見出し画像

やさしみ緊縛 を はじめた理由

きのうから突然、

画像1

こんな写真や

画像2

こんな写真をTwitterにアップするようになり、どうしたんだこの人はと思っている方もいらっしゃることでしょう。特になんとも思ってない方はわかっていらっしゃる。急になにかを始めるのは私の平常運転です。

縛るほうも縛られるほうも知人がやっていたので、20代の頃はイベントとかで見ることもあったし、どちらかというと緊縛は身近な存在でした。

でもずっと、縛るほうも縛られるほうも、自分でやってみようと思うことはなかったのです。なんでかっていうと、緊縛って女の人を縛ることが多いから。女の人って、縄を使わなくてもふだんからめちゃめちゃ縛られてるから(そのあたりはフェミニズムのお話になりますね)。もちろん縛られた女体を見ると美しいと思うけど、その姿を自分で作り出そうと思える動機が自分の中には無かったのです。

かといって、自分が男の人を縛るっていうのも、しっくりこない。緊縛は1対1でも成立するけれど、やっぱり第三者のまなざしも必要な要素だと思うんですよね。女性が男性を緊縛して、それを女性たちが見て楽しむイベントがあったら素敵だと思うけど(すでによくあるものなのかもしれない、そのあたりは詳しくない)、男性の緊縛ってこんなふうに楽しめるねってコンセンサスが多数間で持てる気がまだしない。つまり女性が男性に嗜虐的なまなざしを向けることが多数に受け入れられる時代に達していない、ということです。(逆に言うとその時代が来たら「おっ、やるか」という気持ちがわくかもしれないけれど、パイオニアになるほどのパッションや確信は持ち合わせていない)

そんなこんなで縄に触れることなく四十路を迎えた今日この頃、インスタでアート系の写真をいろいろ見ていたらropeartというタグに行き着いたのです。

ropeartの意味はそのままロープを使ったアート。ロープを編んだり結んだりして作られた作品ならropeartと言えるでしょう。そのタグでは、ロープ作品と緊縛の写真が混ざり合っている状態でした。そして海外勢の緊縛の多いこと!KINBAKUが世界で愛されていることがよくわかりました。

私が面白く感じたのは、KINBAKU勢の自由さです。まず明るい。日本の古典的な緊縛の要素である、日本家屋の薄暗さや湿っぽさだったり、責め苦の厳しさを感じさせる表情だったり、恥じらいだったりがマストではない(日本でも現代的な緊縛はそのあたり自由ですね)。縄に限らず、紐状のものならなんでも使う。縄の色も多種多様で、蛍光色なんか使っちゃってる。そして時には人間だけじゃなくて、ものも縛る。椅子とか瓶とか。

そう、ものも縛る。

あ、人間じゃなくていいんだ。

そりゃそうだよな。

ものを縛ってる写真は以前から見たことがありました。キッコーマンの醤油さしを亀甲縛りしたり、ぬいぐるみを縛ったりは昔からよくあることです。

でも、海外KINBAKU勢の自由っぷりを見ていると、「ものを縛る」だけでももっと広げられるんじゃないかな、という気がしてきたのです。

てか、ものを縛ったら楽しいのかな。わからんな。とりあえずなんか縛ってみるか。

YouTubeで検索したら簡単に亀甲縛り解説動画が出てきたのでそれを見て、なんとなくわかったのでさっそくとりあえずそのへんにあったピンクのくまのぬいぐるみを縛ってみました。

あまりきつくやったら、よくないよな。

どこで縄をクロスさせれば、バランスがいいだろう。

ぬいぐるみのラインを活かしたほうがいいな。魅力を損なわないようにしないとな。

20分ほどのお試しでしたが、私はひとつの確信を得ました。

これは対話だと。

縄を繰る時、私はやさしくならざるを得ませんでした。この「もの」を美しくみせる、という目的のもとに縄をかける時、私は圧倒的な強者でした。ものは、ものを言いません。すべては私の思うままです。だけど、どうしてか、好きなようになんてできないのです。乱暴になるという選択肢がそこには存在しないのです。

続いて食品サンプルの寿司を縛ってみました。くまみたいに顔はついてないけど、私はやはりやさしくならざるを得ませんでした。寿司がよろこぶように縄をかけたい。だれに教わることもなく、私はそう思うのでした。

そして緊縛状態になったくまと寿司を見ていると、「これでいい」という気持ちが静かにわいてくるのでした。縄をかける時、生物と非生物の関係でありながら、私はそれらとたしかに対話をしたのです。

画像3

こうして縛られた「もの」を見た時、あなたは何を感じるでしょう。

かわいそう、と思う人は多いかもしれません。

くまはかわいそうだけど、寿司はかわいそうではない、と思う人もけっこういるんじゃないかと思います。

寿司はかわいそうだけど、くまはかわいそうじゃない、という人もいるかもしれませんね。

今度は石を縛りたいのですが、石もかわいそうと思われるでしょうか。

そうやって、縛られたいろんな「もの」を見た時に胸に迫る感情をたしかめていくことで、あなたが持つやさしさの形が見えてくるのだとしたら、

それって面白いなと私は思うのです。

そんなことから、私はこの緊縛を「やさしみ緊縛」と名付けました。

やさしく縛ることや、縛られたものたちをまなざすことで、自分のやさしみが見えてくる。痛みを感じる心の動きに、より自覚的になれる。

…ということがはっきりわかるように、これからいろんなものを縛っていけたらいいなと思います。

やさしくなれないことが多い日々の小休止に、緊縛はいかがですか。どうしてもやさしくならざるを得ないささやかな時間が、ここにありますよ。

画像4

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

いただいたサポートは、お花を買ったり珈琲を飲んだりマッサージに行ったりなど、これからも書く自分でいられるようなことに使いたいと思います。

穴子の一本握りお待ちッ!25cmの大物だよッ!
73
漫画を描いたりエッセイ書いたり。noteでは『毎日、いい気分。自分の機嫌を自分でとるためのカンタンTips』「ショッキング・ブルーデイ』販売中。

こちらでもピックアップされています

気まま丼
気まま丼
  • 26本

気ままに書いたnoteはこちらにまとめておきます。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。