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④ スナック「たまにグチ」

長男が生まれた。
大樹と書いて「たいじゅ」と読む。
久富大樹、ひさとみ たいじゅ、いい名前だ。

久富美貴となった美貴は「ひさとみみき、って言いにくいんだよねw。普段は田口美貴で良いよね?」とグチっていた。

長男の誕生はサイコーだつたが、部品メーカーの仕事はドンドン忙しくなるし、美貴は大樹の世話で大変だった。美貴は自分の母親のやってるスナック「たまにグチ」に昼間、大樹を連れて行き、母親と一緒に面倒見てた。昼間のスナックは静かだし、母親も居るし、ソファに大樹の寝場所を作り、美貴もそこにぶっ倒れて寝てたりした。

オレは部品メーカーの仕事で毎日、夜8時頃まで仕事場に居ることが多かった。帰りに美貴と大樹を迎えにスナックに寄り、簡単に食べて家に一緒に帰って寝るみたいな生活になってた。

会社は古い体質で会議で物流担当になったオレが「現在メインの運送会社として取引のある中田運輸は長いお付き合いですが、コストが高く、また、配送時間と、配送の正確性も、元は小口運送の取引から始まったカルガモ運送が上回っています。そこで半年間、カルガモ運送さんへの発注量を増やして、コスト、配送時間、正確性の検証を実施してはいかがですか?」と提案したところ、部長課長は顔を見合わして「いや〜、中田運輸は先代からのメインだから急には外せないよ。」と言う。「ですから半年間、いや三ヶ月間でもカルガモ運送のシェアを増やして検証をしたいと思っているだけです。それで効果が薄ければ元に戻しましょうよ」とオレ。
部長は「久富、お前カルガモ運送から何か貰ってんじゃないだろうな!」と恫喝。
オレは「ふざけないでください!逆に部長は中田運輸から貰ってるんですか!」と言ってしまった。
部長は「失礼だぞ!」と怒り、課長は「久富、部長に謝りなさい!」と言い出し、オレは嫌々「すみませんでした」と頭を下げたが、本当は悪いとは思ってなかった。先に失礼な事を言ったのは部長だろ。

その日、美貴と大樹を「たまにグチ」に迎えに行くと、大樹は大泣きしていた。見ると皮膚が赤くブツブツと腫れてる。
「どうしたの?これ?」
「ダニアレルギーみたいなのよ、ほら!」と美貴が自分の服の袖や裾を捲ると、そこも同じようなブツブツが。美貴のお母さんも「ほら!」と袖を捲るとブツブツが。
どうやらスナックのソファからみんな感染ったみたいだ。

とにかく、大樹と美貴を「たまにグチ」から連れて帰ったが、その日から大樹の夜泣きが酷くなり、寝不足になった上に、オレにもダニが顔にまで来てしまって、踏んだり蹴ったりだ。
スナックでお義母さんに子育てを手伝ってもらうのもこれで終わりだろう。

翌朝、殆ど寝られなかったオレは半休を取って大樹と美貴とお義母さんとオレもダニを診てもらいに病院に行った。

病院の廊下で久しぶりに安藤と安藤夫人となった樋口幸子に会った。
「どうしたの?」と樋口幸子が言う。
オレは「ほら!」と顔を指差して、美貴とお義母さんは袖を捲り「ほら!」と、そして、大樹は見れば分かる全身ダニのブツブツだ。
みんなで爆笑。泣く大樹。

「で、幸子たちは?」と美貴。
「う、うん」と幸子。
「あ?あれ?!幸子、おなか、大きい?!」と美貴が病院の廊下に響く素っ頓狂な声を上げる。看護師さんや患者さん、お見舞い客が幸子を見る。
「や、やめてよ」と幸子。
「何ヶ月?」と美貴。
「まだ4ヶ月」
オレは「安藤、幸子、おめでとう!」と安藤の肩を叩く。「あれ?安藤、おまえ顔色悪いな!嬉しくないのかぁ!」と軽口を叩くオレ。
安藤は「勿論、嬉しいよ」と。

美貴が「久富クン、実はね?」
「え?」
「ワタシもなの」
「え?」
「ワタシも4ヶ月!」と美貴。
「マジかー!なんで言わない!?」とオレ。
美貴は「安定期前だしね」と照れて言う。

今度は幸子と安藤が大きな声で「美貴ちゃん、久富、おめでとう!」「久富くん、美貴、おめでとう!」と。

美貴が「お互い安定期になったら、また、お祝いしよっか?」とまとめる。

久しぶりに4人でお祝い話になって、好きだった幸子が親友の安藤と結婚して本当に良かったと感じた瞬間だった。

その日の午後、会社に行くと「久富さん、部長が呼んでます。至急、話したいみたいですよ!」と言われ、すぐに部長に会いに行くと、
「久富くん、物流の改善の件だけどね。カルガモ運送を福山支店で試験的にメインに使ってみようと言う事になったんだよ。」
「ありがとうございます?」
部長は機嫌良い感じで「そこでだ。久富くん、君に福山支店に行って導入と検証をしてもらいたいんだよ!」
「は、はい。いつ出張ですか?」
「久富くん、出来れば来週、月曜日から。出張ではなく、福山支店に異動だよ。引き継ぎもしっかり頼むよ。」
「え?異動?実は、子どもが、、」
「久富くん、知ってるよ。お義母さんが奥さんの子育てを手伝ってるんだろ。」小さいムラ社会はこれだから困る。
「いや、そのそれだけではなく、、、」
「久富くん、不満なのか?せっかく君の提案を受けて素早い対応をしてるんだ!業務命令だ。月曜日から福山支店に異動だ。」
「そんな、、、」これは、ていの良い厄介払いだ。
「久富くん、社長から辞令が出てる。」
「わかりました、、、、、」

オレは、美貴と大樹と美貴のお腹の妊娠4ヶ月の子どもを置いて、翌週、異動した。

(⑤ ガールズバー「グッチ」に続く)

https://note.mu/takigawa/n/n03515897497f

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