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空想お散歩紀行 天の国の諸事情

信じる者は救われるとも言うが、長年信仰を持ってきて良かったと思う。
今まさに奇跡が起きたからだ。
私の目の前に、この世のものとは思えない、柔らかな光に包まれた天女が現れたのだ。
「あなたの信じる心は確かに私たちに届きました」
何と優しい声だろう。この声が聞けただけで救われたような気持ちになる。
天女は私ににっこりと微笑むと、
「では、このまま死んで頂けるということでよろしいですね?」
「え?」
「え?」
突然の言葉に私は思わず聞き返してしまった。そして私が聞き返したことが意外だったのか天女はさらに聞き返してきた。
「え?死んでもいいから今まで祈りを捧げてたんですよね?」
「いや、そういうわけではないんですが・・・」
「え?」
今この場で、私と天女が二人とも混乱していた。
変な空気が流れ始めたので、私の方から切り出した。
「あの、そもそも何で急に死ぬとかの話が出てきたんです?」
はっと気を取り直した天女が、軽く咳払いをして説明を始めた。
「えっと、単刀直入に言うと、天界は今深刻な人手不足でして・・・」
人手不足とな。
「ここのところの人間界の技術の発達はあまりにもめざましくて。それで人間の寿命ってどんどん延びてるじゃないですか?だから人がなかなか死ななくて、そういうわけで今天界は人手不足なんです」
「え?人手不足だとどうなるんです?」
「決まってます。天界での仕事が上手く回らなくなるんです。結果として今いる人たちにさらに負担が掛かって、心身に影響が出て、また人手が足らなくなるという悪循環に」
「せ、世知辛い」
なんだか私が思い描いていた天界とは大分違うようだ。
「すいませんね。上に対して言ってはいるんですが、1000年くらい前からずっと変わらないもので・・・」
どこの世界も一度出来上がった体制はなかなか変わらないのかもしれない。
「そんなわけで、助けると思って死んでください」
「いやです」
私は思わず即答していた。
「いやいや、そこを何とか。今死ぬと、初回ボーナスでいきなり5000点の解脱ポイントがもらえますよ。加えてSSRの神器ももらえますよ」
なんかCMみたいになってきたな。それに解脱ポイントって何だ?
「まあ、こんなこと言うのはあれですけど・・・現世にしがみついてもいいことないですよ?」
ホントに身も蓋もないこと言い放ったな、この天女。
最初に感じたあの神々しさは、私の勝手な思い込みだったのだろうか。今は大して目の前の人にあまり有難みを感じなくなっていた。
どうすればいいのか。何とかこの天女に帰ってもらいたいと考えていた私の思いを読み取ったのか。急に天女は私に泣きついてきた。
「お願いしますよ~。このままだと私だけノルマがこなせないんです~。後生だと思って~」
もはや威厳も何もあったもんじゃない。もはや憐みすら感じるようになってしまった天女に向かって私はハンカチを差し出した。
それを受け取った彼女はそれで涙をぬぐうと
「じゃあ、死んでくれますか?」
上目遣いの天女に私は、
「いやです」
即答していた。

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