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33億円のティラノサウルス Ep. 1

 しばらくnoteをさぼっている間にすっかり涼しくなりました.秋は基本的に食欲とお酒(通年だろ)の今井です.

 さて恐竜通の人ならタイトルだけでピンとくるかと思うけど、先日ティラノサウルスの化石としては過去最高額で落札された通称”スタン”について、今後も議論の的になるだろうし日本語でざっくりと状況をまとめてみたいと思う.とはいえ長くなりそうなので、2パートほどに分けて、今回はスタンについての概要を.

 スタン.これはとあるティラノサウルスの化石に与えられたニックネームだ.1987年(偶然にも今井の生年)にアマチュア化石発掘家のスタン・サクリソンによって発見された.ゆえにのちの愛称がスタン.
 もろもろあって1992年に発掘が始まると、それまで発見された中でもトップクラスの保存状態を誇るT. rexの化石(全身の約65%が残っていた)だと判明し、その後BHI-3033という標本番号が与えられた.特に頭骨の保存状態はかなりのもので、脳函を除く個々の頭骨の部位がほぼ変形なく残っていたことから、のちに頭骨の可動性や噛む力など様々な研究に活用されていくことになった.

 ちなみに、スタンのようなニックネームが個別の恐竜に与えられることはあまり多くない.ただ、ティラノサウルスの場合は全身骨格が数多く見つかっているのと話題性が高いせいで、有名なものとそうでないものを合わせて数十個体にニックネームが付けられているようだ.その中には、この記事の扉写真のMOR-555、通称”ワンケル・レックス”も含まれる.今井の通っていた大学であるモンタナ州立大学に付属するロッキー博物館を象徴する標本で、玄関前に全身骨格の銅像が建てられるほど(扉写真).

余談として、今井の初めての就職先である福井県立恐竜博物館の駐車場脇には、この”ワンケル”のコンクリート製産状模型がある.いったい何の因果か知らないけど、しれっと置かれてる割には一見の価値ありの標本なので、まだの人は次の機会にでも探してみてね.(下記画像は福井県立恐竜博物館HPより).

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話を戻すと、スタンは約30000時間のクリーニングを含む、3年の歳月を経て公開されることになった.実はこの初公開は日本で行われている.それが1995年の”大恐竜博”で、スタンの発掘の様子や経緯もこの図録に掲載されていたりする.興味がある人は古本屋をめぐってみたらよいかもしれない.

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さて、スタンの発掘を執り行い、所有権を持つに至ったのが、Black Hills Institute of Geological Research(以下、BHI)だった.BHIは1978年に設立された民間の化石研究所で、今ではアメリカ合衆国を中心とした化石の収集・保管、レプリカ製作やその設営などを手掛けている.民間ではあるけど研究活動については懐が広く、スタンを含むBHIが収蔵する標本についての研究者によるアクセスは基本的に保障されている(はず).


 同研究所の恐竜レプリカは日本を含む世界中で見かけることができる.そして皆さんが間違いなくもっともよく見かけるBHIレプリカは、実はこの渦中のスタンなはずである.なぜって、日本でも世界でも、アメリカ国外の博物館で公開されているティラノサウルスの全身骨格や頭骨レプリカはだいたいスタンだから.
 そしてこのスタンのメジャーっぷりがオリジナルの化石にとんでもない付加価値をつけてしまい、33億円とかいうケタ違いな落札価格につながったんだと思われる.というわけで次回は、「みんながイメージするティラノサウルスの骨格であり、BHIのシンボルとも言えるスタンがなんで売り飛ばされてしまったか」について書いていこうと思う.


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