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【感想文】晩秋/志賀直哉

『志賀のチャームポイント』

本書『晩秋』読後の乃公、愚にもつかぬ雑考以下に捻出せり。

▼あらすじ

かつて「彼」は浮気するため京都へ行った ⇒ それは妻に秘密にしていた ⇒ 秘密を小説に書いて発表した ⇒ 妻に秘密がバレた ⇒【完】

▼読書感想文 ~志賀の写実~

男女における倫理上の問題を度外視した「彼」の思考は写実であり、志賀ならではの不可解な表現も写実を逆説的にもたらしており、それは私小説家としての純然たる態度である。
※『痴情』読書会における拙感想文で既に言及済み。

冒頭で「志賀ならではの不可解な表現」と述べた通り、本書『晩秋』も読みづらい。かといって、なにも私は作品の欠陥を指摘したいのではなく、志賀の表現は彼の写実の要素だということは承知の上である。
そこで今回、本書におけるバリクソ読みづらい文章を以下に紹介する。

▼読みづらい文章 (読解困難レベル:★★★★★★★★☆☆)

以下の引用は、妻に浮気がバレた件を「彼」がお清に打ち明けた直後の場面である。なお、文中の【】部分が不可解な表記に該当する。

「とにかくおうちの奥さんは人並はずれて悋気深うおすな。何どすいな。月に三遍か四遍おいでやす位。おうちの御商売にさわる云うではなし。あんたはんも余程やな……」こんな事を云い出した。
「今もいう通り、何も自家うちの者の意思だけで云ってるわけじゃないよ【A】」
「ふーん。よう分かってます。よう分かってるが、あんたはんも余っ程なお方やな」
「余っぽど、どうなんだ」
「奥さんに甘うおすな」
「奥さんばかりじゃない。女には生れつき甘く出来てるんだ」

― 中略 ―

お清は黙った。そして時々「ああ可笑しい」こんな事を云っては殊更笑声をたて、しきりに彼に軽蔑を示していた。彼は相手にならなかった。やがてお清は静かになった。

― 中略 ―

暫くすると、不図、
「割が悪いわ」と云った。
「何が割が悪い」
お清は初めて自分のひとり言に気が付いたように淋しそうな目つきで微笑した。
彼は一寸不思議な気がした。何が割が悪いのか押して訊いたがお清は返事をしなかった。
若しお清自身の気持と云うものが幾らかでもあれば、このように全然発言権を与えない自分のやり方【B】は少しひど過ぎるかしらと彼は思った。そう云う意味でならお清が割が悪い【C】と思うのは無理ないと思った。然し彼の癖として、自分の方からは如何に女に甘くとも、又甘いと思われても困らないが、女の自分に対する気持を甘く解する事【D】は恐れていた。殊にお清との場合では、先方はどうでもいい、此方からは好きなのだ、この考が最初から彼に付きまとっていた。それが一番真実に近いらしくも思われたし、且つ若しそれ以上を要求すれば、彼は直ぐお清に無いものまでも望み、不愉快になる事【E】が分かっていたからである。好きなのは此方からだけだ、――そう思っていれば不服はなかったが、先方も好きなのだと思えばお清は腹の立つ事ばかりだった【F】。

新潮文庫『小僧の神様・城崎にて』所収,P255-P256

この文章、パッと見わかりづらいと思うのは私だけかもしれないが、その原因である不可解な表記【A】~【F】を順に解説する。

【A】・・・いきなりわかりにくい。目的語が欠落している。<<自家うちの意思>>って何なんだ。で、推察するしかないのでまず、お清が「奥さんは悋気深うおすな」と言ったことに対し「自家の者の意思だけじゃない」と彼は返答している。ここで「自家の者」とは、もちろん妻を意味しており、その妻が一方的に悋気(ジェラシー)を起こしたわけではないと彼は返答している。ってことは、おそらく彼はお清に「夫婦ゲンカにおける妻のジェラシー話」を“盛って”話してしまったのだろう。だから、このセリフは「妻がどうこうっていうかオレが話を盛りすぎたんだけどねー(=自家の意思だけじゃない)」と発言を訂正したのである。

【B】・・・発言権、ってのが意味不明だがこれは前段の文章、<<しきりに彼に軽蔑を示していた。彼は相手にならなかった。>> がヒントになり、これはお清の発言が彼の耳に一切届いておらず、彼の前では全てが無効化されていることを意味している。つまり、彼がお清をガン無視した行為を「お清に発言権を与えない自分のやり方」と称している。

【C】・・・割が悪いとは、【B】を踏まえるとお清は「こんなにアタシが彼を軽蔑しまくってるのに彼ときたらノーリアクション。あーあ、イジって損した。イジリ損どすなあ」という意味である。ここはまだまだ読み取りやすい。

【D】・・・女の気持を甘く解する事とは、「お清ってオレのこと好きなんじゃね?100パーそうじゃね?」である。これも割と読み取りやすい。

【E】・・・「不愉快になる」とあるように、不愉快という言葉を用いてしまうと彼 or お清のどっちの心境なのかわかりにくい。【D】で勘違いした彼がお清に猛アタックしてフラれることで、彼だけが傷つく(=不愉快な思いをする)ということか。

【F】・・・ここは分かりにくい。<<先方も好きなのだと思えばお清は腹の立つ>> とした経緯が分かりにくいが、お清は彼のことをハナから好きじゃないから腹が立つのであろう。その根拠は2ページ前に遡る。この場面で彼はお清と再会した際に <<彼は相不変のお清だと思った>>、<<如何にもこう云う事を商売に暮らしている人間達だという気がした>> とある。
即ち、彼は芸者・お清の「媚は売っても身は売らぬ」というプロ根性を垣間見たのである。お清にとって彼は単なるお客さんでしかない。客に猛アタックされても芸者は困るだけではないか。これを転じて <<お清は腹の立つ事ばかり>> と称したのである。こんなんわかるかっ。

といったことを考えながら、再度繰り返すがこの文章は作品の欠陥ではなく、志賀のチャームポイントである。

以上

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