見出し画像

Webデザイナー歴15年。僕の経歴(学生〜新人編)

僕のような無名デザイナーの経歴を知っても誰も得しないかもしれない。
しかし、どの業界もそうだけど有名な人はごく少数で、ほとんどの人が無名だけど、実力や才能がある人は多いし、みんな頑張っている。

デザイナーは資格はいらないし、高い学力もいらないし、近寄り難い高昌な職業でもないと思う。でも自身のクリエィティブが試されるスリリングな仕事なので、いろんな経歴を経てデザイナーになる人が多い。

僕はWebデザイナーになって15年になる。業界のなかではベテランかもしれないけど、またまだ未熟な中年だ。

理系の大学を卒業後、映像制作会社、デザイン事務所、Web制作会社を経て現在フリーランスである。
そんな僕の経歴が、これからクリエィティブな業界を目指す方の参考になればと思う。


とにかくクリエイティブ業界が眩しく見えた

大学では物理学を学んだ。今の仕事とは全く別の学問であり、今でも時々「物理勉強して社会に出て役にたつの?」と妻に茶化されている。あえて言えばPascalとFortranという昔のプログラミング言語の授業があったくらいだ。

物理を専攻した理由は、宇宙に興味があったからで、将来は宇宙開発に携わりたいと思っていた。
しかし、宇宙開発は理系の花形職業でひと握りの学生しか就職できないこと、そもそも就職氷河期で就職自体が困難なこと、物理が思いのほか難しく、内容がほとんど数学で興味が薄れてしまった。

その代わり宇宙を想像するのは相変わらず好きだったので、その想いをぶちまける世界を探した。
それが3DCGとFlashだった。

映画館でバイトしていた僕から見たら、CGを駆使したハリウッド映画の映像はスリリングだったし、バイト代で買ったPCでyugopやeye4uなどFlashを使ったサイトに度肝を抜かれた。
この時の僕の進路は映像業界かWeb業界しかなく、Webの知識は独学でもなんとかなりそうだったので、映像を学ぶためにデジタルハリウッドの半年のコースに通った。

昼は大学、夜はデジハリかバイトで多忙ではあったけど、辛いと思うことはなかった。

デジハリを卒業し、その後大学を無事卒業。
そのあと映像業界を目指し就職活動するが、1週間かけてつくる課題を課すアニメ制作会社の映像部署に就職する。契約社員で。
今思うと専門も大学も新卒で出たばかりなのに、給料の安い契約社員を選んだ僕はどうかしてた。

でもいち早く実績を積むことが1人前のクリエイターへの近道だと信じてた。この判断が、この先暗雲へ向かう第一歩になった。


鬼の特訓。地獄の映像業界

社会人一年目に就職した映像制作会社では、アニメやバラエティ番組のCGを作る仕事だった。
アニメの背景を制作するのがメインの会社だったためか、業界全体の風習なのか、始業が昼1時という夜型の会社だった。
そのため社員は皆会社の近くに住み、夜中まで働くことになっていた。
休日は日曜のみ、土曜祝日も普通に仕事だった。
大変でも充実していれば若さを武器に乗り切れたかもしれないけど、社員は毎月一人は辞め、上司の厳しさが尋常ではなかったため、良い職場環境ではなかった。
ダメ出し、修正作業が毎日夜中まで続き、若干パワハラみたいなことも言われ、泣きながらうちへ帰ったこともある。


しかし良い意味でも厳しさもあり、特にアニメーションへのこだわり、クォリティにはかなり指導を受けたのは今の自分にはとても役に立った。
例えばオブジェクトが出現するタイミング、動く時の力のかかり方など、間やタイミングについてとても勉強になったので、当時の上司には感謝せねばと思う。

ただ体力、気力をすり減った中、Flashを使う機会をもらえた。
記憶は定かではないけど、映像で培ったノウハウを活かしてWeb業界へ進出したかったんだと思う。
この時に改めてWeb業界への転向に火がつき、毎月辞める社員の中に僕も混じって退職を決意する。
職場環境が良ければもう少し頑張れたかもしれない。
ただ辞めるときに今までの給料を返せみたいなことを言われ、今思うと就職は慎重にすべきだと、ここに来て痛感したのである。

続きはまた今度

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

サポートしていただけたら、喜んで泣きます。

33
宇宙へ行きたいグラフィックデザイナー http://sorano-design.com/
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。