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田舎の不思議なパン屋で働いてみた

2月に鳥取県智頭町にあるタルマーリーというパン屋さんで1ヶ月間インターン生として働きました。

タルマーリーは知る人ぞ知る有名なパン屋です。お店があるのは那岐という智頭の中でもかなり田舎の方。わざわざ足を運んでこないといけないのに、特に土日の昼間はコロナ禍にも関わらずお客さんが次々と来店し、パンを買い、カフェでゆっくり過ごしていく。

おそらくお客さん、そしてファンが多い理由はタルマーリーのオーナーが書いた本『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』。私がタルマーリーに興味を持ったのもこの本がきっかけ。

去年の7月に徳島の上勝町で滞在していた時に、Cafe Polestar のオーナーに「私パン屋が好きなんです!」って話してたら紹介されたこの本。それからデンマークに行ってからも何度も読み返した。

本の内容は是非読んで欲しいので軽くだけ紹介すると、タルマーリーは「食と職の豊かさや喜びを守り高めていく、そのためには利潤ではなく『循環』と『発酵』に焦点を当てた『腐る経済』を作る」ことを目指している。

だから、

・「パン職人」としての技術、価値を高めるためにあえて野生の酵母菌などを自家採取したり、丁寧なパン作りをする
・菌がとにかく育ちやすい環境を整える→水が綺麗な田舎に移り、自然栽培やなるべく近場で作られた素材を使う
・「いい技術」「いい素材」を使っている真っ当な「食」に、たとえ値段が高くなっても適切な価格でパンを売る
・しっかり休むため、外からの刺激を受け感性を磨くためにも、週2日、冬季休暇1ヶ月間は休む
・菌も生き物なのでちょっとした変化で影響が出る。そのため菌との対話が欠かせず試行錯誤を続ける必要がある
・結果的に地域内循環を促したり、環境にも作る人にも食べる人にも優しいパンが生み出される

とにかくタルマーリーの素晴らしさは限りないほどあります。なのでここでは本の内容というよりはインターンで私が経験して感じたこと、考えたことを紹介します。

インターン生の1日

毎月のようにインターン生を受け入れているタルマーリー。インターン生がどのように過ごすのか紹介します。

〜パン職人の補助の仕事の日〜

4:30 起床・・・2月はとにかく寒いので灯油ストーブをつける。他の社員やインターン生が同じシェアハウスに住んでいるので、起こさないように準備する。朝ごはんは前の日に持って帰ったまかないパンやスープを食べる。

5:35 出発・・・タルマーリーまでは徒歩15分ほど。雪や雨が降っている時はもうちょっと余裕持って出発したい。外は真っ暗で電灯はちらほらあるので暗すぎることはない。星がめちゃくちゃ綺麗でした。

5:50 到着・・・3時ごろから働いてる職人さんに挨拶してエプロン着たり準備する。6時出勤なのでそれには間に合うように。

6:00 番重洗い・・・パン生地が入ってた番重が山ほどあるのでひたすらカリカリして乾いたパン生地を削り取る。お湯も使って洗う。

7:00ごろ 焼きたてパンを運ぶ・・・次々とパンが焼き上がるので、発送用は扇風機前で冷やしたり、ハードパンは裏の焦げを削りとる。

9:00ごろ 職人さんに頼まれたことをやる・・・パンに入れる材料などの仕込み。チーズのgを測って切ったりした。(形成不良やサイズ的に)お店に出せない焼きたてパンを食べたりコーヒーを飲みながら休み休みで。

11:00ごろ 掃除・・・冷蔵庫や引き出しの中やオーブンを拭いたり、掃き掃除など。酵母のためと思って隅々まで!

12:00ごろ 休憩・・・カフェのスタッフさんが作ってくれたまかない飯やピザやパンを食べる。これがまためちゃくちゃ美味しい!

12:15ごろ 発送の仕事・・・卸先やオンラインショップで購入したお客さん用にパン発送の作業をする。

14:00 上がり・・・お仕事終わり。天気の良い日は散歩気分で帰る。

17:30ごろ 夕飯・・・カフェ仕事のインターン生は17時まで働いているので帰ってきたら一緒にご飯を食べる。自炊はもちろんできるし、たまにしたけど、毎日まかないをたくさん頂いていたのでそれを食べてました。

21:00ごろ 就職・・・お風呂入って本読んだりダラダラして早めに寝ます。

私がいた時は2週間パン職人の補助仕事をして、もう1人のインターン生と交代で残りのもう2週間はカフェの仕事をしました。カフェの仕事は発送の作業をしたり、販売のパンを袋に詰めたりです。結構忙しいので、あっという間に1日が終わりました。仕事中は職人さんともカフェのスタッフさんともたくさんお話しができ、皆さんすごく優しくて働いて楽しかったです。


ゼロ・ウェイストなパン屋

まずタルマーリーで働いて一番気持ちが良かったのは、とにかく「無駄」が少ないこと!それまで私がバイトをしていたパン屋は、

・廃棄が当たり前。雨の日など客足が特に少ない日など、多くて45ℓのゴミ袋が2袋分の時もあった。それだけパンが捨てられている光景を毎日のように見ていて、パン好きとして、職人さんを尊敬する者として辛かった。(こっそりバイト同士で持って帰ってましたが、あまりにも多い時はできない。そして捨てる担当がバイトだった。)

・パンを包む袋、パック、レジ袋、ビニール手袋など、プラスチックまみれで、少しでも床に落ちたりしただけで捨てられてた。

・サンドイッチ用に切り落としたパンの耳も捨てる

という感じでした。でもそれって私が働いていたパン屋だけではなく、きっとほとんどの飲食、コンビニなどがそうなんだと思う。その店が悪い、とかの問題じゃなく、今の消費社会がそういうものありきで成り立っている。だから私はフードロスに興味を持ち始めたが、なんだか無力さというかやるせなさを感じていた。何かを犠牲にしながら、こんなに利益や効率を求める必要はあるのか…

しかし、タルマーリーはそのような利益を追求せず、しっかり「循環」するしくみが整っている。地域内循環を目指していて、ホームページにも載ってるいる図には収まりきらないほど、無駄・ゴミがない。

例えば、パンに使う材料で言えば、ドライいちじく、小麦の胚芽・ふすま部分、ビール酵母液。ドライいちじくはヘタ周りはパンに使えないので、いちじくビールの酵母採取に使われる。白い小麦粉にならない部分は全粒粉にして使ったり、それでも残ったものは米農家さんの牛の飼料に(自然栽培だから牛の腸内を良くするそう)。ビール酵母は格さんが3年ほど前にビール職人を始め、ビール製造で麦の汁(?)みたいなのが出るそうで、通常捨てられるが、タルマーリーはそれをパンに使う。ビール製造、小麦の自家製粉しているタルマーリーだからこそできる取り組みだ。

他にも、店舗販売するパンは複数一緒の紙袋に詰めたり、発送に使う段ボールも近所の薬局などから回収した段ボールをなるべく使ったり、小麦粉が入っていた袋も切り開いてオーブンシート代わりにしたり、暖炉に店舗改装時に出た廃材を使ったりと、きっと私が把握しきれてないところがもっとあると思う。

もちろん手間はかかることもある。でも少しの手間をかければ費用削減にもつながるし、たとえ環境問題や循環型社会に関心がなくても取り組むメリットがあると思う。

ゼロ・ウェイスト思想について、こちらもよかったら読んでください。


タルマーリーのパン作りと職人さん

タルマーリーで出会った中でもとても印象的であった職人さん。パン職人は体力的にも精神的にも本当に大変なお仕事だけど、でも心から「ここのパン作りは楽しい」って言ってたのが素敵だった。利益を追求すれば安定して大量にパンが作れる製法や材料が望ましい。そういうのが合ってる人もいると思うけど、自家製酵母を使ったりするタルマーリー製法のように、不安定だからこそ「飽きない楽しさ」、常に勘を研ぎ澄まして研究し続けなければいけない「職人としての技術」が成り立つ。

試しにバゲットを何本か生地から作らせてもらって、3日かけて完成した。今まで趣味でパン作っていた時は20分弱で済ませていた手捏ね作業はなんと1時間もかけた。少し丸っとした焼き上がりになったバゲットは何とも愛おしく感じた。家族や友人に送ったらみんな喜んでもらえたのも、モノづくりのやりがいを実感した。

ストイックで、謙虚で、勤勉で、こだわりがあって、情熱が強い。とにかくかっこよかったです。


タルマーリーの個性豊かなパン

タルマーリーのパンは素材が良いし、滋味深くて、風味も豊か。でも特徴的なのは味だけじゃないんです。

タルマーリーのパンを始めてリアルで見た時の印象。

『野生』

上に油とか蜜が乗っていてツヤっとしたパンではなく、かと言ってよく見かける懐かしいパンでもなく、とても野生的で、飾らないかっこよさがあって、初めて見たような感覚だけどなんか愛おしい。


格さんの話「動的モノづくり」

店主の格さんと何回かお話しできて(お忙しいのに本当に感謝…!)、話す度に話題にあがった「動的モノづくり」

自分の脳を使って試行錯誤を繰り返したり、時代の流れが感じられる古き良きものを使い続けたり、季節や周りの環境など流動的なものに適応していく。

それは必ずしも安定的ではないが、それは「生きている」証拠。人も微生物も「生き物」だもの。AIとか機会化、便利化が進む世の中で消えつつある「モノづくり」、特に「タベモノづくり」。タルマーリーの表現として、そして良いモノづくりとして「動的モノづくり」を残していきたい、と格さんは語っていました。

(コロナ禍で外出が減り、普段より多く取れた野生の麹菌)


インターン、休学を終えて

タルマーリーでのインターン、そして鳥取での1ヶ月滞在は私の背中をポンと押してくれるような経験でした。

1年間の休学のいい締めくくりでもありました。上勝町、デンマーク、タルマーリー。関係ないようで、繋がっているんです。1年前までは、将来何がしたいか想像もつかなくて条件とか消去法でしか考えられなかった。でもこの3箇所を通して明確な夢ができました。

いつか私はパン屋になりたいと思っています。

目指すなら目標は高く、「サスティナブルなパン屋」

なるべく何かの犠牲の上で成り立っていない、利益や成長に捉われず全てのステークホルダーとバランスのとれた経営。「循環型」で、働く・作る「豊かさ」が感じられて、「イイモノ」ものを使う。まだまだ綺麗事、理想論に過ぎませんし、道も果てしなく遠いです。まだまだ構想中です。

1年前までは、パン屋が好きなあまり、パン屋になろっかな〜って冗談で言っていました。憧れだけど、きついし、いろんな犠牲の上で成り立ってるし、本気で働くことまでは想像もできませんでした。

でもタルマーリーのようなパン屋に出会って、大変だし厳しさもあるけどすごく明るい道が開けて自分もいつか作りたい!って思ったし、もっといろんな場所でこんなパン屋、食関連のものが広がって、より多くの人が「食の在り方」や「食の持続可能性」について考える機会が増えたらいいなと思っています。



タルマーリーのパンは通販でも購入できます!是非一度味わってみて下さい。