2月28日(2月で燃え尽きてしまった話、まとまりはない)

2月はとても忙しかった。体調が崩れそうで怖かったけど、なんとか乗り切ることができて、本当に運が良かったなと思う。
昨日の土曜日は、なんだかよくわからない開放感があって、夜に眠れなくなってしまった。
スプラトゥーンを1時間くらいやった。こういう対人のゲームは大好きだし、気持ちとしては無限にできてしまうけれど、体力も集中力も続かないので1日1時間くらいでとりあえず満足してしまう。昔は寝る時間以外ずっとゲームしていたのに。歳を取ったからだろうか。

もう数ヶ月で27歳になってしまう。怪我の治りが如実に遅くなっている。健康診断で血液検査をした。昔は注射の跡とかすぐ治っていたような気がするんだけど、数日は痣になっていた。

最近サウナに行く気力がないくらい疲れていたので、家のお風呂に入ることが多くなった。そろそろサウナに行きたいなと思うけど、家の近くにないから少し億劫になってしまう。
「億劫」と感じることが多い。好奇心が枯れてしまったような感じがする。
疲れ切っていて、余裕がなくて、とにかく家に引きこもっていたい。
家に引きこもっていると、なんだか人生を無駄に消耗している感じがして辛い。そういうことを考えていると、どんどんまた元気がなくなってしまう。

ちょっと良くない時期が続いてしまっている。もともと体力がないのに、無茶をしてしまうと、その後の鬱々としたものから回復するのにとても時間がかかってしまう。相変わらず、生きるのが下手くそだなと思う。
頑張っても、誰も助けてはくれない。最後は自分で自分のことを助けてあげないといけなくなる。生きるのは難しい。
他人は絶対に自分のことに責任を持ってくれない。それは僕も同じことで、誰の人生の責任も持つことはできない。そんなこと、当たり前なのに、考え込んでしまうから、行き詰ってしまう。

好奇心の回復にはどれくらい時間がかかるだろうか。
市の広報誌にイベントが載っていたから、申し込んでみた。ダーツとかカラオケとかゲームとかポーカーとか読書とかYoutubeとか、なんでもいいんだけど、少しでも「これは」と思うものはとりあえず体を動かしてやってみようと思う。
運動も最近は全然していない。何も考えずに歩くのもいいかもしれない。
ちょっと考えるのをやめて、粛々と体を動かし続けるのもいいかもしれない。こういう時、考えてもどうにもならなかったりする。

モヤモヤしている思考の中だと何をやっても楽しめなくなってしまう。
そういうのは不幸せだ。

誰かを楽にして、自分も楽になれる文章。いつか誰かが呼んでくれるその日のために、書き続けています。 サポートするのは簡単なことではありませんが、共感していただけましたら幸いです。