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世界で活躍する同世代の起業家の人生をたどる - Katrina Lake編

久しぶりの投稿です。皆さん元気にされていますか?ずっと家にこもる日々が大阪でも続いていますが、我が家は娘が9か月になり、どんどん動き回るようになり、おかげで飽きの来ない日常を過ごしています。

超絶ウルトラ久しぶりにnoteを書いてみようかな?と思ったのは、とあるpodcastにハマり、noteで紹介したい!と思ったからです。

「How I built this」というタイトルで、その名の通り、著名な起業家やインフルエンサーが、今の人生にどのようにして至ったかを60分近い超ロングインタビューでたどるというもの。これに結構ハマってしまい、皿を洗ったり洗濯物を畳んだりしながら、よく聴く日々が続いています。

僕、ずっと不思議だったんです。アメリカの起業家が、どうやって若くしてビジネスを成功させ、今の地位にたどり着いたのか。特に、自分が年を取るにつれ、同世代の人たちが起業して、素晴らしい商品を作り、世に出ていく様子を見るようになり、その裏側にある経緯が気になるようになりました。

日本だとリクルート卒とか大学ベンチャーとか、色々パターンがあるじゃないですか。そういうパターンがアメリカにもあるの?それとも全然別なの?あと、日本に比べて起業家の数がめっちゃくちゃ多いので、なんでそんなに沢山起業家いるの?とか。一般論は置いといて、ひとりひとりの成功までのパーソナルな話を聞きたい、と思っていました。

そんな中で出会ったのがこちらのPodcast。いわばニュースに登場する著名なイントレプレナーやインフルエンサーたちが、何者でもなかった時に何を考え、どう行動したから今の自分につながっているのか。MCのGuy Razの軽快なトークでどんどん質問が導き出され、その背景が紐解かれていく様子に、ほかの番組にない新鮮味と、同世代の起業家に対する親近感を感じました。

というわけで、自分に刺さった回を抜粋して、その様子をサマリしたいと思います。久々のnoteにふさわしくないくらい、超絶マニアックなコンテンツ。いったい誰が読みたいんだろう。。

でも良いんだ。リハビリもかねて久しぶりに書く気になったので、勢いのまま書いてみよう。とにかく面白いので、騙されたと思って読んでみて!

\  今回取り上げるのは、Stitch Fix社のFounder、Katrina Lakeさんです。 /

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写真引用:WWD.com

はいそうなんですお美しい方なんです。お母さんが日本人で、この方自身も、日本語をお話になるらしいです。ご実家はミネソタ州で、いまはカリフォルニアでStitch Fixという会社を経営しておられます。世代は、僕の4-5歳くらい上の方のようです。

事業の詳細はこちらに素晴らしくまとまっているので、そちらを読んでもらった方がより分かりやすいですが、簡単に引用します。

# 2011年創業時からデータ主導型のビジネスモデル
#登録時の質問 (サイズなど身体データ、好み、価格帯)に応じてパーソナライズされたファッションを提案
#AIとパーソナルスタイリストというデータと人間の相補的な組み合わせで5つの服・アクセサリーを選んで送ってくれる
#利用料は毎月20ドルのスタイリングフィーと 、気に入った商品の購入代金
#20ドルはどれか1つでも購入すると 、商品代から20ドル分割り引かれるので実質無料(引用:アメリカ部

ということで、おすすめの服を月5着レコメンドして送ってくれるサービスで、買うか買わないかは貴方次第というのが事業の概要です。

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写真引用:CNET

さて、長くなりましたがここからがPodcastの内容です。進行は、彼女の幼少期から人生をたどる形で、展開していきます。

幼少~大学院まで

幼少時代をカリフォルニアで過ごし、15歳の時にミネアポリスへ。お父さんはお医者さんで、お母さんは日本人。家ではお母さんとも日本語で話す。
幼少時代を過ごしたカリフォルニアは学校の生徒の7割がアジア人だったが、中部のミネアポリスではクラスでアジア人は3名だけ。猛烈な環境変化を感じた。お母さんが作るお弁当は週3でおにぎり、残る2日はサンドイッチ。生活の中に日本のカルチャーに触れながら、学生時代を過ごした。
大学はスタンフォード大学へ。お父さんを継いで医学部かと思いきや、経済学部へ入学。その後、新卒でコンサルファームへ勤務

ほうほう。ここまで、日本でも何となく想像つくですね。地方出身で東大・京大でてコンサルって感じのキャリアか~。エリートやなあという印象。卒業が2005年頃のようです。リーマンショック前ですね。はい。Podcastに戻ります。

いつも、ビジネスをより良くできるにはどうすればいいのか考えていた。2006年、立ち寄った服屋の散らかった陳列を見て、「服屋をWarehouseエリアとMuseumエリアに分けたら面白いのでは?」というアイデアを思い付いた。素敵に陳列されたインスピレーション溢れる服を選ぶエリアと、実際にサイズを合わせて購入するエリアを分ければ売れると思った。このあたりから、リテールになんとなく興味を持っていた。
新卒で2年、コンサルで働く傍ら、ベンチャーキャピタリストに混ざって、ピッチイベントに顔を出すようになった。面白そうな起業家の話を聞いて、やりたいと思ったらその会社にジャンプインしようと考えていた。100人くらいの起業家を見た。自分もアイデアマンだと思っていたが、同じようにユニークなアイデアを持った人は沢山いた。

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写真引用:World University Rankings

そうこう言っている間にリーマンショックが起こり、次の一歩が踏み出せなくなっていた。そこで、大学院に行ってMBAを取ることを決める。在学中に良いアイデアに至ればそこで起業するし、ダメなら自分が良いと思った会社に就職する。こうしてハーバードのMBAを取りに、ボストンへ。

ここは悩める若手社会人という感じで共感味が高いですね・・。と言いつつ、スタンフォードの学部出てから、コンサルを経てハーバードのMBAという輝かしすぎる経歴は望んでもなかなか手に入るものではなく、さすがエリートという感じでしょうか。次は、MBA編です。

2009年、MBA入学から起業まで。

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写真引用:Medium

大学院に入り、色んな業界を調べ、勉強し、起業のアイデアを探った。一時狩猟業界に関心を持ち、ニューハンプシャーまで車で行ったこともある。そうやって様々なビジネスを調べるうちに、気づいたことがある。その1つが、「ブロックバスターVSネットフリックス問題
(※ブロックバスターとは今は無きレンタルビデオショップで、日本でいうならTSUTAYAのような存在。)
当時、街に1つはブロックバスターのお店があり、ありていに言えば、住民の7割はブロックバスターを利用していた。一方、残る3割はネットフリックスの利用者だが、いまのようにオンライン配信ではなく、DVDのレンタルサービスを提供していた時代だった。

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写真引用:Altpress

街の中では依然としてブロックバスター利用者が多いが、徐々にネットフリックスが進出してくる。そして街に1つのブロックバスターが閉店となると、住民は選択を迫られる。それは「10マイル(16㎞)運転して、隣町のブロックバスターにいくか?それとも、ネットで注文してネットフリックスで配達してもらうか?」こうして、地理的制約のないインターネットを活用したネットフリックスを選ぶユーザーがどんどん増えていった。

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写真引用:CNBC.com

この時、インターネットサービスの芽を感じられたのですね。2009年は徐々にスマートフォンが拡大し、FacebookやTwitterなどのSNSも台頭し、どんどんインターネットサービスが広がった年ですもんね。

もう1つはパーソナライズ問題。インターネットで物を買う時代になるとは言っても、日用品市場はどんどんAmazonが占拠していた。おむつやビールを買うなら、流通大手が一社あればいい。今からECに参入するなら、日用品でない、パーソナルな商品を届ける必要があると思った。そこで昔の服屋での経験が思い出され、「ユーザーにフィットする服をスタイリングして販売するサービスをやってみよう」と思い立ち、今のStitch Fixの原型を作り上げた。
Web上でユーザーに質問を用意し、回答をもとにパーソナライズしたおすすめ商品(服やアクセサリー)を提供。気に入れば買い取ってもらい、気に入らなければ返品してもらった。ボストンにいる20人くらいのユーザー候補者に試してもらった。
30日以内返品OK」の商品だけデパートで購入して、早速テストを開始。20名のユーザーにアンケートに答えてもらったうえで、スタイリングを提案。おすすめの商品を提供して、気に入れば買ってもらった。返品された商品はそのままデパートに行って、期限内に返品した。儲けも損も出さず、とにかく20人分のデータを取り、事業計画書と共に、カリフォルニアにいるベンチャーキャピタリストのもとへと向かった。

この、やると決めたら即行動の姿勢が素晴らしすぎますね。しかも損を出さないように、返品OKの商品を買っていたというのも生々しくて好きです。そしてこの顧客フィードバックと事業計画だけ持って、いきなり投資家に会いに行くところが急展開・・!次は創業編です。

創業~スケールまで

シード事業としてベンチャーキャピタリストをかたっぱしから回ったが、評価は散々だった。投資家たちは皆、ユーザーに提供する商品をStitch Fix社で卸業者から買い付けることに、出資される金額の半分をつぎ込もうとしているKatrinaのアイデアに否定的だった。
それだけでなく男性中心のVC業界において、ファッション業界で、かつパーソナライズしたアパレルを届けることの価値や魅力を、投資家に理解してもらい辛かったこともあると感じている。ここから先も、出資先集めには苦労することになる。
結局、唯一1人の投資家から50万 USドル (約5500万円)出資してもらい、これを元手に事業を進めることになる

投資とれたのや!良かった!これで事業始められるね。(それにしても5500万円って超大金に感じるけど、そんなにすぐ出資してもらえるものなのや・・!)

無事MBAを取得し、ハーバードを卒業。得られた投資をもとに2011年6月にカリフォルニアに移り、Stitch Fixの事業を開始。ファッションならNYにしようかとも思ったが、このサービスの肝は何よりデータサイエンティストだと思い、採用数を確保しやすい西海岸を選んだ
最初はサーベイモンキーのようなアンケートフォームから始めた。まずユーザーに好みを入力してもらう。その結果を受けてスタイリングを検討して洋服を調達。PayPalで入金してもらい、商品を郵送、とだいぶアナログなやり取りだった。提供する洋服は卸業者に直接交渉して、契約を取っていった。

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写真引用:Zaiper.com

サービスは勿論最初は無名だったが、口コミで毎月少しずつだが広がっていった。当時はファッション系のSNSはなかったのでブロガーに問い合わせ、5000~10000人くらいの読者がいる個人のファッションブロガーに売り込んで宣伝してもらったことも、初期の大きなドライブ要素になった。企業内にスタイリストを雇ったのは翌年2012年2月からのことなので、最初は自分でスタイリストの役割も担っていた。
事業は徐々に拡大していったが、やはり投資家周りは苦戦していた。ベンチャー投資家の94%は男性で、彼らは女性を着飾ることにあまり興味が無さそうだった
提供する商品の質や精度が評価され、初年度の売り上げは4200万 USドル(約46億円)と良い数字が出た。そこで事業を拡大しようと更に投資家周りを続けるが、引き続き良くない評価を受け続ける。
曰く、投資家は10億 USドル (約1100億円)になる事業を探しており、それ以外は無価値だと。この事業はそこまでスケールする予想がつかないので投資はできないという評価を下され、長くその拡大に苦しんだ。
その一方で、データ解析にも注力。NetflixでデータサイエンティストをしていたEric Colson(当時 同社副社長)を引き抜くなど、採用に相当の力をかけた。エンジニアに対して、Stitch Fixは100%の売り上げがレコメンドに基づいて行われることを説明し、データ解析が事業に最も寄与するファクターであることを口説き文句に、優秀なデータサイエンティストを揃えていった。

AIとファッションのプロを組み合わせてユーザーに寄り添ったスタイリングを提案するビジネスは徐々に成長し、2014年に事業は黒字転化。2017年にはIPOを達成。いまは5000人もの社員が働き、うち3500人以上は、ファッションのスタイリストを採用している。KatrinaはForture誌の選ぶ世界のリーダー50人の中に、2019年選ばれている。最近結婚し、2人の子供も出産。家族と仕事を両立させながら、今もCEOとして事業を伸ばしている。

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ということでいかがでしたでしょうか。ちょっとキラキラしすぎて鼻血出ましたよね。わかります。2009年前後のスマートフォンが世の中を刷新し、新たなサービスが生まれ始める頃に、当時のNetflixの台頭から今の事業を思いついた課程は、わかりみが深いなと思いました。

あと思ったのは新卒の頃はやりたいことがなかなか見つからなかったことや、男性社会のシリコンバレーで出資先集めに苦労するエピソードが生々しく語られている一方で、それでも何とか1社目の出資先を見つけた上で、1年間で46億円の売上を達成するという事業スピードの速さ、そこから5年でIPO・・・というのは、とんでもない速さに感じるのも事実でした。時流なのか、アメリカだからなのか、彼女が超優秀だったからなのか?この1本の内容だけでは、ちょっとわからないですね。

このPodcastには、他にも沢山のミレニアル世代の起業家たちのエピソードが語られているので、彼らと比較してみることで、その違いを知ることが、もっと理解を深めるには良いと思っています。今回の記事で起業家の偉人伝noteにはまりそうなので、継続してもう何人か、ご紹介できればと思います!ではまたお会いしましょう~~。

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1987年生まれ、奈良出身。関西愛がすごい。2017年、駐在員としてニューヨーク勤務→2019年に帰任。本職は広報・マーケです。帰国してから改めて日本で感じたことや、大阪の面白いニュース、娘との日常など当てもなく投稿しています。※発言は個人の見解です🙆‍♂️