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第4回たくみちゃん杯の記録(審査を終えて)

 天気の良い二月の日だった。出場者の武本拓也さんから、電車を間違えて少し遅れるとの連絡がある。ロシアによるウクライナ侵攻のニュースで動揺して電車を間違えたとのこと。武本さんの到着を待ち、10分押しでスタートする。いつものようにくじ引きで順番を決める。第1ラウンドの先攻はひろぽんだ。鞄からお手玉と手品の道具とおもちゃ(ハンドスピナー)を出す。トイレに行ってくるからたくみちゃんにつないでもらって、と進行アシスタントの根本さんに言い残して去る。僕は手品のやり方を知っている人がいるか聞いてみた。(いなかった)。お手玉に挑戦したが全然できなかった。そしてハンドスピナーは、よくやり方が分からなかったので、「これは子どもがやるとけっこう危ないらしいですね」などの世間話をしてみたりした。ひろぽんはいつのまにか戻ってきていた。
 後攻はカキヤフミオさんである。障子の後ろの廊下にスタンバイする。障子を開けてパフォーマンスが始まった。まず帽子を脱ぐ。スキンヘッドが出てくる。ちゃぶ台の上にハンカチを敷き、その上に脱いだ帽子、スマートフォン、貝殻、などを置き即席の祭壇のようなものを作っていた。どこからともなくフクロウのような鳥の声が聞こえる(予め小さなスピーカーを仕込んでいた)。それに返事をするように、指笛でフクロウの声を出す。紙コップを取り出して壁にかける。糸電話のようにして、中国語(?)の歌を鳴らす。黒い靴下を脱ぐとその下に虎の模様の(というか虎の顔や体がデザインされているので可愛いパペットのような)靴下を履いている。上半身裸になり(また、スキンヘッドなので上半身から頭までが裸に見える)ふにゃふにゃ踊る。いや、案外機敏に動く。虎だからか。顔は楽しそう。外国語の歌がずっと流れているのでその土地のおじさんが上機嫌で踊っているようにも見える。
 審査だ。くじで決まる順番の妙は、この日の通奏低音だったように思う。玩具を置いて出場者がいなくなるというのが一発目のパフォーマンスだったのは良かったと思う。でもどっちを「勝ち」にするか決めないといけない、となったときに僕は垣谷さんの勝ちにしてしまう。踊りがよかったから。としたところでひろぽんのものいいが入った。おかしい!ひろぽんのほうが良かったと思うやつ手をあげろ、と言っていた。これはひろぽんの広義のパフォーマンスだったと思う。「カキヤさーん」という声と手が上がったが、これはたくみちゃんカップなのでみんなの意見は関係なく、僕がカキヤさんが勝ちと言ったら勝ちなのである。(そもそも「みんなで決める」とかが嫌なんです。第一回の開会宣言のときも言ってます https://goo.gl/x48dFg
 独裁的である。でも誰もが自分のカップを開催できる世界を望んでいる。
 第一回のときは、たくみちゃんが審査員をクビになるルールがあったじゃん、と言われた。第一回のとき、チラシにはそのルールを記載していたけど実際には発動しなかった。そのやりかたが上手くいくイメージが僕には湧かない(もしかしたら面白いのかもしれない)。第3回までの優勝者を僕の独断で決めてきて、第4回もこの日決まろうとしている。僕には僕の物語がある。身を切るように続けてきたら、たくみちゃん杯は比喩的に僕の身体になってしまった。よいことかどうかは分からない。ご意見を賜ることはありがたい。

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 次は村上裕さん。
 ※2022年3月7日、村上さんより連絡がある。この日彼がやったパフォーマンスの詳細をweb上に公開するのはまずいとのこと。よって【村上さんのパフォーマンス】について記述を割愛する。(写真の公開が問題ない旨は了承済)。

 後攻の藤井ちよりさん。文字が印刷されているA4の紙を何枚か、置いてゆく。自分への指示書のような、暗号のような内容だ。文字の色は薄いオレンジ色であり読みづらく、ちよりさんは紙を置き去りにしてさっさと進んでいく。書いてあることを緑色のペンで塗りつぶし、読めなくなる。くしゃくしゃに丸めた紙を黄緑色のとぐろを巻いた物体の中心に据える。ホースかな?と最初は思ったけどこれはカットする前のコーナーカバー(家具のへりにつける緩衝材)だった。そして風呂場に行き、シャワーから水を出す。浴槽に入り、風呂のカバーを閉める。そこに水はかかりつづける。このパフォーマンスのタイトルはcoverというようだ。よいタイトルだと思った。
 この二つのパフォーマンスのどちらかに軍配をあげないといけない(敢えて言うが比べられるわけがない)。【村上さんのパフォーマンス】には、ライブやパフォーマンスの利点がある。対して藤井ちよりさんの言葉は、覆われていて読むことができない。【村上さんのパフォーマンス】よりも、今目の前の風呂場で起きている未言語の領域の何かの方に軍配を上げたい、という気持ちが僕の中に去来した。でも、それでよいのか⁉と思った。自分よりも大きいものが、勝敗を決めなければならない(そんなの詭弁かもしれないけど)というようなことを瞬間的に思って、村上さんを第2ラウンドに進めた。

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 Cブロックの先攻は、僕たくみちゃんだ。昨夜はこんな夢をみた。PARAの畳の上に座っているのだが、そこは同時に草原でもある。そしてこの同時性が可能なのは、双方が画像であるからだ。これをパフォーマンスにしようと、今朝決めた。たくみちゃんのパフォーマンスはこの日の出場者の中で初めて、二階で行われた。夢では畳だったけれど、二階の板の間の方が、やりたいことが見やすくなるだろうと咄嗟に判断した。開始。今僕がいるのはweb上の画像の中であるということを発話によって説明する。と同時に紛れもなくPARA二階の板の間にいる、ということを身体は「説明」している。さらにそこは「画像の中」なので拡大の最極点、1ピクセルの中にいて超均質な空間だ、ということも発話で説明する。これが前半で、でもよく見るとその中にも微小な差異がみつけられ…という後半につながる。鞄から緑色の折り紙を取り出し、それを破り、指で穴をあけ、「ピクセルの中にも、新しい何かが、あるじゃん」ということである。
 対戦相手は武本拓也さん。まず、四方の窓を開ける。なぜかみんなを一部屋にぎゅっと集めて、戻す(なぜだろう。ここには彼のパフォーマンスの秘密がある気がする)。開始する。武本さんはただ立っている。いや、ゆっくりと少しずつ動いている。僕は武本さんのパフォーマンスを何回か見たことがあるけど、毎回同じ部分と毎回違う部分があって、その両方が面白い、これはすごいことだ。そうか、これは「諸行無常」ということなのかもしれない。意外と、4分間があっという間に経つのである。
 審査の時間になり、さっきまで武本さんが立っていたところに立つと、床に赤いものが落ちていることに気づく。一滴の血だった。血は武本さんの指から出ていた。気づかず、窓を開けるときに切っていたらしい。このポエジーに武本さんに軍配。

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 清水恵みさん。先刻ウクライナのニュースに触れ、もともとやろうと思っていたことが飛んでいってしまったと言った。清水さんも板の間の窓を開け、「よく想像するんです… 体験、できるもんかできへんもんなのか…」と独り言のように呟いたあと、おもむろに「ヒュー」という声をあげ手を掲げ、ばたん!と床に倒れた。それはちょっとぎょっとするような感じだった。「もっとですかね。もっと吹っ飛ばされる感がたぶんあるので」などと、言って、何かを、試行錯誤している。そして、自分で「ヒュー」と言うとタイミングを計ってしまうので、「ひゅー、ばーん」と言ってもらえますか、と観客に向けて声をかけた。「ひゅー、ばーん」の掛け声とともに、清水さんは窓枠から床に何回も何回も墜落する。痛そうでもうやめてという感じだったけど、本物のそれは痛いどころではなくて、死んでしまうのである。
 渡並航はおもむろに頭にバンダナを巻き、「よーいスタートって言ってもらってもいいですか」と司会に促す。スタートと同時に、スマホからおそらくハイドンのクラシック音楽を流す。「掃除をするんですけど、可能な方は手伝ってください」とのこと。その場にいた人に、雑巾が配られる。わっとみんなでPARAを掃除する。毛布をたたむ人もいる。渡並くんは忙しなく箒を動かす。「こんなに埃が出るんだー」とお客さんが言った。
 さて審査である。清水さん、遊びとしては子どももよくやるようなごっこが、見ていてつらいものになるということが、パフォーマティブだった。渡並くんの掃除は4分間きっかり、音楽とともに行うのがツボだった。「ひゅー、ばーん」のパフォーマンスのあとで、家をみんなで掃除するという流れがよかった。ゴミが舞っているのは微笑ましくかつ強かだった。渡並航の勝ち。

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 Eブロック先攻、のあんじーである。プリキュアの音楽がばーんと流れて、名乗り。「演劇やってますって言うとなんかやってよって奴を叩きのめすために有名戯曲を3分間でできるようにしてきました!」とのこと。漫画風の効果音がメニューになっていて、そこから一つをお客さんに選ばせる。効果音メニューは8つ用意されていた。「カーン」が選ばれた。しっかり稽古してあって、見入ってしまう感じだ。時間もちゃんと収まっていてすごい。上演されたのは野田秀樹の『野獣降臨』より、宇宙船から地球を望むシーン。3分の中でたしかにイリュージョンの時間をつくりだしていた。
 後攻の喫茶みつるの番だ。「偽物のパフォーマーです」という名乗りから入り、味覚を身体で表現すると言う。ちゃぶ台の上に、チューブ入り唐辛子、酢、はちみつ、チョコレート、お茶が並べてあり、観客はそこから一つ選んでみつるさんが食べる。奇しくもメニュー形式のパフォーマンスが2回続いた。唐辛子をチューブからちゅーっと食べる。ゆらり、と立ち上がり、四肢がほんのわずかに日舞のように動く。「カプサイシン」と言いながら緊張をリリースする。そのあともお茶と間違えて酢を飲もうとしたり、とぼけた、身体を張った、パフォーマンス/リアクション芸(?)が続く。次は蜂蜜。ちゅーっと吸ったら、残っていた唐辛子が復活してむせ込んだようで、身体で表現どころではなくなってしまった。いや、これも身体で表現だ…。酢を飲んで、倒れ込んだところで、時間である。バラエティー番組のワサビの寿司を喰うのとかも、生で見たらパフォーマンスとして面白いんだろうな。
 4分間にしっかり収まった見応えのある演劇を見た後で、喫茶みつるのハチャメチャぶりを見るという落差が強烈だった。これは喫茶みつる第2ラウンド進出、とさせて頂いた。「身体で表現」という言葉の射程に、げらげら笑いながらもはっとさせられるところがあった。第1ラウンド終了。

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 第2ラウンド一回戦、カキヤフミオは階段の前に再びハンカチやら帽子、貝殻、スマートフォンを並べる。祭壇のようにも見える。スピーカーからほうほうと鳴き声がする。カキヤさんは階上からほうほうと応える。我々は下から見ている。自然光が入ってくる感じがとても美しい。グレーの壁に、2月の夕方の光。第1ラウンドと同じ中国語の歌 がまた流れる。そこに、ゆっくりと階上から、腕が、背中が、這いつくばった裸体が頭から、降りてきた。手には虎の靴下をつけている。だから虎が降りてきているということでもある。これを祭壇の手前から我々は見ている。空間の構成がよくできている。ゆっくりと手の靴下(虎)だけを身に着けた裸体が降りてくる。よくわからないけど、すごい。優勝候補かもしれない。
 第2ラウンド2人目【村上さんのパフォーマンス】は記述を割愛する。この日の夜、村上さんがLIVE中に全裸になることの意味を聞いた。それもここに書くことができないが、忘れないと思う。
 第2ラウンド3人目、武本さんの番。今度は一階で、ぐるっと玄関→廊下と時計回りに一周まわってきて、スッとパフォーマンスに入る。さっきまで点いてたけど自分で消した石油ストーブの少し上の空間に目をやっている。
 第2ラウンドの前半ブロック、三人ともよかった。空間と個の強さが拮抗していた。一番、言葉にしづらい良さを勝ちにしたいと思った。そもそも勝ちってなんだという感じだが。武本さんのパフォーマンスをあえて言葉にすると、スッと周囲が武本さんの雌型になる感じ。その中で武本さん自身は炭みたいに全てを吸着して持っていってしまう。勝ち。

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 第2ラウンドの後半ブロック。先攻渡並航。頭にバンダナを巻き、「4分しかないので、準備してもらってていいですか」と言ってから、同じく4分間の忙しない掃除。天丼するっていうのがなんかすごくよかった。掃除は日々繰り返すものだけど、全く同じ掃除というのは二度とないのである。でもこれは、家が同じ身振りをしているとも言えるのでは。家単位で反復する、タイムブラケットのスコアになっているとも言えるのだ。やっていることはなんてことないのだ。ただの、掃除だから。それが、なぜ強いのか。2022年2月24日のたくみちゃん杯は、そういう感じだった。
 後攻、喫茶みつる。学ランに、赤い毛糸を首輪みたいにして反対側の毛糸玉をのあんじーに持ってもらう。曲はスカボローフェアが流れる。一階の細長い空間を往復するような動き。スカボローフェアと、のあんじーの毛糸を繰り出す動きと、なにかを求めて彷徨い倒れてを繰り返すみつるさんの動きは繊細で好ましかった。しかし波が徐々に振幅を狭めていくように終わっていってしまった。第1ラウンドは「喫茶」になっていたけど今回のは「みつる」だったという謎の感想を僕は述べ、渡並航の決勝進出。

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 決勝戦。先攻は武本拓也。三回同じことをしても同じにはならないけど、三回目のパフォーマンスなので、ちょっと違うやり方をしようかな、とのことでみんなを立ち上がらせる。そして、武本さんのやっていることをみんなも一緒にやってみるという体で、武本さんのパフォーマンスを見た。
 後攻の渡並航はまず、おもむろに正座して、心を落ち着けているようだ。ぼそっと「最後ですよね」と発話する。そして、「掃除はしてもしなくても」と言って4分をスタートさせた。渡並くんは粛々と掃除をしていた。二階にあがり、ベランダをさっささっさ掃いていた。僕は下に降りると、お客さんの一人が寝ていた。それでこれは渡並くんを見る必要はないんだ、家を見るんだ、と理解した。そして4分という時間は、出演者にも、ここにいる全ての人に平等に流れるのだ。そしてその時間は終わり、最後の審査になった。

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 寒い日だった。PARAは古い木造住宅なので、ことさらに寒い。底冷えする。それも含めて、家だ。ウクライナで戦火が上がり始めた日に、日本の民家ではこんなイベントをやっている、そんな第4回だった。寒くて、下手すると段々元気がなくなってくる。でも集まるということ、家があるということに大きな安心と力がある。この一日の大きな流れが、渡並航に行きついたように僕には感じた。「掃除はしてもしなくても」という的確な指示で、平等で豊かな時間を現出させた渡並航を優勝に決めた。
 今回、3回繰り返された渡並くんの掃除を優勝として決めることができて、よかったと思う。第4回たくみちゃん杯は、今までになく「くじ」の存在感が強かった。大きなうねりの中に個が集まって、望むと望まざるとにかかわらず流れをつくっていた。個がここで出会って、自らの結晶を開陳しあい、優勝者が決められた。これは誰もさわれない物語である。
 いや、さわれる部分とさわれない部分がある。なんでも、現実に自分の目で見ることが大切だと思う。さわれない部分とはそこのことである。第4回たくみちゃん杯は質感として冷たくてヘビイだった。この僕の感じる冷たさ、重さはあなたならどう感じるか。それがさわれる部分だろう。

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写真:石原新一郎







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