、HGBの出身者や現役の教授らが主宰する出版社だ。Lubokについては、次回に詳しく書いてみたい。
 このようなライプツィヒで過ごした時間、経験したこと、出会った人々を通して、わたしにとっての「ティポ」、そして「Bücher-machen」はひとつの風景として立ち現れるようになった。「本を『する』」こと、本と生きること、そのような広がりのどこかに、自分もいたいと思っている。

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建築の写真を撮るアーティストです。ドイツ・ライプツィヒの出版社Lubok Verlagのお手伝いが転んで、むさび版画の特任講師になりました。2020春に版元「建築の建築」を設立、写真集『建築のことばを探す 多木浩二の建築写真』編集発行しました。

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