否定の病

自分がアルコールによる深甚な痛手をこうむっていたことを認めている。これはじつに珍しいことだそうな。

アルコール依存症は「否定の病」とも言われている。

たとえば「お前はアル中だよ」と告げられても大半のひと(患者)が「いやいや、そんなことはないよ。手も震えてないし、飲まなくてもストレスじゃないし」と答える。

果たしてそうなのだろうか。

あなたは本当に酒無しで暮らせるのか。自分で自分に問うてみるといい。案外、できないのではないだろうか。ならば依存しているのだ。もうそれが人格の一部を補完している。

スマホ、タバコ、女、ギャンブル、趣味、それが人格や人生の大部分を占めているならば、中毒なのだ。

酒をやめようと思っている人間が街に出ると、ある種驚く。街というものが、いかに酒に支配されているか分かるからだ。

コンビニの酒コーナーだの、「一杯目は半額!」とうたう居酒屋だの、デカデカとした看板広告だのを、街は連発してくる。

ここまでエチルアルコールビジネスに寛容な国は日本ぐらいだ。

飲食業界最大のキャッシュポイントなのだから仕方ないが、とにかく頭のおかしくなる汁を舐めさせて、中枢をバグらせるのだからすごいモデルだ。

馬鹿な大学生が、時折り呼吸困難になるまで、中枢を麻痺させて死んでいる。改めて考えると合法とはいえ、凄まじい商売だ。

もちろんほとんどのひとは、綺麗に酒と付き合っている。楽しくコミュニケーションを円滑に進めている。あくまで死ぬのは馬鹿だけである。親も入学金を返せ、と泣いているだろう。そんな馬鹿に合わせる必要は無い。

そして僕も馬鹿の一人として、スリップを繰り返している。前のスリップから三日目。

有酸素無酸素問わず、トレーニングをしまくって、気を散らしている。それでも散らない。

定食屋で食事をしていてもイライラする。おばさんが「あしたも雨よ、嫌ぁね」と会話しているだけでムカつきすぎてしまう。ピリピリする。「嫌な話すんなよ、ババア」と心で吐き捨てる。

医者に相談したところ、これも離脱症状だそうだ。「いや、もともとこういう性格なんすけど」と言ったが「うん。たぶんそれもあるけど、離脱症状だよ」と言い返された。

続けて、「もうそうなったら、さっさとジアゼパムを飲み込んでしまえ」と吐き捨てていた。

たしかに中枢神経が塩をかけたナメクジのように、とろみを帯びるのが分かる。

それにしても四年前の断酒より、はるかに苦戦している。解散してからの連続飲酒のツケをひしひしと感じる。

ただ、前回のときと性質が異なるところがある。

以前は独りになると飲んでしまうことが多かったが、今回は二人になると飲んでしまう。「二人きり」の相手によるが、「久しぶりの男と二人きり」で会うとヤバイ。

医者に言われたが、僕の細胞は無意識に「久しぶりのやつと二人きり」を引き寄せるよう動いているらしい。

たしかに。

タカギに久しぶりにLINEをした。

シリカ林がタカギの新しいバンドのことを知っていたからだ。

そんなことだけである。

「ちゃんと知られてたぞ!」とLINEした。冷静に考えると相当意味が分からない。だから何だと言うのだ。

もしこれで解散ライブ以来の再会でもしてしまったら、僕は100%飲むだろう。肝臓を溺死させる勢いで飲むことが想像できる。

会う流れにならなくて良かった。絶対会いたくない。思い出話でスリップなんて、こんなにダサイことはない。

『細胞がフル稼働でアルコールへと全力疾走している。自分を殺そうとしている』

間接的にだが、怖すぎる話だ。

ただ、複数人の会合は大丈夫なのだ。不思議である。サシ飲み以外ならば、あまり飲みたくもならない。

僕は複数人の会合に、いちいち出席することが多いのだが、大して飲みたくならない。

それにウーロン茶でも、ちゃんとテンションが上がる。脳内のドーパミンが大量に出ていく何かが、酒の席にはあるのかもしれない。

ちなみにウダウダと書いているが、酒はいいやつである。酒自体に罪は全く無い。最高のパートナーになりうる。

ただ、付き合い方を間違えると、僕のようになってしまうだけだ。

二合程度(医者は一合と言うが)の晩酌ならば、決して自分を失わない。大瓶一本ぐらいならば、円滑にコミュニケーションも進む。

そこで止まれないやつが、あの奇妙なプールでもがくことになる。しまいには溺死する。

内臓うんぬんかんぬんよりも、それまでにプールサイドで足を滑らせて、すっ転ぶやつの方が多いのかもしれない。

頭を打って死んでいく。
フラフラして車に轢かれて死んでいく。
盛り場のエスカレートした喧嘩で死んでいく。フラフラのジジイのアッパー一撃で倒れて、力石のように時間差で死んでいくのだ。

想像するだけで、ミジメだ。ごめんである。

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