エアアジアジャパン(初代)って知ってる?
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エアアジアジャパン(初代)って知ってる?

ている | テールメイト旅

エアアジアジャパン(初代)って知ってる?
知らないと皆が言う
2012年に日本の空に登場したけれど
その後儚く消えていった
格安航空会社のことだよ


こんにちは、小さなバッグであるテールメイトひとつで
身軽で気楽な旅に出かける「ている」です。

エアアジアジャパン(初代)は、
2012年に日本で就航した格安航空会社(LCC)です。

この年は、
  [3月]   ピーチアビエーション
  [7月]   ジェットスタージャパン
  [8月]   エアアジアジャパン(初代)
3社が立て続けに就航を開始して、まさに日本におけるLCC元年となった年でした。

実は、私が初めて乗ったLCCがこのエアアジアジャパン(初代)なのです。
その意味で個人的に格別の思い入れがある格安航空会社です。

今回は、そんな日本のLCC黎明期の旅の思い出について綴ってみたいと思います。


はじめてのLCC

あれは2012年の9月の初めのこと。
山梨県山中湖畔で行われた野外フェスSWEET LOVE SHOWERへの参戦から一夜明けて、私はその足でさらに成田空港から新千歳空港へと飛んでそのまま北海道まで旅を続ける旅程を組んでいました。

成田空港第2ターミナルに到着すると、ロビーの一番端っこのほう、
航空会社のカウンターでもなんでもない所に不思議な行列が伸びています。
そう、これがれっきとしたエアアジアジャパンの受付場所です。

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まずはきちんとした受付カウンター自体が無いことに衝撃を受けました。

列が進んで、自分で印刷して持参した「航空券」とは名ばかりのペラペラのA4コピー用紙を渡すと、係員がビリビリと(本当に豪快にビリビリと!)用紙の半分を破り取ってから返してくれます。

そんなワイルド過ぎるチケットチェックを受けてから通された待機場所は…
プレハブでした。
正確に表現すれば、ちょっと小綺麗な掘っ建て小屋でした。

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天井の配線も骨組みも全てむき出し。
成田空港内の各ターミナルからかき集められたであろう長椅子が整然と並んでいます。
密閉はされていないので当然ながら冷房など入っていません。
業務用の大きなオレンジ色の羽の扇風機が所々に設置されているだけ。
とにかく蒸し暑いので、あちこちで団扇やクリアファイルをパタパタとやる姿が見られます。

極めつけがトイレです。
えーっと、簡易トイレです。
大事なのでもう一度言いましょう、
あの工事現場などに置いてあるボックス型の簡易トイレそのものです。
それが数台、部屋の隅のほうに誠に申し訳なさそうに置かれています。

野外フェス会場ならいざ知らず、
この近代的なはずの成田空港の屋内になんともまたシュールな光景です。
さすがにこの簡易トイレを使用している人はほとんどいないようでした。

すでにここまででも何もかもがヤバいことだらけなのですが、
このときの私はフェス参戦後の高揚感とこれから北海道へ飛ぶワクワク感とが相まって、衝撃こそ受けたものの、不安や心配はあまり感じていなかったように記憶しています。

しかし、今になって冷静に振り返ってみると本当にヤバすぎることだらけですね。


余談ですが、待機列の中に立派なリーゼントに革ジャンの男性がいました。
肩には大きな「E-YAZAWA」のタオルが。
どうやら前日に横浜で矢沢永吉氏の大きな野外ライブがあったようです。
これからLCCというのはこういったライブ遠征の需要も大事に確実に拾っていくんだろうな、と頼もしく感じたものです。


これがLCCの予約というものか…

この旅でエアアジアジャパンを選んだのは実に単純な理由でした。
この日の新千歳行きで運賃が一番安かったからです!
今でこそ私たちはLCC慣れしてしまってすっかり感覚がマヒしていますが、この日は手数料などを含めて確か5000円程度。
当時その価格で成田から新千歳まで行けてしまうのは本当に衝撃的でした。

予約のサイトはPCサイトのみ、すべて英語です。
恐る恐る入力を進めていきます。
支払いも当然クレジットカードオンリー。
日本仕様に合わせようとするサービス精神など微塵も感じさせません。

搭乗前のチェックインについては、
「60分前まで来ないと絶対乗せないよ!絶対だよ!!」
といった感じの注意というか警告の文言がこれでもかと並んでいます。

やっとの思いで予約を完了すると、英文メールにチケットらしきものがpdf添付されて送られてきます。
今のようなスマホにバーコード表示などでは許してもらえず、
必ず紙に印刷して持参するようにとのこと。
なので職場のプリンターで(こっそり)印刷して、ようやく準備完了です。

前述のように、この頼りないA4用紙を当日空港にてビリビリと破り取ってもらうわけです。


補足になりますが、この「ビリビリ」問題は後日とある改善がなされます。
それは「定規」の使用です。
係員が切り取り線に定規を当てればスピーディーかつキレイに破り取れるという、目から鱗の原始的ライフハックが各空港内で披露されたのでした。


本当に飛べるのか…?

カオスな状態の待機場所で30分ほど過ごした後、
いよいよランプバスに乗せられてスポットまで移動です。

いよいよ機体前まで到着しましたが、なんとこの期に及んで、
「まだ機内の準備ができていない」
との謎の理由でそのまましばらく車内で待たされます。

ようやくバスを降り、機内へ乗り込む段階になるわけですが、
ここでもまた新たな驚きが。
「後方の座席の方は、機体後部のタラップからご搭乗ください」
とのこと。
どうやら、搭乗にかかる時間を短縮するために前後2台のタラップに分けて乗り込ませるようです。
でも、これって思ったほどの時間短縮効果は無いのでは?

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その予想はまさに的中です。
いざ後方タラップを上がって機体へ入ると、いきなり列の流れがストップ。
なんと機内に乗り込む列とトイレ待ちの列が見事にぶつかってしまっているではありませんか。

待機場所での簡易トイレの使用を嫌った乗客たちが、出発直前にもかかわらず数少ない機内のトイレに殺到していたのです。

さらに絶望的なことに、列の先のほうでは手荷物を座席上の棚に押し込もうとする壮絶な競技大会が展開されています。

どうにかこうにか自分の座席まで辿り着きましたが、一向に出発する気配がありません。
結局、定刻よりも30分以上遅れてようやくプッシュバックが始まりました。

次から次へと気が抜けません

客室乗務員の女性の方々は真っ赤でタイトな制服に身を包み、
髪はギュっとひとまとめ。
全員が日本の方のようですが、なぜか東南アジア風の濃いメイクです。
この辺りもすべてマレーシアのエアアジア本社の規定を何も変えずに
そのまま日本に持ってきているようでした。

成田空港名物の滑走路まで辿り着くための長い長いタキシングを経て、
A320はやっとのことで離陸しました。

機体は機首を上に傾けてグングンと高度を増していきます。

その上昇の真っただ中で、なんと機体前方に座っていた妙齢の女性達数人が突然立ち上がりました。
上昇中、もちろんベルトサイン点灯中にもかかわらず、
勝手に頭上の荷物棚を開けようとしたのです。

ああ、どうかしてる…

すぐさま男性CAから、
「危険だから立たないで!」
「すぐに座りなさい!!」
やんわり注意などではなく、本気の警告というか命令の声が飛びます。
ああ、LCCはこういうヤバいお客さん達も相手にしなければならないのか…
と半ば同情の気持ちになってしまいました。

緊迫と驚愕の上昇タイムを過ごした後、ようやく機体が水平飛行に入って機内販売が始まりました。
そこでも驚きのアナウンス。
「飲食物の機内への持ち込みは禁止されています」
「飲食は機内販売で購入したものだけに限られます」
例えば350mlの缶ビールのようなアルコール類ならば、
そもそも持ち込み禁止であることはもちろん心得ています。
しかし、まさかソフトドリンクもスナック菓子もすらもダメだとは…

実は機内で食べようと、成田空港のドトールでサンドイッチをテイクアウトして持ち込んでいましたが、もちろん手は付けませんでした。

(ちなみにこの謎ルールは就航からしばらく経った後で撤回・緩和されたようです)

飲食ができないので、手持ち無沙汰で機内誌でもないかと座席ポケットをまさぐってみたら、何か入っていました…
ハッピーターンでした。
空になった大きな外装袋が丸々出てきたではないですか!
前に乗った人が思いっきり持ち込んで食べてるやん…
しかも機内清掃もちゃんとしてないやん…

もうこの辺になると事態が一周回ってしまい、
もう笑うしかなくなっていたのでした。


その一方で飛行自体は極めて順調に進み、窓の外には奥羽山脈、十和田湖、津軽海峡、北海道駒ケ岳の素晴らしい景色が楽しめました。

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機体はやがて噴火湾の横をすり抜けて、苫小牧上空から薄暮の新千歳空港に定刻より40分ほど遅れて着陸しました。

降機時だけはなぜかボーディングブリッジを使用するんだな…
と不思議に思いながら飛行機を降り、
空港の大きなガラス張りの通路から改めて振り返って見てみます。

そこには、ANAのボーイング777の巨大過ぎる機体の横に、
真っ赤な塗装に白字で威勢よく
「Now Everyone Can Fly」
と描かれたまるで小さなオモチャのような新品ピカピカのA320が、
ちょこんと、恥ずかし気に並んでいたのでした。


追憶のエアアジアジャパン(初代)

その後、LCCを含めた日本の航空業界の激しい競争は加速していきます。
状況は年単位、いや月単位で目まぐるしく変わっていきました。

エアアジアジャパン(初代)も徐々にではありますが、
オペレーション、サービスの両面でに改善がなされていきました。
私が新千歳便で経験したようなあのハチャメチャでカオスな感じは、
少なくともごく初期だけだったはずです。
私はその後も中部国際空港発着便を中心に何度か搭乗させてもらいました。

しかし残念ながら…
エアアジアジャパン(初代)は2013年10月に運行を停止してしまいました。
就航からわずか1年あまりの短さです。
そして事業をバニラエアに移管・統合したのち、最終的には日本市場からの撤退を余儀なくされたのでした。

数年後、諦めきれない経営陣は別資本と組んで全く別法人のエアアジアジャパン(2代目)を立ち上げますが、昨今のような状況の直撃をモロに受けて経営不振が続き、これまた短期間で廃業へと追い込まれました。

初代の不振と失敗の原因は色々と考えられます。
主なものとして、エアアジア本体のCEOトニー・フェルナンデス氏が自らのビジネスの方法論に固執するあまり、東南アジア式のやり方を全くアジャストしないまま強引に日本へ持ち込んだことが挙げられています。
ただ、ここではもはや深くは追求しないことにしましょう。


日本のLCCの黎明期に颯爽と現れて、そして儚くも消えていったエアアジアジャパン(初代)。

しかしながら、今でも空の旅について何かを考えるとき、
一瞬時計の針が止まったような感じがして、
あのやたら派手な赤地に白文字塗装の機体を、
何故だかふと懐かしく思い出してしまうのです。

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