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愛の言葉はお経とおなじ

「君のことは大好きだけれど、人の気持ちは変化するから、いつか君のことを好きでなくなってしまうかもしれないよね。」

彼女の表情が凍り付く。

初めて付き合った人との、初めてのデート。
小田原城址公園のウメ子(アジアゾウ)の前で、僕は意を決して、一番大事なことを伝えようとした。

「だから、僕は全力で、君を好きでい続けるために、何ができるか考える。
そしてそれを実行することを誓うよ。」

彼女の眼は表情を失い、呆然と僕を、いや僕の奥を見ている。
その瞬間、前置きは要らなかったことに気付くが、もう後の祭り。
必死で言葉を紡いでも、彼女の中には届かない。

それから5年。

「あの時は、本当になんてヒドイ人だと思ったよ。」

何が幸いしたのかは分からないが、彼女と僕は無事に入籍して夫婦になっていた。
ウメ子の前での僕の言葉は笑い話になっていたし、
案の定、僕が伝えたかったことは全く耳に入っていなかったらしい。

結婚前後はお互い気持ちも高まるし、愛の言葉も自然に交換される。
だから多分彼女は気付いていなかったと思う。
どんなに僕が言葉にすることに拘っていたのか。

当時の僕は、人の気持ちなんて水と同じで、形を持たない。どう変化するかわからない。
ひょっとしたら蒸発してしまうかも、そんな風に考えていた。

だから、結婚、という入れ物に早くこの気持ちを入れて安定させたかった。
けれど。
世の中の夫婦の3組に1組は離婚するっていうじゃないか。
やっぱり人の気持ちは変わってしまう。世の中は、人間はそういうものなのか。

ならば、僕は自分の気持ちを固定するために、言葉を使おう。
言葉の奴隷になろう。
毎日君に愛を告げよう。
君が世界で一番美しいと。
君のことを心から愛していると。

それが、自分で自分を洗脳していると言われようと、君を失うよりはよっぽどいい。

それから25年。
僕は今でも、毎日彼女に愛を告げる。
おはようからおやすみまで。
僕の気持ちは固定されたまま。
いや、むしろ日々高まりつつある。

「いつか、ある日突然、魔法がとけるんじゃないの?」
僕の気も知らずに、彼女はそんなことを言う。
僕の愛の言葉も、きっと彼女にとってはお経と同じ。
聞いているんだかいないんだか。

それでも。
僕はこの誓いを守る気でいる。
彼女の言うように、ある日突然気が変わるかもしれない。
その日を想像して戦慄することもある。
願わくばこの誓いを守って人生を終えることができますように。
そう、心から祈ろう。

<おしまい>

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