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"学び"のための、僕の本の読み方

「本を読む」

この事について僕が心がけている事はただ一つ。

特定の人、特定のジャンルに限らずいろんな本を読む

非常にシンプルだが、これだけである。


本を読む事の大きなメリットはなんだろうか?

きっと多くの人が、
本を読む事で頭が良くなる
と、考えている。

知識が増え、見識を広め、語彙も豊富になる。
本を読むことで新しい事を知ることも出来るし、何か前に進むきっかけになる事もある。


もし、知識を増やしたり見識を広める事、つまり"学び"を目的に本を読むのであれば、好きな作家の本ばかり読んでいてはいけない。

好きな作家や著者が誰にでも1人はいると思うが、なぜ、会った事もないその著者が好きになるのか。
それは、自分の考えと同じ、または近い考えを持っているから好きになるのだ。

自分と同じ考えを持つ人の文章はもちろん読んでいて面白い。
「うんうん、やっぱりその通りだよな」
なんて思いながら読み進めていく。

本を読む事を、娯楽として考えるのであれば、これでも構わないだろう。楽しく時を過ごす事に対して何も否定は出来ない。

しかし、"学び"の点で考えると、これは全く良くないと思う。

同じ著者の本は、同じ視点同じ語彙同じ知識で書かれているので、いくら読んでも物事に対する視野は広がらない。
むしろ、一方向の知識に凝り固まってしまう。

あらゆる言葉や知識に触れる事が、"学び"の第一歩だ。



僕は本を選ぶ時、もちろん読みたい本も選ぶのだが、特定の著者に偏らないように、2冊に1冊ぐらいは少し変わったやり方で本を選んでいる。

まず、一つはあえてランダムに選ぶことである。

例えば、本屋に行って読みたいテーマの本棚の前で目を閉じて選んだものを読むと決めてしまったり、読むもののテーマすらランダムにして「次の本は、今のAmazonランキングの第4位の本を読もう!」と決めてAmazonのサイトを見る、なんて事をする。

意図的に自分の読みたいものに偏らないように、ランダムを自分の中で作り出すのだ。

そうでもしなければ、僕がSNSマーケティングの本なんて読まなかっただろうし、歴史や哲学の本を手にとることも無かっただろう。


そして、見識を広げるという意味では、あえて嫌いな著者の本を選ぶ事もする。

例に出すなら堀江貴文さん(ホリエモン)だ。
僕は、テレビで見る堀江さんが好きではなかった。偉そうに喋るし、人を見下したような物言いだし、逮捕されたのも悪い人だからだ、と思っていた。

しかし、彼の著書を読むと、その人の考えや行動原理が理解できる事がある。
堀江さんは僕が理解出来なかった人だっただけであって、僕がイメージだけで嫌っていたのがわかる。また、堀江さんの合理的な考え方にもしばしば納得させられる事がある。
これぞ、見識を広げた瞬間である。

ただ、もちろん嫌いな人の本を読んでやっぱり嫌いなままの事だってある。
それも一つの理解・知識だ笑


本を読むのは"出会い"だ、と僕は考える。

そして、本を通して著者と対話すること、だとも思う。

たくさんの出会いと色んな対話をしなければ、"学び"はないし、何より1人に傾倒してしまうのはもったいない。

そう考えながら、僕はこれからも本を読み続けていくのだ。

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