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PMMの組織設計における論点整理

弁護士ドットコムの小林です(@yuki_koba8
クラウドサインは2022年3月にPMM (Product Marketing Management) 組織を立ち上げ、その役割や位置づけを変えながら1年が経過しました。1年悩み続けながら今の姿にようやく落ち着いたのですが、この間にSaaS各社の方々と意見交換をさせていただくと、PMM組織は各社各様であり統一見解は存在していないことに気づきました。

そこでPMMの役割や位置づけに関する論点を整理し、実際にクラウドサインがどのような考え方をもとにどのような組織設計をしてきたのかをまとめることに意味があると考え、noteにまとめてみることにしました。

海外のベストプラクティス

当社の試行錯誤の過程をご紹介するに当たって、PMMの最大のコミュニティであるProduct Marleting Allaiance (以下PMA) が実施している ”State of Product Marketing Report” という調査 (最新は2022年調査、以下PMA調査) を適宜参照していきます。
PMMは海外のテック企業で先に普及した職種であり、毎年継続して組織設計に必要な論点のアンケートを実施しておりベストプラクティスとして参考になります。

ご参考までにAppendix. にPMA調査の質問項目を一覧化しておきますので、興味のある質問が見つかった方はぜひ原典に当たってみてください。

PMMの組織設計における論点

PdMとの役割分担

PMMの組織設計を考えるに当たって常に論点となり続けたのがPdMとの役割分担でした。

PMMはあくまでマーケターです。実際にPMA調査でもPMMの3分の2(CMO 43.1% / The marketing department 21.5%) がマーケティング部門に所属しており、また役割/責任の回答結果を上位から順に並べるとマーケティング関連の業務が占めます。
日本のSaaS各社と意見交換をしても、リリース管理やメッセージング、セールスイネーブルメントをメインで担当しているPMMが多い印象がありますので、こちらの調査結果にしっくりくる方も多いのではないでしょうか。

所属組織 (Who do product marketers report to?)
主な役割/責任 (The core responsibilities of a product marketer)

他方でビジネスサイドとプロダクトサイドのハブとなり、ロードマップ策定を中心にプロダクトマネジメント業務を担うことがあります。PMA調査でも順位は最下位ながらロードマップ作成に2割近くのPMMが関与しています (18.4%, Product roadmap planning) 。
PMMがプロダクトマネジメント業務に関わるべきか否かは海外でもよく論争になりますが、0か100かで考えるのではなく、どのような場合にどこまでPMMがプロダクトマネジメントに関わるべきかを整理することが必要だと考えています。

PMMがプロダクトマネジメントをどこまでが担うかは、新製品/新機能の開発プロセスを下記4フェーズに分けて考えると整理しやすいと思います。

  1. リサーチ(顧客インタビューやVoCを含む)

  2. ディスカバリー

  3. デリバリー

  4. リリース

この4つのプロセスの中でPMMが担当するとしたら、ビジネスサイドが主に関わる1. リサーチと4. リリースになると思います。

PMMがこの役割を担うメリットはいくつかありますが、当社の経験から最大のメリットだと感じたのはPdMがモノづくりに集中できる環境を提供できることです。
顧客要望の整理や優先順位付けなどのステークホルダー管理にPdMが直接関わると、調整業務に意識が取られて真に必要なモノづくりだけに意識を集中させることが難しくなります。ステークホルダー管理をPMMが代わりに担うことで、PdMは多くの声に惑わされることなくモノづくりに集中できることになります。

他方でメリットの裏返しではありますが、PdMが直接顧客やビジネスサイドの声に触れる機会が減少してしまうことは避けられません。
意識的にユーザーインタビューなどを行わないとユーザーニーズの理解から遠ざかってしまうリスクもあります。

マーケティング戦略への関与

プロダクトマネジメントの論点を除いても、PMMの本来業務であるマーケティングの担当範囲にも論点があります。

議論が分かれるポイントの前に、まずは認識が共通している範囲からご紹介します。
海外の文献を読んでみると、メッセージングなどの下記4種類の役割はどこでも言及されており、これらはPMMの役割として共通認識になっていると言ってよいかと思います。
実際にPMA調査の役割/責任でも上位に位置しており、特にポジショニング/メッセージングからセールスイネーブルメントまでの3つの役割は、新機能のリリース時に一連の流れで実施されることが多いです (今後これら3つをまとめて「コミュニケーション系業務」といいます) 。

  • ポジショニング/メッセージング (Positioning and messaging)

  • リリース管理 (Product launch)

  • セールスイネーブルメント (Sales enablement)

  • 市場調査 (Market/Competitive intelligence)

ただしPMMが担いうるマーケティング業務はこれらに限られません。外資IT企業の中にはPMMがプライシングやGTM戦略の企画立案、さらにはマーケティング予算のアロケーションまで行うなど、P&Gなどの日用品メーカーにおけるブランドマネージャーのような働きをしている場合もあります。たとえばMicrosoftではマーケターはPMMとMarCom (Marketing Communication) に分かれ、PMMが担当プロダクトのマーケティング予算や戦略を策定し、MarComがその予算枠や戦略に沿ってデジタルやオフラインのリードジェン施策を企画/実行します。

これらを総合すると、PMMが担当するマーケティング範囲の論点は、コミュニケーション系業務に集中するか、それともプライシングやGTM戦略、さらにはマーケティング戦略にまで役割を拡げるのか、という議論となります。

コミュニケーション系業務に集中するメリットは二つあると考えています。一つはコミュニケーション系業務は担当が明確に決めにくく、どの企業でもボールが落ちがちでほとんど手つかずであることが多いため、組織立ち上げ直後にQuick Winを達成しやすいことです。
もう一つは業務の目的やプロセスが明確であるためジュニアメンバーも含めて役割分担の設計の難易度が低く、組織マネジメントがしやすいことです。

他方でプライシングやマーケティング戦略にまで役割を拡げるメリットは、経営に大きくインパクトする業務であるためモチベーションやキャリア形成に大きくプラスになります。
一方で抽象度が高く、CEOを始めとした上位のステークホルダーの影響を大きく受ける傾向にあるため、高い戦略的思考力や調整力が求められます。
そのためジュニアメンバーに担当させることが難しく、教育体制の構築にも時間がかかります。

PMMの組織構成

PMMの役割以外にも、組織構成に関する論点もあります。

  • 組織規模

  • 社内異動 or 新規採用

  • メンバーのバックグラウンド

まず分かりやすい論点として組織規模を取り上げます。PMM調査の結果を見ると、組織の人数は5名以下の回答が7割、PMM/PdM比率も3分の1未満が7割を占めています。企業規模やプロダクト数にもよると思いますが、思ったより小さいと思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

組織規模 (How many people form a product marketing team?)


PMM/PdM比率 (Product Marketing Manager to Product Manager ratio)

また特に日本で組織規模を考えるに当たってはメンバーのバックグラウンドも大きく影響します。海外ではマーケターからPMMへのキャリアパスが一般的であり、PMMの新卒・中途採用も多いため、極論を言えば必要なPMMの人数さえ決まれば採用するだけです。

PMM以前の職種 (Previous roles)

他方で日本ではPMMの経験者が少ないこともあり、SaaS各社の方々と意見交換をすると幅広い職種から異動しています。どのようなバックグラウンドの人材が望ましいのかは先述したようなPMMの役割に応じて変わってきますが、当社も含めてSaaS各社では下記5つのパターンが多いです。

  • マーケター

  • 企画系/Bizdev

  • 営業 / CS

  • PdM

  • ドメインエキスパート

営業やCS人材の最大の強みは、顧客解像度や競合他社の理解が高く、また自身の経験に基づいた営業/CS活動の現場の悩みがわかることです。
実は私自身企画系のバックグラウンドで営業やCS経験がなかったため、PMM組織を立ち上げたときにもっとも苦労したのがこの点でした。
そのため最初は同じチームの安藤 (@andhrid0) のサポートを受けながらキャッチアップしていくことになったので、営業・CS人材バックグラウンドの強みは肌身に感じています。

他方でPdMやマーケ、企画系のバックグラウンドを持つ場合、PMMの役割が市場・顧客調査やロードマップ作成、プライシングなどにまで広がった場合に強みを発揮します。

クラウドサインのPMM組織の変遷

最後に、これまでの整理を参考にしながらクラウドサインのPMM組織の変遷を見ていきたいと思います。クラウドサインでは3つのフェーズを経て今のPMM組織に至りました。

クラウドサインのPMM組織の変遷

立ち上げ〜昨年度上半期:プロダクトマネジメントへの強い関与

当社のPMM安藤が以前noteに書いたように、クラウドサインのPMM組織はロードマップ作成などのプロダクトマネジメント領域への関与が強い組織として設立されました。

クラウドサインは大企業向けの開発 / 営業体制の拡充とコロナの影響により大企業顧客の利用が急拡大していました。これに伴ってPMM組織を設立した2022年3月時点では、ビジネスサイドから大量かつ多種多様な開発要望が寄せられるようになり、PdMが情報処理に追われている状況にありました。
また売上成長に伴って組織も急激に拡大したため、組織が小規模なときには機能していたコミュニケーションや意思決定の仕組みが機能不全に陥り始めました。以前はセールスとPdMやエンジニアが優先順位や仕様を直接コミュニケーションしてクイックな意思決定をしていましたが、組織が大きくなるにつれて情報の錯綜や不透明な意思決定プロセスを招いてしまい、意思決定の仕組みを改める必要に迫られていました。

こうした背景から、当初はPMM本来の役割であるマーケティングではなく、開発ロードマップを中心とするコミュニケーションと意思決定の仕組み作りを最優先ミッションとして組織を立ち上げました。
特に意識したことは、①ビジネスサイドが次から次へと開発要望を出すのではなく、これまで出した要望も含めて常に全体の優先順位を付けることと(当時は「フローからストックへ」と言っていました)、②優先順位の変更は全メンバーが閲覧可能な公開の場で議論すること、の2点でした。それを実現する具体的な手段として下記のような仕組みを作りました(細かい調整を繰り返しながら今も続いている仕組みです)

  • 週次のPMM/ビジネスサイド定例

  • エピックリストの作成

  • ロードマップ会議の公開

昨年度下半期:コミュニケーション系業務の改善

コミュニケーションと意思決定の仕組みがある程度整備されたことを受け、昨年度の下半期からはロードマップ策定などのプロダクトマネジメント業務からは徐々に離れていき、PMMの本来業務であるマーケティングに注力するように重心を移していきました。
そして、先述したようにPMMが担当しうるマーケティング業務には幅がありますが、プライシングやGTM戦略にまでは手を拡げず、まずは下記のようなコミュニケーション系業務から改善していく方針としました。

  • メッセージング/リリース管理

    • リリース日の決定

    • 顧客告知 (メール、ポップアップ 等)

    • 広報戦略 (プレスリリース、記者向け説明会 等)

  • セールスイネーブルメント

    • 営業フローの設計

    • 提案資料の作成

    • 商談同行

私自身が企画系バックグラウンドなこともあり、将来的にはプライシングやGTM戦略まで役割を拡大したいと考えていたのですが、当時は新プロダクトのリリースやプライシングの変更が喫緊かつ可能な市場環境・開発状況ではありませんでした。
その一方で、大企業向け機能やパートナーとの連携機能など複雑な新機能のリリースが増えて営業やCSのキャッチアップが難しく、何らかのサポートがないと営業活動に支障が出始める懸念がありました。
さらに、先述したようにコミュニケーション系業務はPMM業務の中で役割が明確な領域であるため、設立から半年の未成熟な組織にとってはコミュニケーション系業務から開始する方が組織マネジメントがやりやすかったという背景もあります。

ただし組織マネジメントがやりやすいとは言っても、チームの目標設計にはかなり悩みました。コミュニケーション系業務の目的は、「顧客にプロダクトの価値を正しく伝える → リードやアップセル商談の増加 → 新規受注件数やLTVの上昇」という流れで事業に貢献することです。実際にPMA調査でも売上 (Generate new revenue) やリード数 (Increase marketing qualified leads) など売上に直結する指標が上位に来ています。

KPI (Product marketing KPIs)

ただ、売上やリード数という数値は当該期間にリリースされる機能の数や性質に大きく左右されるため、当時のクラウドサインの開発状況を踏まえるとKPIとしては採用が難しい状況でした。
他の指標をいくつか検討した結果、最終的にリリースした機能の利用率やアクティブユーザー数などのプロダクトの利用状況をKPIとして採用しました。これらの数値は過去トレンドや業界ベンチマークとの比較がないと適切な目標水準を設定できないという課題もあったのですが、機能の利用状況を目標として追う習慣を組織に定着させること自体に価値があると考え、目標数字自体は仮定の数字を置くという妥協をしました。今後データが蓄積するにつれて適切なこれらの利用状況の目標設計は改善していくほか、中長期的には売上やリード件数を目標として採用したいと考えています。

今年度:プライシングやGTMなど戦略立案に拡大

組織立ち上げから1年が経ち、プロダクトマネジメントやコミュニケーション系業務に関しては安定的な運用ができるようになりました。幸いにもメンバーもモチベーション高く働いてくれており、紆余曲折ありましたが組織は立ち上げフェーズを完了したと考えています。

また事業環境を見ると、これほど多くのお客様にご利用いただいている状況では、新規受注件数以上に顧客単価の事業インパクトが大きいため、プライシング変更や新プロダクトのクロスセルが最重要課題となっています。

2023年3月期 決算説明資料

こうした状況を踏まえ、今年度のPMM組織ではプライシングやGTMをメインミッションとして取り組んでいきたいと考えています。

先述したように、これらの難易度が高い業務はPMM組織が安定しないとチャレンジが難しかったのですが、今ならこれらの業務にも真正面から取り組むことができると考えています。
またメンバーのキャリア形成を考えると、高い戦略的思考力や調整力が要求される業務の機会を増やす必要があるとの背景もあります。

具体的な施策として、まずは先日フリープランの上限変更を告知しました。今後も新たなプロダクトに契約レビューを検討しているなど、GTM・プライシング変更に次々に取り組んでいく予定です。

終わりに

私は事業企画やコンサルタントといった歴史が長く業務内容やキャリアパスが型化されている職種の経験しかなく、PMMという新しい誕生した職種に携わるのは初めてでした。
どこにも正解がない中で、トライ&エラーを頼りにあるべき組織像を模索していくのは大変ですが非常に面白い1年間でした。

今年度クラウドサインのPMMはまた新たな役割にチャレンジしていくので、そういった新しい役割を形作っていくことに興味がある方とはぜひご一緒にお仕事したいので、お声掛けいただければと幸いです。

Appendix. PMA調査の質問項目一覧

  • 回答者属性 (Get to know the participants)

    • 居住地 (Location)

    • 役職 (Job title)

    • PMMの経験年数 (Years of experience)

    • PMM以前の職種 (Previous roles)

    • 顧客の種類 (Customer types)

    • プロダクトの種類 (Product types)

    • 成長フェーズ (Stage of growth)

    • 大学時代の専攻 (Education)

    • 業種 (Which industries did product marketers work in?)

    • 企業文化 (Company culture)

  • 役割/責任/組織構造 (Roles, Responsibilities, and Team infrastructure)

    • 所属組織 (Who do product marketers report to?)

    • 組織規模 (How many people form a product marketing team?)

    • PMM/PdM比率 (Product Marketing Manager to Product Manager ratio)

    • 組織構成 (How are product marketing teams structured?)

    • 主な役割/責任 (The core responsibilities of a product marketer)

    • 担当製品数 (How many products are product marketers supporting?)

    • 社内の連携部門 (who product marketers are working with)

    • 社内会議数 (Number of internal interactions per day)

    • 顧客と直接コミュニケーションする頻度 (How often are product marketers communicating with customers?)

    • KPI (Product marketing KPIs)

  • 良い部分と課題 (Product marketing highlights and challenges)

    • この職種の面白さ (Favorite aspects of product marketing)

    • 社内的な課題 (Internal challenges)

    • 対外的な課題 (External challenges)

    • 経営会議参加 (Are Product marketers invited to leadership meetings?)

  • 予算 (Product marketing budgets)

    • 年間の予算金額 (Annual product marketing budget)

    • 予算投下先 (Where are budgets being spent?)

  • 価値 (The value of product marketing)

    • 社内関係者からの理解 (Do teams and stakeholders understand product marketing?)

    • 社内の評価 (How valued do product marketers feel at their company?)

    • 目標/戦略への貢献 (Contribution to goals and strategy)

  • スキル (Essential product marketing skills)

    • PMMに不可欠な特性 (Which traits do product marketers view as being indispensable to a successful career in the industry?)

    • 新人に必要なスキル (Developing skills as a new product marketer)

  • PMMの将来 (The future of product marketing)

    • 将来望む変化 (Which changes they’d like to see in the role of product marketing in the future)

    • キャリア展望 (Career aspirations for product marketers)