「夜にしがみついて、朝で溶かして」ライナーノーツ、音楽も楽器もよく分からんし知識も何もないけれどクリープハイプが好きって思いだけでやってみます。

・料理
【怯えてはみたけれどこの曲の題名は料理】
料理と恋愛絡めた歌詞?そんなこと朝飯前よ、私が尾崎世界観ですと言わんばかりに言葉遊びが盛られて運ばれてきたアルバム一曲目。最初でお腹いっぱいになっちゃうよ?最後まで持つのかな、大丈夫かな?なんてこっちの不安は他所にこのスピード感はやっぱりクリープハイプだ!って浮き足立つ。そしたらこちらの浮き足だった心の音がポンって音と重なって思わずほころんでしまいました。浅ましい朝飯、疑いの元そのソースはどこ、おぞましい塊、コトコト問い詰めて、ざっくり切り裂いて。うわぁ、怖いな怖いな。日常の情景にサンドイッチされてるだけあってリアリティが増してくる。恋愛ってほぼホラー映画なのでは?でも言いたい事を言い合って腹が膨れて二人で横になるこの関係。恐怖の言葉に唆されて怯えましたがなんか羨ましい。おや、これはあったかい歌なのかもしれないな、なんて。確か題名料理だったな。あったかい方が美味しいもんな。

・二人の間
【「愛だ(間)」だと思っていたけど「間合い(相)」だった】
まだ題名しか解禁されていなかった時に「ふたりのあいだ」だと思っていたので「ふたりのま」だと知り一気に曲との距離を近く感じたのを覚えています。曲のイントロから二人の関係性を茶目っ気たっぷりに表していて、どこか親近感の湧く、キャッチーで楽しくてコミカルな音たち。「あ〜マだ、これは。」納得の間。
ダイアンさんに書き下ろした曲だというけれど、この説明できない「あの、その、確かに」といった間と相槌の心地よさを歌った曲を愛しく思う。言葉に言い表せない分、注目されにくい相槌。でもみんな心地よい相槌をいつも求めている。相槌の需要たるや。そういうのをふわっと尾崎さんが音以上気持ち未満という言葉にかえてくれている気がするから気持ちが良い!受容して供給してくれているとしか思えない!なので思い上がりかもしれないけれどこれは尾崎さんからのリスナーに対する盛大な相槌って事で。勝手に。私はそう思います。そういう事にしておこう、そうしておきたい、そうします。この曲、沢山相槌打って貰えて幸せだなぁ。耳がお風呂に浸かっていると言っても過言ではないです!相槌に飢えてる方は真っ先に二人の間の湯船へ。さあどうぞ。

・ポリコ
【正しさってなんだろう】
怪しい雰囲気のベースで惹きつけてから、一気に伝えたい思いが走り出すような始まりにまんまと引き込まれて悔しいのなんのって。これじゃあまるで思う壺じゃんってなるのにもう体揺れてるから言わんこっちゃない。目指すところは同じ。何も傷つけたくはない。でも楽な方法を選んで抑えなくてもいいものまでもまとめて制圧して正しさと謳う。でもそれで世界がつまらなくなってしまうのは単純に寂しい。こそぎ落とされた物はもう既に別物になっているかもしれない。とかとかね。色々頭の中をぐるぐると。この曲は正しさってなんなんだろうって葛藤が一部始終で問われている気がするのです。むしろ投げられている?正しいとされてるものと自分の意思のずれを足りないや言わないを繰り返すことでなんとか消化したい、私はそんな気持ちになりました。(今年は災害や人の力で太刀打ちできない物に掻き乱されて影響力のある人が何かを物申し、それを煽る者と叩くもの、叩かれるもの。そういうのを見ていて、寂しい気持ちになることも。辿り着きたい場所はみんな同じのはずなのにって。これもまた他人事みたいと叩かれるかもと不安になったら最後は何も言えなくなるね。人目につかない場所にいる自分で良かったなんて、浅ましさに自己嫌悪。)違う違う!そうじゃなくて、今ここに記しておきたいのはそんな事じゃない!でもポリコを聞いてそんなもやもやした事を思い出しました。ただそれだけだから許してね。趣旨とずれてしまった上に、スーパー脱線してしまって申し訳ないのですが、結局言いたかった事は、悪者がいるわけではなくてそのどうしようもない空気に物申す!!みたいな曲がそこに存在してくれていてありがとうってことです。好きな曲です。言葉は難しいけど必要で大切でどこまでも欲深くて、面白い。言葉を5%も知らないであろう私にも伝わる方法でいつもそんな事を教えてくれます。言葉の本質に愛を敬愛を叫んだ曲と解釈致しました。

・四季
【春夏秋冬全部に生活感溢れる人間味を味わう】
ドラムの音が弾けて季節が歩み寄ってくるような始まりにワクワクさせたかと思えば疲れるからしょうがねー。とまあ最高です。母が台所で疲れるけどしょうがねー♪と口遊んでいたので「四季好きなの?」と聞いたら「これ四季なんだ」と言っていました。一度聞くと口遊みたくなるメロディーなのでしょうがねーです。巡る季節を順番に辿っていく。全ての季節に言葉の描写で描かれる人間の愛くるしい一面、それを優しくて可愛いリズムに乗せて進んでいく流れにきゅんとします。風が吹き抜けるような音がとても気持ち良くて、曲調が変わるところも最後はお布団が包んでくれるというぬくぬく仕様。毎朝の目覚めの音楽はこの曲が良い〜!

・愛す
【愛すはブスで黄身は君で蕎麦は側】
強がって曖昧に朧げに誤魔化して薄めようとしてるのに全部しっかり愛しちゃっているじゃないの。なんだそれ、不器用かい。思わずつっこんでしまいました。ごめんね好きだよさよならも急ぎなほら遅れるよも全部不器用なだけなの、ねぇ、伝わって、引き留めてって声にしか聴こえないけど君には届かないからバスが愛しの愛すを連れ去って行ってしまう。そんな情景が浮かびました。ああ切ない。それなのに空の方に顔を向けてスキップしてるかのような曲調で音さえも強がってしまう。これまた聞き手の切なさに追い討ちをかけてきてる。肩にかけた鞄の紐を直してあげる。愛情も思いやりちゃんともってて本当は凄く素直なのに素直になれない。もどかしい〜。戻らないほど捻っていったのは自分自身だぞ!ほら、言いなさい!素直な気持ちを〜!って途中から背中押すお母さんみたいになっちゃうのしんどいなぁ。客観視できるとしたらそう言えるけれど、でもああ、あったな、主人公側のそれ。素直になれてたらと気付く時にはいつだってもう君はいませんってこんなにもよくある話なのに、何度だって繰り返しちゃうんだよ。それが愛だとか恋だとかね。身に覚えがあります。散々捻ってきた過去を思えば全然他人事じゃなかった。痒いです。どちらかといえば不器用代表。最後まで強がって終わる恋愛、、。じゃなくて強がって終わる切ない一曲。強がりを表す言葉遊びに悶絶です。月見蕎麦はこの曲を思い出して過去の何かを引っ張り出ししょっぱくなるのでもう頼まないかな。月見蕎麦とあとトッピング盛るくらいの余裕が常に欲しいものです。

・しょうもな
【馬鹿で始まってあんたにお前にてめーにクソ。】
油断して待っていると、突然駆け出す音。おっと!ちょっと!待って!リズムが早くて置いていかれそうだ。急ぐ気持ちをよそに、歌い出しからゆっくりとしっかりと一語一句言葉が入ってくる事に不思議な感覚を覚えました。終始散りばめられた逆さ言葉は言葉を裏返した時に起こった皮肉の面白さに気付けた者だけが得られるご褒美でしょうか。ギターとベースとドラムもそれぞれ全部置いてかれないぞ言わんばかりにそこにある事を知らせている。曲はぐんぐん進んで最後まで走り抜けて、去り際の潔さは「あれれ?置いていかれた、の?」と気づけないほどで、もはや快い。でも気づくと音がない事に置き去りにされたような気持ちになってまた何度も繰り返し再生してしまう。これまだやるの?遊びだってと自分に言い訳しながらまだ繰り返す。完全に罠。一度聞いたら最後。ここはしょうもな地獄。地獄に落ちたリスナーで溢れ返ってることでしょう。仲良くして下さい。馬鹿で始まってあんたにお前にてめーにクソ。オンパレードもオンパレードね。でもね、飾りつけてない汚いと言われるような言葉のほうが度直球で安心するし、信じられることもあるんだ、私たちは。本当にそれが本質か?大事なものは見えてるか?しょうもない、どうしようもないね。神様どうにかしてくれ。はっきりとクリープハイプの曲だと言えます。

・一生に一度愛してるよ
【それなら一体どうしたらいいのよなんて】
歌詞は言うまでもなく最高です。バンドとの関係と恋人の関係のぶきっちょな部分を軽快に皮肉に2分48秒で歌い上げて代弁してくれている。それはもちろんなのだけどリズムが楽しいから歌いたくなるのがこの曲の好きなところです。「つまんないな」「いつもいつもいつもいつもファーストばかり聞いてる」「寂しいな」「1番じゃないんだね」「ずっと同じがいいから」「減らしたくない」「と思ってたよ」尾崎世界観歌い方クセ詰め合わせ。こちとらのテンションを上げる材料がふんだんに盛られていて、いけいけ!もっとやれ!ってヤジおばさんみたいな心になるからやめてほしい。ところどころにファン精神をくすぐる様な遊び心も入れちゃってますよ?どうですか?ってもう、とことんやってるじゃん。ずっとクリープハイプを見ているファンを大切にしたいという思いをこんな形でも伝えてくれるなんて。ファンは飛び上がらずにはいられないよ、そんなん。終始堪らないんです。大好きです。

・ニガツノナミダ
【葛藤言語化の申し子】
「ここはどこ」の後のメロディに入ると体の揺れを止められなくなります。危険です。めちゃめちゃかっこいい。こちらがクリープハイプや〜ってなっていたら次の歌い出しへの繋がる連結部分がこれまた圧巻。ため息混じりの「安心だ」は「安心だ?」かもしれない。「ここはどこ」から「ここはここ」の間で語られる意思と反する思い、言い聞かせながらも迷いを叫ぶ。改めて思う、どの曲も歌詞がこっちの本質にずかずかと素手で触れてくる。尾崎さんは自分、他者、それから他者から見た自分、この距離感と埋まらない隙間の葛藤を伝える申し子かよ。本来恥ずかしい部分というか、かっこつけたい部分じゃろ?ここまで言葉にしてくれる人は他にいない、というよりここまで言葉や曲にできる人は他にいない。ありがたや。同じ時代に生まれて良かった。ああ、よかった。脱線脱線。そもそもライナーノーツよく分からないままここまで書き進んで来たのだから脱線もなにもないか。一回もレール走ってないかもしれないんだからさ。さあ戻ろう。
ノリノリのユキチカさんがギターを弾く姿が頭に浮かぶのは私だけではないと思います。早くライブで聴きたい一曲です。

・ナイトオンザプラネット
【愛とヘイトバイト明日もう休もう二人で一緒にいたい】
この曲は何も書きたくないな。もう初めて聞いた時の事なんて思い出せないくらい何度も何度も聞いて、その都度思いを上塗りしてきた。
イントロから聞いたことない音。絞り出すとしたらトーマスのオープニングでしか聞いたことないようなふにゃふにゃした音。あー、好き。感じとれる切なさにすぐにぎゅっと心を掴まれてしまいました。このイントロのお布団に包まれたい〜。後半に入ってくるピアノが物凄く洒落ていて程よくてとても映えている。深夜を回ったタクシーが街を走る情景が浮かびます。映画ナイトオンザプラネットを彷彿とさせる雰囲気作りが絶妙すぎる。夜にしがみついて、朝で溶かしてがどういう意味なのか説明しろと言われたら難しいのだけど、この音楽が間違いなくその言葉そのものだという事は分かる。夜にしがみついて、朝で溶かしてがそのまま音になっている。何度もでてくる「何か」という言葉。その何かはそれ以上でも以下でもない、何かでしかない何か。その何かがあまりにもしっくりときて沁みました。初めて聞いた時はナイトオンザプラネット、ジャームッシュ、ウィノナライダー大好きな映画がクリープハイプの歌に出てきた!やばい!嬉しい!に引っ張られた記憶があります。今はこの曲のメロディも歌詞も全部が好きで愛おしくて、一つずつ頷きながら確かめ合いたい。話し出したらきりがないけど、言葉にできない良さって面でも題名になっているナイトオンザプラネットという映画に抱く印象と同じだと思います。ねぇ、どうしよう、言葉にできない良さっていう言葉が薄すぎて、勿体なさすぎて、言ってみたものの嫌悪感を抱くや。やっちまった。あの頃とにかく夢中で自分の全てだったはずのものが、今の自分にはほとんど残ってないと気づく瞬間があります。それは未練とか嫉妬とかとはかけ離れていて、ちょっと思い出しただけと呟くくらいがちょうどいい。でも今がいつかちょっと思い出しただけって瞬間になるのかと思うと寂しくなったりもします。それらが少なからず世界が回っていることを教えてくれている。このまま時間が止まれば良いのになって思う瞬間を何度も何度も重ねながらちょっとずつ忘れたり思い出したりしながら大人になっていく、それでいいんだ、そういうもんなんだと肯定してくれているようなこの曲が好きです。今この曲と出会えた事が嬉しいです。これからもたくさんお世話になります。

・しらす
【遺伝子レベルで喜んでいる】始まりから日本昔話でも語られるかのような空気を醸し出している。カオナシさんと尾崎さんのコントラストが絶妙でクセになる一曲にまとまっている。物語を読み進めるかのごとく、放たれてゆく言葉に、幼き頃祖母が先代から継いで聞かせてくれたあの詩を思い出したりした。この感じ、ずっと昔の遺伝子の頃から体にすり込まれてきたと思えば納得。そうか、だからか、前から知っていたかのようなそんなこの心地よさは。逆らえるわけもなく遺伝子大喜び。いただきます。ごちそうさま。の持つ言葉の意味を、そこにある幸せに感謝する事の大切さを、一緒に見つめ直そうよと伝えているかのように思いました。感謝することを忘れたくない、命あるものとして、人としてこうありたいという願いもあるのだろう。なんだろう、大切なことは言葉にして伝えたくなります。それがあまりにも景色になってしまっていることだとしても、景色になってしまっている事だからこそ。生きる者としての気づきに出会えます。聞いているとおばあちゃんと話しているかのような気持ちになって、すっと背筋がのびる。大事な事をすっと届けてくれる不思議な曲です。

・なんか出てきちゃってる
【ゆるんじゃったけど締めたくもない】
なんか出てきちゃってるものを偶然ねじがゆるんじゃってで覆って見繕っている、そんな雰囲気。曲調が異様な空気を匂わせていてかっこいい。途中の曲調が変わるところでも垣間見えるおどろおどろしさが魅力的で惹きつけられる。見ちゃいけないものを見ているかのようなそんな気持ちにさせられました。見ちゃいけないものって何?見ちゃいけないものを見たいと思う欲求もその見ちゃいけないものの一つかもしれないですね。本当は出てこないでほしいけど、出したい、でも先導していくのは怖いよ、ねぇどうする?心の底のどろどろしたものを掻き出されるかのような、そんなメロディがとても印象に残る曲です。

・キケンナアソビ
【嘘だよは嘘じゃなくて本当だよ】
題名にぴったりな曲。澄ましていて、セクシーで、冷めた眼差しがこっちに向かっている音。それは自身が揺らがないように己に向けた視線のようで苦しくなる。「って嘘だよ。」が嘘じゃないのを物語っているし「夜を越えて」が生々しい。夜を越えての上がったり下がったりする不安定さに、夜にしがみついてとの対比を感じました。ゆらゆらするギターの音も、隠しきれてない心の揺らぎともとれる。キケンナアソビの馬鹿みたいで夢みたいなあたしの滑稽な描写を表しているかのように思えるから凄い。よい子って言葉が、良い子ちゃんだねって使う時のそれで、つまり皮肉で、ここの夕焼け小焼けのチャイムが鳴ってからの横揺れのメロディーに沿って酔っ払っているかのようなリズムに合っていて好きです。

・モノマネ
【それがモノマネだった事さえ気付かなかった物真似】
まず入りが好きです。(でもちょっと、まて。クリープハイプの入り全部好きだな。私もう既に信者だからなのかなんなのか。まあいいや。)「違うところに怒る不幸せ違う気持ちを許す幸せから何も知らないあたしはただ笑ってた」までの一連が悲しいことに気付いてしまう気持ちが膨らんでいくのと、バンドの音楽が盛り上がっていくのが並行しているのがとても皮肉に感じるのはわたしだけでしょうか?クリープハイプの醍醐味?ここを歌い出す前のメロディーが過去を想像させる回想を唆すもので後半をより切なく盛り上げているようなそんな、好きな箇所です。それから「ひょっとしたらひょっとした」の歌い方がとても好きな聞き惚れポイントで、でもこれ私だけじゃないはずなので記しておきます。もう過去にしたんだ、するんだって意思を感じるギターのジャンで潔く終わるさっぱりした最後。あの時、心は近くだって思いたくておそろいだったキーホルダーどこいった?笑 くらいの結構前の話なのでしょう。モノマネはモノマネに過ぎないって事なんでしょう。物真似、お断りです!

・幽霊失格
【どっか行ってくれ、やっぱり行かないで、やっぱ行って】
掴みの良いメロディとキラキラした音と幽霊の例えで未練ったらしい思いが美しくまとまっている曲。蓋を開けたら未練未練未練!幽霊作り出しちゃってるもん。最後には成仏して消えるくらいならいつまでも恨んでいてなんて。私にもそういう身勝手が心のどこかにいつも住み着いていることに気付かされてハッとしてゾッとしました。最後まで君のせいにしてしまう。消せない連絡先、過去のやりとり、たまに思い出して検索かけるSNS。もう幽霊どっか行ってくれ。
すっと入ってくるメロディーラインに色々なストーリーを連想させる歌詞の深みがありすぎる。歳を重ねてまたこの曲を聞いたら今と違った受け取り方をするかもしれないと思いました。

・こんなに悲しいのに腹が鳴る
【上手く伝えられない生きにくさを音楽という身近なものにしてくれた】
エンディングですね。このアルバムが終わってしまうと思うと寂しい。この曲で3ヶ月間ずっと楽しみに待っていた15曲を全部聞き終えてしまう。そう思うと聞き進めたくないなと思いつつも再生します。始まる瞬間はヒップホップぽい音で始まったもんだから、何がくるんだろうと思ったのですが、最初に聞いた時からこのアルバムの最後に相応しいクリープハイプの音楽だ!ってなりました。最後の曲ですよと伝えるイントロに聞き入ってしまったのは言うまでもありません。このメロディに乗っかる歌詞一つ一つが普段私が持ってる気持ちを曝け出されてるかのようで恥ずかしくなるほど共感して結局泣いてしまいました。悔しい。腹が減るっていうのは生きたいって事だろう。それは分かる。でもそんな体の生理現象に気づかされる、それがまた悔しい。思うようにいかないもどかしさを、私たちの葛藤をこれでもかってほどに形にして身近なものにしてくれているように感じます。葛藤の波にのまれてしまった日にはとてつもない孤独を感じるけれど、自分だけじゃないって思えるだけで救われるのは私だけじゃないはずです。生きたい生きたい死ぬほど生きたいと最後の歌詞。アウトロがフェードアウトしていくところまでもが全部がずるいです。終わってしまった寂寥感と遠くで鳴り続いているような安堵を同時に得るはめになる厄介な音楽。夜にしがみついて、朝で溶かして。これだけ聞いて、少し理解出来たような、でも分かりきれることがないんだろうなって思うこのアルバムの題が私は好きです。今日もクリープハイプを好きな事を誇りに思います。

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