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【遺伝子 -親密なる人類史-】人類は科学の力で得られるものを選択しなければいけない

オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆☆

〜人類の必読書〜

遺伝子、とは何か?
親から子への遺伝情報を担う因子である。

僕個人としては、遺伝子やDNAという言葉に対して、あらゆる科学の中でも特にとっつきにくいと思っていた分野の話だと感じていた。
ITなどの情報技術系の話は大学の頃に少しかじっているのでなんとなく分かる。ハイパーループ(高速輸送システム)のような物理学的な話も、目に見える形で理解しやすい。
しかし、遺伝子やらDNAやら分子やら細胞やらの話になると、小さすぎるミクロの世界で魔法のような事が起こっている気がして、なんとなく理解できないだろうなと思っていた(昔から化学、いわゆる化け学は苦手だった)。

そんな苦手なミクロの世界に挑戦するつもりで、本書を取ってみたが…あまりにも面白すぎた。

遺伝に関する知識を歴史的に辿っていく事で系統立てて整理出来ただけではなく、遺伝子というものが社会にどれだけ大きな影響を与えてきたのか、そして、未来にどんな変化をもたらす可能性があるのか、人類における「遺伝子」というものの存在の重要性を考えさせられた一冊だった。
現代を生きている全ての人の必読書だ。


〜遺伝子が人類に与えた影響〜

では、遺伝子は歴史上においてどのような影響を与えたのか。
この本の大きなテーマである「優生学」という概念が重要なキーワードとなる。

優生学とは簡単に言うと、優れた遺伝子を持つ人間を選別する、という学問である。
1860年代に遺伝子が親から子へ遺伝情報を伝える役割を担っているという事が判明してから「優生学」という言葉が生まれた。そして、その考えは徐々に世界中に広まっていき、「優れた遺伝子」を選り分けて残し、能力的に劣っていると判断された人たちには子供を作らせない方法(断種)が多くの国で採用されるようになった。そして、その最悪の結果として、ナチスによる「民族浄化」の遂行に至ってしまったという。

その時点では、遺伝子というものの働き(いったいどのようにして親から子へ生物情報を伝えるのか?そもそもどこにあるのか?どんな形をしているのか?)がほとんど分かっていなかった。にも関わらず、「優れた遺伝子を持つ人間のみを残し、人類全体の向上を図る」という魅惑的な考えにより、誤った科学を用いて多くの生命が不当に奪われたという歴史がある。


著者は、冒頭で「遺伝子」というものを以下のように述べている。

科学の歴史上最も強力かつ危険な概念のひとつ

と。

「遺伝子」の正体が明らかになる度に、文化、社会、政治、道徳、倫理などに大きな影響を与えてきたのだ。

〜人類は『何を望むのか』〜

全ての科学における発展は人類にとっての前進や進化ばかりをもたらすものではない。「優生学」の話も然り、科学の発展により核爆弾という負の遺産を生み出す事もある。

科学の発展により人類が新たな力を手に入れる事が出来る。しかし、それが良いことか悪いことかはまた別の話なのである。

今現在においては、ヒトのゲノムについてはまだまだ不明な点が多くある。しかし、2020年にはゲノム編集技術「CRISPR/Cas9」がノーベル化学賞を受賞した。ヒトのゲノム編集が可能となる未来が遠くはないのだ。

ヒトのゲノム編集が可能になることで何が出来るのか。
任意でDNA上における優れた能力を持ったヒトを作る事が出来るようになる
「優生学」での劣っているものを排除するやり方とは逆のアプローチで新しい優生学が誕生しつつあるのだ。実のところ、優生学の概念は出生前診断などで既に国家レベルではなく個人のレベルで世の中に現れている。

しかし、いくら優れているとはいえ、それはあくまで"DNA上"の話である。
本書で語られるように、人の能力や個性(または遺伝子が原因となる病気)は、遺伝子が確かに影響するが、それに加えて環境や偶然、人間として生きていく中での個人の努力なども影響している。
仮に、ゲノム編集によりDNA上優れた人間を産んだ母親は、思ったように育たなかった子を愛し続けられるのか?ゲノム編集を施さずに産まれた子は親を憎まないのか?そもそも、優れた人間とはどういった基準で誰が決めるのか?

その上で、ゲノム編集で優れた人間を作り出す、という事の是非を人類は慎重に選択しなければいけない。

人の人生は遺伝子で決まる、という考え方は非常に魅力的である一方、大きな不安ももたらし、使い方によっては人類を誤った方向に歩ませる事もある。
人類全ての人が知っておかなければいけない知識がこの本には詰まっている。


(文庫版の解説には、新型コロナウイルスに関する解説や2021年1月時点で最新の遺伝子学に関する話題も書かれている。間違いなく今知っておくべき話が載っているので、ぜひオススメしたい)

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