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海の崖から恋に落ちて

わたしが海に夢中になる理由。
それは、時に自分の想像を超える景色を、海は見せてくれるから。

海の中には、浅い海から深い海の底へと続く海の崖がある。その、落下してしまいそうな急斜面を「ドロップオフ」と言う。

ドロップオフには潮の流れがある。
そのため色彩豊かな魚や珊瑚が生息し、非常に美しい場所であることが多い。その反面、潮の流れが速く、時にダウンカレントが起こり、深い海底に急に引きずり込まれる危険性もある。

人を好きになるときも、同じようなことが時々起きる。相手を知りたいと思って夢中になっていると、ふと相手の闇に触れてしまいそうになる瞬間がある。

美しい景色の先には闇が。
魅力的な人にも闇が潜んでいることがある。

ある日、夢中で魚を追いかけ大群の魚と珊瑚に囲まれたと思ったら、ドロップオフまで来てしまったことがある。

まるで高層ビルの屋上に立たされているような気になり、真下を見ると、真っ暗な底に吸い込まれそうになった。

目の前にはただ青い世界だけが存在し、果てのない世界との“際”にいるみたいだった。

急に潮の流れを感じ、慌てて引き返そうと思った瞬間、遥か彼方から不思議な動きをする大きな魚影が現れた。

……マンタの群だった。

その姿は、夜明けに突如現れる変質者の様に怪しい動きをしており、異常に速かった。

しかも五枚(エイなど平たい魚はこう数えるらしい)。フォーメーションを組んで、ミサイルのようにこちらに向かってくる。そのあまりのスピードと大きさ、黒いシルエットに恐怖で身動きがとれなかった。

それは、ほんの一瞬だった。

彼らはわたしの真横を通り過ぎ、知らぬ間にわたしの身体は真っ青な世界に飛び込んでいた。パニックしたわたしは海面から顔を上げ、自分の位置を確認し、再度視線をマンタに戻した。

マンタはすでに遥か彼方の青い世界を、優雅に泳いでいた。気付いたら、わたしの身体はドロップオフから飛び降りる形でしばらくの間、何もない青い世界を漂っていた。

動悸が止まらなかった。
恋に落ちる瞬間と同じ、高揚感だった。

人もまた、“際”までたどり着いて初めて見えるその人の顔がある。潮の流れが速い場所は水が澄んで美しい。

わたしが海を好きな理由。
それはわたしが「人」を好きな理由と同じ。

相手を知りたくて、知りたくて、夢中で追いかけた先には、想像を超える景色がある。



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