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「Yes and」の土壌が育むアンジュルムの精神

以前、「Hello! (New World) Project」という企画に参加しました。様々な分野からハロー!プロジェクトを楽しみたいという企画趣旨で、僕は『演劇人が解説する「ここが凄い!舞台の上のアンジュルム」』というコラムを書かせていただきました。演劇を経験したからこそわかるアンジュルムの興味深い振る舞いをまとめていますので、ご興味があるからはぜひ読んでみてくださいませ。ダウンロードは無料です。

今回はその第二弾として、演劇の視点から見たアンジュルムをもう一度まとめてみようと思います。​

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スカパーにて放送された竹内朱莉10時間生放送にゲストとして登場した堂島孝平さんが印象的な言葉を遺しました。まだ新しいファンである自分をアンジュルムメンバーが受け入れてくれたことを表現した「Yesから入るアンジュルムの精神」というものです。この言葉はアンジュルムの根幹を端的に表現した素晴らしいものですが、演劇に携わる僕にとっては、別のかたちで馴染み深い表現でした。

演劇の一形態に「インプロ」というものがあります。インプロとはImprovisation、つまり即興という意味の言葉で、セリフもストーリーも決めず、いくつかの決まり事を頼りにその場で物語を創っていく演劇です。その瞬間に感じたことを表現し、それを受けてまた新しい表現を積み重ねていく作業はとてもスリリングで、通常の演劇公演とは違った楽しさを味わわせてくれます。しかし即興であるがゆえに、自分の表現したことが原因で物語を壊してしまったり、お客さんを白けさせてしまったりする恐怖がつきまとうことになる。その恐怖を振り払い、裸の心で舞台上に居続けるための基本原則として「Yes and」という言葉があります。
「Yes and」とは相手の提案(オファー)に対して「肯定し、ひとつ足す」こと。この原則が守られるかどうかによって物語の展開は大きく変わります。例えば、インプロで以下のような流れがあったとします。

A「地球を飛び立って10年か……長かったな」
B「は? 何言ってんだよ。ここは教室だろ?」
A「……ごめんごめん、寝ぼけてたみたいだ」

上記の例は「Yes and」ができていません。Aの提案に対してBが否定(ブロック)してしまい、Aの提案は消えてしまいました。提案をブロックされる経験が重なると、提案すること自体が怖くなり、大胆な表現ができなくなっていきます。

A「地球を飛び立って10年か……長かったな」
B「そうだな」
A「……えっと」

この場合は「Yes」のみで「and」がありません。提案は消えませんが展開しないため再びAが提案をひねり出す必要があり、苦しくなる。

A「地球を飛び立って10年か……長かったな」
B「そうだな。残りの食料もあと1日分か」
A「次の星がだめなら終わりだな……見えてきたぞ!」

上記のように、お互いがお互いの提案に「Yes」し、そして「and」で提案を足していくことで物語が展開していくのです。そして上記の例を見るとわかるように「Yes and」において重要なことは「and」です。「Yes」だけではそこで終わってしまいますが、「and」があることでポジティブフィードバックが生まれていきます。

長くなりましたが、ここで堂島さんの言葉に戻ります。「Yesから入るアンジュルムの精神」という言葉において大切な部分は「and」に相当する「から入る」なのではないかと思います。
アンジュルムは肯定するグループです。新メンバーが入れば全力で歓迎し「あなたがアンジュルムに入ってくれて嬉しい」と表現するし、誰かの個人仕事であっても自分のことのようにメンバーみんなが喜んでくれる、そんな素晴らしいグループです。しかしアンジュルムの本当の強みは、肯定するだけでは終わらないという部分なのではないでしょうか。
堂島さんがアンジュルムファンとして現れた時に、リーダー竹内さんはそれを肯定し受け入れてくれた。そしてそれに留まらず「マナーモード弾いてください!」「曲を書いてください!」「バースデーイベントに出てください!」と「and」をし続けています。
また、ファンの間では伝説的なシーンである、上國料萌衣さんの加入サプライズでも強烈なandが発揮されます。


特技を聞かれた上國料さんが「ドラムセットを叩けます」と答える。それに対して「いまここでエアーで出来る?」とandする。それに答えて上國料さんがエアードラムを叩く。そしてここから怒涛のandが始まる。竹内さんがベースで加わり、室田さんが(なぜか)パントマイム、最後に田村さんの魂のこもったボーカルが重ねられる……
これはまさにインプロ的で、誰かの提案に対して次々続々「and」を繰り返しどこまでもシーンが加速していく面白さを体験することができます。
このインプロ的面白さが最もわかりやすい形で発揮されたのがDVDマガジン・アンジュル部シリーズだろうと思います。

「Yes and」を繰り返していくことで加速度的に物語が転がり、着地点が見えない展開が次々起こる、という面白さはアンジュルムというグループそのものの物語にも当てはめることができるように思います。アンジュルムは人の出入りが激しく変化の多いグループですが、人が出入りするから物語が転がるのではなく、「Yes and」によって物語が勢いよく転がるからこそ必然的に卒業者も増えていくのではないでしょうか。

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もうひとつ、アンジュルムの特徴として突っ込みが無い(少ない)ことが挙げられると思います。簡単にいえば野放し状態。
突っ込みは基本的に否定(ブロック)です。変なことを言っている人(ボケ)に対して「やめなさい」と止める行為です。お笑いではブロックされることを前提としてボケているので逆説的に肯定になり、突っ込みには何も問題はありません。しかし、日常生活やお笑い以外の舞台上においては注意が必要で、ボケたつもりが無い人に突っ込みを入れるとそれは単なるブロックとして伝わってしまう場合があります。

演劇の観点から言えば、物語には(お笑いの意味での)突っ込みが存在しません。突っ込みはメタ的な行為なので同じ空間上にいる演者同士が突っ込むことはほとんどなく、観ているお客さんが心の中で突っ込むのみです。
(メタ的に一部のシーンで突っ込むこともありますが、その瞬間は確実に物語が破綻しています。それも含めてひとつの作品として上演することはあります。)
インプロにおいても、お客さんを笑わせたい一心で突っ込んでしまうことがありますが物語が良い方向に転ぶことはほとんどありません。

アンジュルムは基本的に突っ込まない。誰かの提案に対して「乗らない」という選択肢はあっても突っ込むという姿はほとんど見たことがありません。
笠原桃奈さんの名言「あなたたちはあたまがおかしい」という言葉も、突っ込みではなくあくまで説明です。
最近では「行くぜ!日本武道館!つばきファクトリー26時間スッペシャル」の武道館トークにおいて、つばきファクトリー新人の福田真琳さんがヤンキー風に自己紹介した後にも突っ込みではなく「Yes and」が現れていました。
「おら!釜揚げうどんが大好きな福田真琳だぞ!」というおよそヤンキーぽくない自己紹介に突っ込むことなく、佐々木さんと笠原さんは歓声を上げたあと「釜揚げ!釜揚げ!」と掛け声をかけていました。
突っ込むことなく「Yes and」をすることで、「私はあなたの勇気とチャレンジを肯定する。そして私もいっしょに楽しむ」というメッセージになります。

※念のため書いておきますが、突っ込みがダメだと言っているわけではありません。物語を進めるものが「Yes and」で、物語を止める(修正する)ものが突っ込みであるということです。

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ただし、アンジュルムに突っ込みが全くないわけではありません。船木結さんです。船木さんは執拗に伊勢鈴蘭さんに突っ込みを入れていました。しかし伊勢さんは委縮することなく、むしろれらぴ系女子をさらに押し出していきました。なぜ突っ込み=ブロック・Noを突き付けられても伊勢さんは委縮しなかったのか。それは前提に「Yes and」があるからで、その順番こそ間違えてはいけない大切なポイントなのだと思います。

アンジュルムは「Yes and」の精神を持ちつつも、「No」をはっきり表明してきたグループです。
伊勢鈴蘭さんが、活動休止中の同期・太田遥香さんとの関係について書いたブログは記憶に新しいところです。

あとかなり前も言いましたが、今後一切私達の関係性とかに対して、仲が悪い。とかそういうことを言わないで欲しいし、そういう疑いを持たないでください。
たしかに活動休止となった時は、そりゃお互い今まで通りの距離感にはなれなかったけど、
今はお互い仲直りして普通に仲良いです!!!!✨
いまだにそういう事言ってくる人はいますが、
一言言わせて頂くとそういう発言はただただ私達の本来の関係性を崩そうとしているとしか思えないので私達2人のためにも今後はそういう発言はお控え頂きたいです😌👍🏻

前リーダー和田彩花さんはライブハウスでの危険なジャンプ行為をやめるようファンに物申したこともあるし、笠原桃奈さんの「赤リップ事件」(詳細は省きます)でも「アイドルやメイクに決まった形などない。自分の好きなリップを塗るべき」と表明しています。

「Yes and」という概念は「No」を表明することを否定しているわけではない。むしろ「Yes and」という土壌があるからこそ力強く「No」と言うことができる。「No」を表明しても関係が崩れない、不当に自分が排除されることはないという安心感を持っていれば、勇気を出して自分の意見を発信していけます。

ここで今回の主題とは少し離れますが書いておかなければならないことがあります。「役者はNoと言ってはならない」ということについて。役者をやっていた頃、僕も「Noと言ってはいけない」と信じていました。Noと言えば他の役者に代えられる、自分の幅が広がっていかない、何事も経験だ……色々な表現でYesしかない状況に追い込まれていきます。ましてや「Yes and」が原則ということになればNoを言ってはいけないと信じてしまうことも無理はないと思います。
しかしこれは前述したように順番の問題であって、「Yes and」の原則と「No」を表明することは両立できます。

「No」と言える環境を作ることは責任者/プロデューサー/演出家などその場を取り仕切る者の仕事です。その環境を作ることなく「嫌なら断ってくれていいよ」などと言うことは選択肢を与えていないに等しく、まさしくハラスメントであると言えます。

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11月15日、笠原桃奈さんが卒業されます。笠原さんは加入当初まったく心を開くことができずにいました。先輩方はそんな笠原さんに突っ込むことなく長い時間をかけて「Yes and」をし続けたのではないでしょうか。今では笠原さんはアンジュルムの中でも最大の「Yes and」を行う人になりました。卒業を決めた他のメンバーから「桃奈が背中を押してくれた」という言葉もよく聞かれましたし、「ファンのみなさんも含めてアンジュルムだと思っている」という発言も「Yes and」の発露だろうと思います。

そんなアンジュルムの申し子笠原桃奈さんが、最大の「No」を表明してアンジュルムを旅立って行きます。自分が「No」を表明しても、グループも、メンバーも、ファンも、そして何より自分自身が壊れずに進んでいけると判断してくれたからこその「No」。
アンジュルムで育ち、アンジュルムが自分のすべてだと言うほどの彼女が、アンジュルムを飛び出していけるだけの勇気を育んだ「Yes and」の土壌に敬意を表します。

アンジュルムは寛容的なグループですが、「ダメなままのあなたでもいいよ」とは言ってくれません。ファンに対しても「ダメなところは変わっていこう!」と「and」をしてくれます。
我々も可能な限り「Yes」だけに留めず「and」をお返ししていきたい。そうすることで演者とファンの間にもポジティブフィードバックが生まれ、「まばゆい愛の時代」(@46億年LOVE)に一歩近づけるのではないでしょうか。

最後に、笠原桃奈さんご卒業おめでとうございます。アンジュルムという「Yes and」の土壌で育った笠原さんが、その精神を世界に広げていってくれることがとても嬉しいです。ハロステで披露された「お金持ちになって世界を変えたい」という夢を、これからも応援しています。

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