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音楽とわたし①

自分を語るうえで欠かせないものってありますか? そうですね、私は音楽だと答えたい人間だといえます。


音楽歴と呼べるほど大したものはないけれど。幼少期~25歳くらいまでのお話。

子供のころから音楽が好きでピアノを習ったりしていました。父親がスナックのカラオケが好きで、よく家族でカラオケにも行きました。音楽好きはそんな父親の影響が大きいんだと思います。小学3年で「男と女のラブゲーム」を歌っていましたから。

中学生のころの夢は歌手。1995年~1998年の時期。この頃の音楽シーンの活気と勢いが私の頭から離れることはありません。この時代を思い出しては、華やかで情熱的で鮮麗だった感覚を取り戻しています。

この時代に歌手を目指すことはシンデレラストーリーにも似たキラメキがありました。ミリオンセラー(100万枚超え)が当然の時代。誰もがシンデレラになるチャンスがあった。歌手になることは今のYouTuberのような感覚。

高校に入って作詞やポエムを書き始めました。ノートに想いを書き連ねては、誰か曲をつけてくれないかなあって思っていましたし、既存曲のインストゥルメンタルをかけながら独自で歌詞をつけて歌ったりしていました。想像力豊かだったんだなぁ、しみじみ。※後日、私の心が許すなら当時の詩をnoteに掲載する予定です。

ボーカリストとして音楽活動をしていたこともありました。ボイトレにも通っていました。ずっとダンスミュージックが好きで歌って、安室奈美恵さんばりに踊ってみたかったけれど「自分にはできない」想いと極度の恥ずかしがり屋気質と傲慢なプライドの高さで、見えない壁ばかりと戦って苦しかったのを今でもたまに思い出します。

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当時のR&Bじゃないと本物の音楽じゃない!みたいな風潮があって、キャラでもないのにR&Bを歌い、無理やりウィスパーボイスの練習をし、Earth Wind and Fireのカヴァーをして大恥をかいて、歌へのコンプレックスができました。

声にもキャラがあるからね。合わないジャンルを歌うのはオススメしません。自分が好きなジャンルだと思っても、それが自分に合うというわけではないので、そこは周囲の人の声に耳を傾けましょう。

ライブで注目を浴びるのが嫌でボーカルは向いてないって思いました。今は主流の顔出しをしない活動方法が当時あればよかったのになぁ…。そんなこんなでボーカルを辞める決意をしました。これ以上やっていると音楽が嫌いになると思ったし、実際に音楽を聞かなくなってしまっていたのです。

表舞台から裏へ。音楽スタッフになりたい願望が芽生える

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当時のデジカメクオリティ。この頃から一眼レフやっておけばよかったなぁというのが私の後悔のひとつでもあり、もしかすると今でもライブハウスに通ってライブを撮りたいと思うのは、ライブ写真に対して不完全な想いがあるからかもしれません。

メンバーと出逢い、このV系バンドのスタッフになりました。楽器運びからメンバーのヘアメイク、雑用まで一手にやっていました。20代前半のメンバー達。私はその中でお姉さん的な立場で、メンバーの世話を焼いていたような記憶が残っています。

週に3回くらいのライブをこなしていましたが、メンバーの方向性の違いが早々にわかり、半年ほどで解散。それぞれの道へ歩むことになりました。その後、プロになっているメンバーもいるので、今となってはいい思い出です。

長くなるので②へ続きます

ボーカルを辞め、音楽スタッフを辞め、音楽から遠ざかっていたある時。知人の誘いでとある出逢いがもたらされました。それがこのあと、10年以上にも及ぶ作詞家活動のはじまりでした。




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週末カメラ女子/ No Music No Life / 2017年に上京。大阪人のくせに東京に恋しちゃってる