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短編小説『ネット・ダンス-きみが踊る理由-』

数年前にサービス終了した、『アバターランド』
僕は、家族にパソコンを買ってもらったときに登録していたんだ。
キャラクターとして歩いてみてわかった。
みんな初期設定で使える顔だから、差がないんだよね。自分とそっくりなアバターに出会うと、何も言わずにすれ違った。
『アバターランド』は、コミュニケーションをユーザーのあいだで頻繁にできないよう設定されていた。一回ひらがな五文字までで、ふきだしとして画面に表示されるだけ。
初めて『アバターランド』を歩いたとき、「カラフルな街だなあ」と見渡した。それだけ……といえば、それだけなんだけど。
そのカラフルな街で、色とりどりの衣装を着た漫画みたいな顔のキャラクターのなかに混じると、「あ、ここは現実とはちがう世界なんだ」と実感した。
現実とはちがう。
だから、きみは踊っていたんだね。

これは、僕が初めて課金したときのお話。

―――

歩いていると、広場に出た。
広場では、ベンチに座ってるユーザーがたくさんいた。たまに、五文字という限りある言葉が飛び交う。
そんななか、きみを見つけたんだ。
初期設定の白いノースリーブのワンピースを着て。
モーション……アクションを使い分けて踊る、きみを。
ターン、バク転、キック、ステップ。
どれも課金しなくては手に入らないモーションだった。
他のユーザーとはちがう動きをするきみ……まるで、ネット・ダンスをするきみに僕は見惚れた。
僕はクリックして、きみのプロフィールを見た。
『踊るのが大好き。普段は車椅子です』
きみのダンスは、ネットが叶えてくれた特別なダンスだった。
広場にいる人々はなにも反応しないけれど、きみはひとり踊る。
僕は『アバターランド』のショップに行き、課金した。広場に戻ると、きみの前に立った。
僕は、拍手した。僕が初めて課金したモーションだ。
ひととおり踊りが終わると、きみはお辞儀をして投げキッスをしてくれた。きみの頭の上に、ふきだしが表示された。
『ありがとう』
僕はまだ『アバターランド』に慣れていなくて、自分の気持ちを表す五文字が咄嗟とっさに浮かばなかった。
だから僕は、毎日のように踊るきみに、拍手を送った。
いっしょに踊ることはしなかった。
きみのネット・ダンスが、きみにとってかけがえのないものだとわかっていたから。僕は、きみの邪魔をしたくなかった。
夏休みが過ぎ、大学受験が迫ってきた。
僕は息抜きにしていた『アバターランド』から遠ざかった。
大学に合格したあと、『アバターランド』のサービス終了を知った。

―――

いまは多くのサービスやゲームで、仮想世界が楽しめる。
きみはどの世界で羽ばたいてるんだろう?
いまも踊っているのかな?
歩く、走る、ジャンプする。
ネットの世界に飛び込み、様々なアクションをするたびに、僕はいつも名前も知らないきみを思い出す。
あのとき、きみの名前を聞いていたら、僕たちはまた会えたのかもしれない。直に会わなくても。どこかのネットサービスで。
いつか、きみに会えたら。
僕の前で踊ってほしい。
また拍手を送るよ。
ああ、いまならわかる。
あのとき、どんな五文字を送るべきだったか。
『すごくすき』
きみのダンスだけではなく、きみ自身のことも、僕は好きだったんだ。

【了】

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