① 9回裏 1-3 ワンアウト一、二、塁
地区予選大会決勝。相手チーム南園学園は140kmの速球と125kmのスライダーを誇るサウスポーのエースピッチャー野村。
俺たち大友商業の3番セカンド北川は手堅くまずは得点圏に同点ランナーを進めて4番安藤、5番のオレ久富に回そうと送りバントの構え、そこに野村の高速スライダーが右バッター内角に食い込む。ガッと鈍い音がして、バントの打球は転がらず三塁側に変な回転の飛球が少しだけ上がる。野村がノーバンで拾おうと、マウンドを猛ダッシュで駆け下りて来る。
二塁ランナーは三塁に猛ダッシュする。一塁ランナーはノーバンで捕られたらゲッツーで試合終了になると考え迷ったが「捕られたら二塁ランナーは飛び出してるし、どっちにしてもゲッツー」と思い遅れて二塁に走る。ピッチャー野村は打球に走るが寸前でノーバン捕球は間に合わず、瞬間、迷ったが何とフォースアウトを狙い三塁に豪速球を送球。間一髪アウト!ツーアウトだ。
三塁手はすかさず、アウトに出来れば試合終了と、走塁が遅れている一塁ランナーが向かう二塁に猛然と送球。アウトのタイミング!一塁ランナーは二塁にヘッドスライディング。土煙りが上がる。
「終わったか、、、」とその時、ボールが二塁に入ったセカンドのグラブから溢れた。
「セーフ!」と大きな声が響く。
送りバントは失敗したが、辛うじて試合は続く。
9回裏 1-3 ツーアウト 一、二塁
バッターは4番こちらもサウスポーの安藤が左打席に入る。地区大会首位打者の安藤はこの試合まで4割を超える打率だったが、相手エース左投手の野村に押さえ込まれてノーヒット、三打席とも詰まった内野ゴロ。普段は明るく人気者の安藤の表情は野村の前にやや硬く見える。
一方、左ピッチャーが好きなオレは野村からセンター前ヒット、レフト前ヒット、そして、7回に今日の大友商業、唯一の得点をソロホームランで叩き出してる。
「フォアボールでもデッドボールでもいいから、オレに回してくれ」満塁になれば、ツーアウトだから、ランナーは全員思い切り走れる。
ヒットでも同点に出来るだろう。
1球目 内角速球を引っ張った安藤の打球は又、詰まって一塁側に転がる!観客席から悲鳴と歓声が同時に響く。
「ファール!」主審の声。
2球目 サウスポー野村の切れ味鋭いスライダーが外角を襲う。安藤、空振り!
ノーボール、ツーストライク。
あと、一球で試合終了か。
3球目 更に外に少しはずしたボール球のスライダーに泳いだ安藤が手を出す!ポップフライが三塁側に上がる。さっき猛然と二塁に投げた相手、ハードがファールグラウンドに走る、走る、レフトも走って来る。再び耳をつんざく歓声と悲鳴。
「落としてくれ、、、、」
ファールグラウンドから観客席ギリギリ打球が飛ぶ。
入った。
観客席に入った。
「ファール!」
「タイミングが全く合ってない。」オレは呟いた。
「安藤!最後だ!悔いなく思い切って振り切れ!」オレは叫んだ。
安藤はこっちを向いて、日焼けした顔、切れ長の目で少し、はにかむように微笑んだ。あれ?こいつ硬くなって無いのか?
4球目 またタイミングが合わない高速スライダーだ!安藤が右足をグッと踏み込んだ。泳いで無い。すくい上げた。
パキーン!と甲高い打球音が球場に響いて左中間の深いところににボールが飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。
観客もピッチャー野村も安藤もオレもベンチの選手も審判も白球の飛ぶ夏空を見上げる。一塁ランナーも二塁ランナーも見上げながらも走る、走る、走る。
「行っけ〜!!!」とオレは叫んだ。
と、センターが手をあげた。
打球が青空から落ちて来る。
悲鳴と歓声がこだまする。
安藤は一塁に走りながら、また、微笑んだ気がした。
安藤が右腕を突き上げている。
入った。
観客席に入った。
ホームランだ。
アレ?スリーランホームランだ?
あれ?という事は?
4-3の
サヨナラだ!!!
時が止まったような球場のベースを安藤がゆっくりと回っていく。ピッチャー野村は膝を折った。
ニコニコ笑った安藤がホームベースに着く頃、オレたちはみんな安藤の笑顔を揉みくちゃにすべく、ホームベース上に集まり、抱き合って、待っていた。
「ゲームセット!」
「いいとこ、取りやがって!」とオレは叫んだが、果たして、ツーアウト満塁になってオレなら本当に結果が出せたのか???
そんな事は今は良い。
とにかくサイコーだ。
この日、オレと北川や安藤や野球部の仲間はサイコーに喜んでいた。
(②定食屋「イカ天」に続く)
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