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book review

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これまでいろんなところで書き散らしてきた書評記事のアーカイブです。選書や読書の参考にしていただければ幸いです。
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記事一覧

21世紀の少女に訪れる「奇跡」――阿部和重『ミステリアスセッティング』(朝日新聞社、2006年)評

 実在する虚構の街「東根市神町」を舞台にした長編傑作『シンセミア』の続編が待たれる阿部だが、そのための準備作業の一環として書かれたのが本書だという。携帯電話配信の連載小説を一冊にまとめたものである。  物語は、ある奇妙な公園を遊び場に集う子どもたちに正体不明の老人が語り聞かせる「かつて実際にあった出来事」という形式で開示される。その主な舞台は2011年(同時多発テロ事件の10年後!)の東京。主人公は東北地方出身の19歳の少女シオリ。故郷の街での出来事と、上京後の東京での出来

オウムとの暗い連続性暴く――吉田司『新宗教の精神構造』(角川書店、2003年)評

 サリン事件から8年、オウム真理教(アーレフに改称)とその土壌としての新宗教ブームに対する冷静な考察や批評がようやく姿を現すようになってきた。山形市出身のノンフィクション作家による本書も、そうした成果の一つだ。事件後、オウムをわれわれ「普通の日本人」の敵として市民社会に対峙(たいじ)させ、我々の正義と彼らの邪悪との深い断絶を強調するたぐいの言説が一般的だ。だがオウムもわれわれ同様、日本社会が生みはぐくんだ存在。決して他者ではない。こうした視点のもと本書は、われわれとオウムとの

サリン事件の謎 つぶさに――森達也『A3』(集英社インターナショナル、2010年)評

 世界中を震撼させた地下鉄サリン事件から15年。事件を引き起こしたオウム真理教の目的、教団捜査の最中に起きた幹部信者刺殺事件や警察庁長官狙撃事件の真相など、膨大な謎の解明が期待されたオウム裁判であったが、結局のところ、それらは審理を通じて明らかにされることのないまま、異例の早さで結審を迎える。かくして、一連の事件の首謀者とされた教団の元教祖・麻原彰晃に対する死刑判決が、昨年9月15日に確定した。  本書は、事件後のオウム教団(アーレフに改称)の等身大の姿を被写体としたドキュ

過疎地の姿を優しい視線で――梶井照陰『限界集落』(フォイル、2008年)評

限界集落とは、65歳以上の高齢者が集落人口の過半数となり、独居老人世帯が増加し、このため集落の共同体としての機能が低下し、社会的な共同生活の維持が困難な状態にある集落をさす。国土交通省の調査によれば、全国で7,873もの限界集落が存在し、そのうちの422集落が今後10年以内に消滅する恐れがあるという。 本書は、佐渡ヶ島在住の僧侶にして写真家でもある著者が、全国各地の過疎の村をめぐり、そこに暮らす人びとの姿を優しく切り取った、フォト・ルポルタージュである。そこには、本県西川

各地のユニーク例豊富に――青木辰司『転換するグリーン・ツーリズム:広域連携と自立をめざして』(学芸出版社、2010年)評

80年代以降、環境破壊や行き過ぎた商業化など、マス・ツーリズムの弊害が世界的に問題視されるようになり、それへの反省から、オルタナティヴ・ツーリズム(大衆観光に代わる新しい観光)への期待が増した。その流れを受け、92年に日本で提起されたのがグリーン・ツーリズムである。 グリーン・ツーリズムとは、都市の人びとが農村に滞在しつつ行う余暇活動のこと。目的は、都市と農村の対等かつ持続的な交流とそれを通じた地域づくりにある。当初、輸入概念の有効性にさまざまな疑問がもたれたグリーン・ツー

住民主体の地域再生現場――結城登美雄『地元学からの出発:この土地を生きた人びとの声に耳を傾ける』(農文協、2009年)評

著者は、「東北むら歩きの旅」と称し、長年にわたって中山間地の農林漁村約600箇所を聞き書きして回ってきたという大江町出身の民俗研究家。本書は、そんな著者の、この10年間における全国各地の地域再生の現場をめぐる旅の記録である。宮城県旧鳴子町「鳴子の米プロジェクト」や本県真室川町「食の文化祭/食べ事会/うつわの会」、金山町「谷口がっこそば」など、東北を中心に、全国各地の地域再生の事例が豊富に扱われている。 本書の事例は、一般には「地域づくり」として知られているものである。その

恋愛や社会、地方からの視点―― 安彦麻理絵・大久保ニュー・魚喃キリコ『東京の男の子』(太田出版、2008年)評

20~30代のサブカルチャー好きな女性たちを主な読者とする「女流」漫画家、安彦麻理絵(新庄出身)、大久保ニュー、魚喃キリコによる本音トーク。それぞれの描きおろし漫画も収録されている。「女の子」にとっての恋愛や社会をクールかつシニカルに描く作風が特徴の三人だが、彼女らに共通するのは、地方から「東京」を見る視点。地方出身者にとって「東京」とは、というのが本書のテーマだ。 トークの中身は、友人でもある三人がどこで成育し、どういう経緯で上京し、どのような過程を経て現在に至るのかとい

なぜそれを欲してしまうか――櫻井義秀『霊と金:スピリチュアル・ビジネスの構造』(新潮新書、2009年)評

近年、頻繁に目にとまるようになった「スピリチュアル」という言葉。もとは宗教学や精神保健の概念「スピリチュアリティ(霊性)」――諸宗教に共通の人知を超えた大いなるものへの畏敬の感覚、あるいは人びとの生を充実させるのに必要な価値観――に由来するそれは、しかしながら、従来の用法や領域を越えて、幅広く用いられるようになってきた。 その象徴的存在が「テレビ霊能者」である細木数子や江原啓之だが、二人を頂点とするピラミッドの裾野には、ヒーリングや占い、各種セラピー、チャネリング、気功、浄

「小さな物語」を使いこなす――鈴木淳史『占いの力』(洋泉社新書y、2004年)評

テレビ番組や雑誌など各種メディアにごく当たり前に登場する「占い」。私たちが日常の中で何気なく接している「占い」の社会的な意味や機能を易しく解き明かし、それらとの上手なつき合いかたを考察したのが、本書である。クラシック批評、2ちゃんねる批評に続く三部作の完結篇だ。ちなみにこの著者、寒河江市の出身である。 「占い」を語ろうとすると、私たちはつい「信じるか/信じないか」という紋切り型の思考に陥ってしまいがちだ。曖昧さを許さないこの二者択一を著者は慎重に避け、そうした思考が取りこぼ

「現代アート」をどう読むか?――アメリア・アレナス[福のり子訳]『なぜ、これがアートなの?』 (淡交社、1998年)評

わけのわからないもの、難解でどう見たらよいかが自明でない――そんなイメージに覆われ、謎めいたジャンルとして了解されている「現代アート」。近年はそれが、美術館という囲いを超え出て地域や社会に氾濫するようになったこともあり、従来以上に多くの人の目にとまるようになり、上記の困惑が大衆化されるようになってきた。 人びとのそうしたニーズに対し、「いやいや、アートとは作品と鑑賞者のあいだに成立するものだから、自由に観ていいんですよ。あなたはどう観ましたか」といったアプローチも可能だが、

どうしてこんなに疲れるの?――ビョンチョル・ハン[横山陸訳]『疲労社会』(花伝社、2021年)評

ある日いつもの書店で、『疲労社会』、そして『透明社会』(守博紀訳、花伝社、2021年)というシンプルだが聞き覚えのない語彙の冠された、厚くない二冊セットの本が並んで棚にあるのを見つけた。著者名からコリアンの書き手であることはわかったが、聞き覚えのない名前、ということでチラ見してすぐ棚に戻した。後日、後者の訳者解説を読んでようやくわかったが、著者はドイツ在住コリアンの哲学者(1959年生まれ)で、ハイデガー研究を軸に27冊の単著をもつ非常に多産な著作家だが、邦訳が出たのはこれが

天下りの資金源を可視化――北沢栄『官僚利権 国民には知らされない霞が関の裏帳簿』(実業之日本社、2010年)評

著者は本紙夕刊「思考の現場から」でもおなじみのジャーナリスト。『公益法人 隠された官の聖域』『官僚社会主義 日本を食い物にする自己増殖システム』『静かな暴走 独立行政法人』等の著書がある。現代日本官僚制の実態を、市民目線から丁寧に記述してきた著者が、前著『亡国予算』に続き、官僚利権の根源を成す「特別会計」の闇を暴く。 特別会計とは、国の基本的経費を賄う一般会計とは別に設けられ、特別の必要(例えば、道路・空港整備、年金管理、財政投融資など)によって区分経理され、所管府省庁によ

「財布」に関する骨太の哲学――北沢栄『亡国予算 闇に消えた「特別会計」』(実業之日本社、2009年)評

著者は、本紙文化欄「思考の現場から」でもおなじみのジャーナリスト。『公益法人 隠された官の聖域』『官僚社会主義 日本を食い物にする自己増殖システム』『静かな暴走 独立行政法人』等の著書がある。現代日本の官僚制が抱える諸問題やそれに対する官製「改革」の実情について、市民目線から丁寧に追いかけ記述してきた著者が、今回新たに挑んだ対象が「特別会計」である。 特別会計とは、外交や防衛、教育など国の基本的経費を賄う一般会計とは別に設けられ、特別の必要(例えば、道路・空港整備、年金管理

現状と、背後にある官の構造――北沢栄『静かな暴走 独立行政法人』(日本評論社、2005年)評

行政改革の新手法として、2001年度に導入された独立行政法人制度(以下「独法」と略記)。その数は、05年11月現在、二百法人を超える。とはいえ、「改革の有効打」として導入されながら、いまだその実態については不明なままだ。本書は、そうした不透明な独法の現状とその背後にある官支配の構造とに関する、おそらくは本邦初の、貴重な体系的記述である。 著者いわく、国家事業の独法化の波は三つ。第一が研究所や博物館、第二が特殊法人や認可法人、そして第三が国立大学や国立病院の独法化だ。今後は第