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【暴力の人類史・上】圧倒的情報量に混乱してしまう

(オススメ度は下巻を読み終えてから判断します)

〜圧倒的な情報量…〜

長い!!多い!!
というのがまず出てくる感想だ(笑)

本書の主張は「暴力は人類史において減少傾向にあり、現代は人類史上最も平和な時代である」というものだ。そして、それを証明するために上下巻合わせて1200ページを費やす、という分厚い本である。

上巻は主に統計やデータを基に年々暴力というものが減少していっている事を示す内容となっている。下巻はまだ読んでいないが、人間の心理的内面的変化について書かれているそうだ。

正直なところ、この本の大部分を理解出来ていない自覚がある。というのも、データ量があまりにも膨大で幅広いからだ。幾度となく出てくるグラフや表が示され、殺人、拷問、争いが減っているという説明がなされるのだが、度々「今なんの説明をしてるんだっけ?」と混乱してしまっていた。
僕は通勤時間や昼休みなどのスキマ時間を読書にあてているのだが、一度本を閉じて続きから読み始めた時には、そのページが何を説明しているのかがわからなくなっている事がよくあった。

もし、この分厚い本に挑戦する方は、まとめて一気に読む時間をとる事をオススメしたい。


〜"暴力"という広すぎるテーマ〜

この本の混乱する要因の一つとして、「暴力」というテーマがあまりにも広すぎることが挙げられる。
拷問、残酷な刑、争い、殺人、、、などなど、暴力の種類はいくつも考えられる。さらにその中でも細分化される。例えば、殺人ひとつ取ってみても、個人による殺人、国家による大量虐殺、権力者による理不尽な極刑などだ。
それらの細分化された小テーマをひとつひとつ丁寧にデータと統計を用いて解説するものだから、必然的にとてつもない量の説明と分析が行われる。

さらに厄介なのが、それぞれの小テーマにおいての定義が度々変わるところだ。あるテーマでは、例外的なものや全体的に見て小さ過ぎる事例は無視しておきながら、別のテーマではかなり細かい分析をしている事があったりして、分析の内容や精度が一貫していないように思う。
それぞれの小テーマ毎で考えれば妥当な分析であるのだとは思うが、「暴力は減少している」という結論に向かうために、圧倒的な情報量で細かいところは曖昧にされているような感覚に陥ってしまった

これだけの量の文章を読みながら「うーん、まぁ世界的に暴力は減ってるんだろうな…」ぐらいにしか理解出来ないのは、かなり悔しい(笑)。


〜暴力に対する人類の内面の変化〜

実のところ「暴力は減少している」という事自体は何ら驚くべき事では無いと思う。
残酷な拷問器具や極悪な権力者の存在は知識として知っているので、古代や中世に比べれば暴力の度合いが減少しているのはなんとなく想像に難くない。

では、そんな人間の残酷さや攻撃性がなぜ無くなっていったのか?
その要因は商業、まっとうな政府の存在、啓蒙主義や民主主義などが挙げられている。商業の発展により暴力で相手から奪うよりも互いにウィンウィンになる取引の方が資産を増やすには効率が良いと人々が考えた事や、印刷技術の発展により小説が大衆娯楽となった事で人道的な考え方が広まった事など、である。

当時の人々の内面を細かく知ることは不可能だが、データから見るそれらの分析や推察は非常に興味深い内容であった。文明化が暴力の減少に大きく寄与した事はおそらく間違い無いだろう。

しかしながら、上巻後半の20世紀以降の分析についてはややこじつけの感じが否めない。
ご存知の通り20世紀は2回の世界大戦や大量殺戮、内戦など様々な暴力の歴史がある。
著者のスティーブン・ピンカーは、20世紀中においても、「暴力の数値を桁違いに上げる出来事はたしかにあったものの、全体を通してみれば減少傾向である」「今後同じような大規模な暴力的出来事は"起こるかも知れないがその確率はかなり低い"」と書いている。

ここまで読んでいると著者ピンカーの主張は「ファクトフルネス」の主張である「世の中は良くなっているという事実を認識しなければいけない。世の中が悪くなっているという思い込みがさらに世の中を悪い方向に進めてしまう」に似ているようにも思えてくるが、やっぱり違う。

民主主義国家は戦争が少ないですよ、テロリズムは成功例が少ないですよ、平和維持活動は一定の効果をあげていますよ、これらは全てデータを見れば明らかですよ。
第二次世界大戦以降世界的に大きな争いはなく、たしかに現在は歴史上最も長い平和な時代である事はたしかなのだろう。古代や中世に比べて、人々から攻撃性や残酷さが無くなっている事も事実なのだろう。
「世界の暴力は減少している」というのも事実なのだろう。

しかし、僕らは国家レベルで核実験を行なっている国があるのを知っている。多くのテロ組織が世界に存在するのを知っている。
僕らには平和がいつ崩れるかわからない"不安"がある。そして、僕はこの"不安"が今の平和を維持していると思っている

現代は暴力が蔓延した時代だ、というのは行き過ぎた思い込みだとは思うが、かと言って、暴力は無くなっていると楽観的に考える事も出来ない。大量殺戮が起きる可能性がゼロではない限り、リスクはたしかに存在するのだ。
僕が「20世紀中においても、暴力が減少している」という事に納得がいかない、言いかえれば受け入れる事が出来ないのは、その"不安"が原因なのかもしれない。

と、上巻を読み終えた時点ではなんだかモヤモヤしたものが心に残った。
下巻は心理学面から見た人類の変化について書かれているようだが(著者の専門は歴史学ではなく、心理学や認知科学)、こちらを読み終える頃にこのモヤモヤが無くなっていればいいが…。

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