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さくらももこ先生のこと

こんな日が来ることも、こんな気持ちになることも、ちっとも想像していなかった。

さくらももこ先生がいない世界に生きるかなしさ。ちびまる子ちゃんで育ち、もものかんづめでエッセイの楽しさを知り、幕の内弁当でサブカルを知り…いろんなことをたくさん教えてもらったし、たくさん笑わせてもらった。

遠い遠い雲の上の人でありながら、面白い近所のおねえさんだった。多くのりぼんっ子に「漫画を職業にする」ことを意識させてくれた人だった。結婚しても、夫の前でサルの真似をしながらオナラしてもいいんだ!って教えてくれた。女だからこうしなきゃ、みたいなことを何ひとつ描かないことで、しなくてもいい、と気付かせてくれた。

こんなこともあんなことも…とどんどん書いていきたくなっちゃうけど、そうしたら「私、さくら先生のことだれよりもわかってるんだもんね!」ってマウンティングモードに突入してしまいそうなので、このへんにしておこうと思う。

それに私は実際、だれよりもわかってる、と豪語できるほどではない。まだ読んでいない著書もけっこうある。1冊も取りこぼさずに全作品を網羅している読者さんは何十万人もいるだろう。その方たちのかなしみの深さはいかばかりだろうかと思う。

だれからも知られている存在でありながら、ものすごく熱心なファンもたくさん持っていて、そのどちらも飽きさせることがまったくない無限の魅力と創作意欲を持っていた、とてつもなく偉大な漫画家さんだったと思う。

さくらももこ先生のご冥福をお祈り申し上げます。ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。

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そんなわけで、まだ呆然とした気持ちのまま暮らしている。Twitterでは思い出深い漫画の画像や、さくら先生の有名なエピソードなどが流れてくる。こんなこと今までなかったから、ちょっと慣れない。でも少しずつ、それもおさまっていくのだろう。こういった現象をまとめて、よいとかわるいとか仕分けすることはできない。ただ、今はそういう時期なんだなと思って眺めている。

でもひとつだけ、気になったことがあった。さくら先生と、ほかの漫画家を比べて、片方はこうで片方はこうだ…と論じるような向きについてだ(そういった文章を何度か見かけた)。

漫画家どうしを比較して語ることは、商店街に店を構えているお弁当屋さんとインドカレー屋さんを比較して分析するのと同じくらい、意味のないことだと思う。

だって、漫画家はそれぞれ考えていることも見ているものも目指すところもちがうのだから。

比較分析というのはするのも楽しいし読むのも興味深い、なんというか「やみつきスナック」みたいなものだと思う。

でも比較論にしなくても、それぞれの作品を読めばそれぞれの違いがわかるし、そのオリジナルの才能からたくさんのものを受け取ることができる。

漫画はそんなふうにして楽しんでもらえたらいいな、と漫画家としては思っています。

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そういえば私は、清水市に行ったことがない。…と書いてふとググったら、今は清水市じゃなくて清水区なんですね。ちびまる子ちゃんと言えば清水市…と思って育ったので、今ちょっとさらなる喪失感がやってきてしまっています。

さくら先生を育んだ、気候がよくてお茶がおいしくて富士山が見える清水(区)に、いつか行ってみたいなと思う。

ちなみに子供の頃は、「私もこんな寒くて霧がすごい釧路じゃなくて清水で暮せばもう少し楽天的な人間になれるのではないか」と思っていました。行ってみてすごく楽天的になれたら、やっぱりそうだったか〜なんて納得しちゃうだろうな。

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