【感想文】晩秋/志賀直哉
『志賀のチャームポイント』
本書『晩秋』読後の乃公、愚にもつかぬ雑考以下に捻出せり。
▼あらすじ
かつて「彼」は浮気するため京都へ行った ⇒ それは妻に秘密にしていた ⇒ 秘密を小説に書いて発表した ⇒ 妻に秘密がバレた ⇒【完】
▼読書感想文 ~志賀の写実~
男女における倫理上の問題を度外視した「彼」の思考は写実であり、志賀ならではの不可解な表現も写実を逆説的にもたらしており、それは私小説家としての純然たる態度である。
※『痴情』読書会における拙感想文で既に言及済み。
冒頭で「志賀ならではの不可解な表現」と述べた通り、本書『晩秋』も読みづらい。かといって、なにも私は作品の欠陥を指摘したいのではなく、志賀の表現は彼の写実の要素だということは承知の上である。
そこで今回、本書におけるバリクソ読みづらい文章を以下に紹介する。
▼読みづらい文章 (読解困難レベル:★★★★★★★★☆☆)
以下の引用は、妻に浮気がバレた件を「彼」がお清に打ち明けた直後の場面である。なお、文中の【】部分が不可解な表記に該当する。
この文章、パッと見わかりづらいと思うのは私だけかもしれないが、その原因である不可解な表記【A】~【F】を順に解説する。
【A】・・・いきなりわかりにくい。目的語が欠落している。<<自家の意思>>って何なんだ。で、推察するしかないのでまず、お清が「奥さんは悋気深うおすな」と言ったことに対し「自家の者の意思だけじゃない」と彼は返答している。ここで「自家の者」とは、もちろん妻を意味しており、その妻が一方的に悋気(ジェラシー)を起こしたわけではないと彼は返答している。ってことは、おそらく彼はお清に「夫婦ゲンカにおける妻のジェラシー話」を“盛って”話してしまったのだろう。だから、このセリフは「妻がどうこうっていうかオレが話を盛りすぎたんだけどねー(=自家の意思だけじゃない)」と発言を訂正したのである。
【B】・・・発言権、ってのが意味不明だがこれは前段の文章、<<しきりに彼に軽蔑を示していた。彼は相手にならなかった。>> がヒントになり、これはお清の発言が彼の耳に一切届いておらず、彼の前では全てが無効化されていることを意味している。つまり、彼がお清をガン無視した行為を「お清に発言権を与えない自分のやり方」と称している。
【C】・・・割が悪いとは、【B】を踏まえるとお清は「こんなにアタシが彼を軽蔑しまくってるのに彼ときたらノーリアクション。あーあ、イジって損した。イジリ損どすなあ」という意味である。ここはまだまだ読み取りやすい。
【D】・・・女の気持を甘く解する事とは、「お清ってオレのこと好きなんじゃね?100パーそうじゃね?」である。これも割と読み取りやすい。
【E】・・・「不愉快になる」とあるように、不愉快という言葉を用いてしまうと彼 or お清のどっちの心境なのかわかりにくい。【D】で勘違いした彼がお清に猛アタックしてフラれることで、彼だけが傷つく(=不愉快な思いをする)ということか。
【F】・・・ここは分かりにくい。<<先方も好きなのだと思えばお清は腹の立つ>> とした経緯が分かりにくいが、お清は彼のことをハナから好きじゃないから腹が立つのであろう。その根拠は2ページ前に遡る。この場面で彼はお清と再会した際に <<彼は相不変のお清だと思った>>、<<如何にもこう云う事を商売に暮らしている人間達だという気がした>> とある。
即ち、彼は芸者・お清の「媚は売っても身は売らぬ」というプロ根性を垣間見たのである。お清にとって彼は単なるお客さんでしかない。客に猛アタックされても芸者は困るだけではないか。これを転じて <<お清は腹の立つ事ばかり>> と称したのである。こんなんわかるかっ。
といったことを考えながら、再度繰り返すがこの文章は作品の欠陥ではなく、志賀のチャームポイントである。
以上
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