見出し画像

きょうの難経 二十難と二十二難 2021/11/25



前回の十八難では、寸口部の脈(寸口、関上、尺中)と浮・中・沈を掛け合わせて三部九候とし、上焦・中焦・下焦との対応関係について整理しました。
今回は二十難と二十二難を読みますが、その前に十九難に軽く触れました。

十九難曰
經言脈有逆順 男女有常 而反者 何謂也

男子生於寅 寅為木 陽也
女子生於申 申為金 陰也
故男脈在關上 女脈在關下
是以男子尺脈恆弱 女子尺脈恆盛 是其常也
反者 男得女脈 女得男脈也
其為病何如

男得女脈為不足 病在內
左得之 病則在左 右得之 病則在右 隨脈言之也
女得男脈為太過 病在四肢 左得之 病則在左
右得之 病則在右 隨脈言之 此之謂也

十九難では男女の脈の違いと、その病的な状態について整理しています。
今回の二十・二十二難でもそうなのですが、『難経』は全体的に陰陽の一致、不一致をベースに人体や病態を捉えようとしているように私には感じられて興味深いです

それでは二十難から。

二十難曰
經言脈有伏匿
伏匿於何藏而言伏匿耶

謂陰陽更相乘 更相伏也 
脈居陰部而反陽脈見者 為陽乘陰也
脈雖時沈濇而短 此謂陽中伏陰也
脈居陽部而反陰脈見者 為陰乘陽也
脈雖時浮滑而長 此謂陰中伏陽也

重陽者狂 
重陰者癲
脫陽者見鬼 
脫陰者目盲 

ここでも、陰陽の不一致がテーマになっていて、以下のように整理できます。

脈の位置は陰なのに、脈状が陽(浮滑長)=陽乗陰
その状態で時に脈状が陰(沈濇短)=陽中伏陰
脈の位置は陽なのに、脈状が陰(沈濇短)=陰乗陽
その状態で時に脈状が陽(浮滑長)=陰中伏陽
陽の過剰=狂
陰の過剰=癲
陽の欠乏=見鬼
陰の欠乏=目盲

「伏」は犬が伏して人を伺っているところですが、殷代の墳墓から人と犬を埋めてあるのが見つかっているところから、呪術として人と犬を埋めて祓う習慣があったのではないかと言われています。
「乗」は禾の上に人が二人乗っている形。あるいは人を磔にする梟殺を表してもいるそうです。
「狂」は獣性の霊力が誤って作用し、制御し難いものになった状態。
「癲」は死者と逆さまにつるされた頸を表し、頓死者のこと。
※以上は白川静『字通』より抜粋。

狂や癲の使用例としては、以下のようなものがあります。
素問 通評虛實論
黃疸暴痛 癲疾厥狂 久逆之所生也

素問 刺熱
熱爭 則狂言及驚 脇滿痛 手足躁 不得安臥

素問 脈解
所謂甚則狂巔疾者 陽盡在上 而陰氣從下
下虛上實 故狂巔疾也

素問 陰陽類論
二陰二陽皆交至 病在腎 罵詈妄行 巔疾為狂

霊枢 邪氣藏府病形
肺脈急甚 為癲疾・・腎脈急甚為骨癲疾

霊枢 九鍼十二原
奪陰者死 奪陽者狂

霊枢 小鍼解
奪陽者狂 正言也

霊枢 本神
魂傷則狂忘不精・・
・・魄傷則狂 狂者意不存人

霊枢 経脈
膀胱足太陽之脈・・
是主筋所生病者 痔 瘧 狂 癲疾 頭𩕄項痛

霊枢 癩狂病
癲疾者 疾發如狂者 死不治・・
狂者多食 善見鬼神 善笑而不發於外者 得之有所大喜
治之取足太陰太陽陽明 後取手太陰太陽陽明

霊枢 九鍼論
邪入于陽 則為狂
邪入于陰 則為血痺
邪入于陽 轉則為癲疾
邪入于陰 轉則為瘖

難経 五十九難
狂之始發 少臥而不饑 自高賢也 自辨智也 自貴倨也
妄笑好歌樂 妄行不休是也
癲疾始發 意不樂 直視僵仆
其脈三部陰陽俱盛是也

傷寒論 辨太陽病脈證并治
太陽病不解 熱結膀胱 其人如狂 血自下 下者愈
其外不解者 尚未可攻 當先解外
外解已 但少腹急結者 乃可攻之 宜桃核承氣湯方

傷寒脈浮 醫以火迫劫之 亡陽 必驚狂 起臥不安者
桂枝去芍藥加蜀漆牡蠣龍骨救逆湯主之

太陽病 身黃 脈沉結 少腹硬 小便不利者 為無血也
小便自利 其人如狂者 血證諦也 抵當湯主之

金匱要略 中風歷節病脈證并治
防己地黃湯 治病如狂狀妄行 獨語不休 無寒熱 其脈浮

金匱要略 五臟風寒積聚病脈證并治
陰氣衰者為癲 陽氣衰者為狂

見鬼もいくつか使用例がありますが、
霊枢 癩狂病
狂者多食 善見鬼神 善笑而不發於外者 得之有所大喜
治之取足太陰太陽陽明 後取手太陰太陽陽明

傷寒論 辨太陽脈證并治下
婦人傷寒發熱 經水適來 晝日明了 暮則讝語
如見鬼狀者 此為熱入血室

傷寒論 辨陽明脈證并治
傷寒若吐 若下後 不解 不大便五六日 上至十餘日
日晡所發潮熱 不惡寒 獨語如見鬼狀

傷寒論 婦人雜病脈證并治
婦人傷寒發熱 經水適來 晝日明了 暮則讝語 如見鬼狀然 此為熱入血室 治之無犯胃氣及上二焦 必自愈

個人的にはやはり、易経の火澤睽 上九の爻辞が印象的です。


睽孤 見豕負塗 載鬼一車
(睽きて孤なり。豕の泥を負うを見、鬼を一車に載す。 )

反目して疑心暗鬼に陥るとなんでも鬼に見える、というのは現在にも通じる含蓄のある表現だと思います。

さて、二十二難に行く前に、二十一難に軽く触れておきます。

二十一難曰
經言人形病 脈不病曰生 脈病 形不病曰死 何謂也

人形病 脈不病 非有不病者也
謂息數不應脈數也 此大法

短い内容ですが、ここでは肉体と脈との二者の病態と予後の関係(脈優位)についてまとめています。

で、問題の二十二難。
二十二難曰
經言脈有是動 有所生病
一脈變為二病者 何也


經言
是動者 氣也
所生病者 血也
邪在氣 氣為是動
邪在血 血為所生病
氣主呴之
血主濡之
氣留而不行者 為氣先病也
血壅而不濡者 為血後病也
故先為是動 後所生病也

有名な、是動病と所生病についてまとめている篇で、
以下のようにシンプルにまとめられます。

是動病=気(邪在氣)=主呴之(あたためる)=先病
所生病=血(邪在血)=主濡之(うるおす)=後病

問題は、これが『霊枢』の経脈篇に出てくる是動病・所生病とあまり対応していないことでしょうか。
参考までにいくつかピックアップしてみます。

肺手太陰之脈
是動則病肺脹滿 膨脹而喘咳 缺盆中痛 甚則交兩手而瞀此為臂厥
是主肺所生病者 咳上氣 喘渴 煩心 胸滿
臑臂內前廉痛厥 掌中熱

胃足陽明之脈
是動則病洒洒振寒 善呻 數欠 顏黑 病至則惡人與火
聞木聲則惕然而惊 心欲動 獨閉戶塞牖而處
甚則欲上高而歌 棄衣而走 賁嚮腹脹 是為骭厥
是主血所生病者 狂瘧溫淫 汗出 鼽衄 口喎 唇胗 頸腫喉痺 大腹水腫 膝臏腫痛

肝足厥陰之脈
是動則病腰痛不可以俛仰 丈夫㿉疝 婦人少腹腫
甚則嗌乾 面塵 脫色
是肝所生病者 胸滿 嘔逆 飧泄 狐疝 遺溺 閉癃

上記を見ると、『難経』二十二難で言うような、以下のような図式に必ずしもなっていないことがわかります。
是動病=気(邪在氣)=主呴之(あたためる)=先病
所生病=血(邪在血)=主濡之(うるおす)=後病

ここから、是動病・所生病は良く分からない、という話になりますし、漢方ではこの概念は殆ど用いられていないとの指摘がありました。

ただ、冒頭で述べたように、『難経』自体が、陰陽の二項対立的に論をまとめる傾向があると考えると、ここでのまとめ方にも一貫性を感じます。
これは、他の難でも見られまして、

三十二難でも血と気を対比させ、
五藏俱等 而心肺獨在膈上者 何也

心者血
肺者氣
血為榮
氣為衛
相隨上下 謂之榮衛 通行經絡 營周於外
故令心肺在膈上也

五十五難でも積と聚を対比させています。
病有積 有聚 何以別之

積者陰氣也
聚者陽氣也
故陰沈而伏
陽浮而動
氣之所積名曰積
氣之所聚名曰聚

このように見てくると、『難経』は五行論の影響ももちろん大きいのですが、実は陰陽論で整理・再構成を試みているともいえそうです。
詳しくは西岡由紀著『図説 難経』を是非ご参照ください。

長くなってしまいましたが、最後までお読み頂きありがとうございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?