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■第3回 理念があると縛られませんか? 変えてもいいのですか?

1 理念に縛られるはずがない

 シリーズ『武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」』も今回で第3回です。

 第1、2回でお話ししたホンネの疑問「理念経営って何がいいのですか?」への回答はいかがだったでしょうか。今回も私がよくいただくホンネの疑問「理念があると縛られませんか? 変えてもいいのですか?」についてお答えしたいと思います。

 「理念があると縛られませんか?」は、これまで特に明確な経営理念を掲げていなかった会社の社長や、会社を引き継いだものの、先代が掲げた経営理念には納得していない社長からいただくことの多い質問です。

 それでも「いい機会なので経営について自分の考え方をまとめておきたい」と相談されてご支援するのですが、社長の考え方を整理した時点で私は念のため質問します。「どうでしょう。これらを経営理念として掲げたとして、縛られた感じがしますか?」。

 返ってくる答えは「いえ、全然しません」。

 経営理念が経営者の考えや行動を縛るものであるなら、私も掲げるのはやめたほうがいいと考えます。

 そうでなくても変化の激しい時代に、経営には常識にとらわれない発想が求められています。経営理念の用意した枠組みが発想の広がりを邪魔するようであれば問題です。

 前職時代も含めると今の仕事を始めて約20年になりますが、当初にご支援した会社の社長にも時々質問しています。「あれから〇〇年になりますがその後どうでしょう。掲げた経営理念は〇〇さんの考えや行動を縛ったりしていませんか?」と。

 返ってくる答えは「いえ、全然」。縛られるのではないかと心配していた方も、「そんな心配は要らなかったですね」と照れ臭そうに振り返ります。

 なぜでしょう。先ほどの社長から返ってきた言葉「いえ、全然しません」の続きを聞けばすぐに分かります。

 「いえ、全然しません。だって、自分がどうしたいかをまとめたものですから」。そうなのです。本人が心の底からやりたいことをまとめて言葉にしたのであれば、縛られるはずがないのです。

 なんたって本人がこの会社を通して“一番やりたいこと、大切にしたいこと”なのですから。

 逆に言えば、本人が“一番やりたいこと、大切にしたいこと”だと確信が持てるレベルにまで答えを突き詰めておかないと、その後さまざまな環境変化、状況変化の中でブレていく可能性があります。

 その時点で掲げた経営理念は本人にとって“一番やりたいこと、大切にしたいこと”ではなくなり、縛られていると感じるようになるからです。


2 理念は変えてもいいが、そうそう変わらない

 「とはいえ時間がたてば人の考え方だって変わっていくものではないか」というご意見もあるでしょう。

 ですが、「使命と感じるほどの目的意識」や「仕事をする上でこれをはずしたら自分が自分でなくなってしまうと思える価値観」といったレベルなら、時間がたったからといって容易に変わるものでしょうか。

 1人の人間が、20歳くらいまでに築き上げた価値観はそうそう変わるものではありません。いえむしろ年を取れば取るほど人はどんどん頑固になって、ブレなくなっていくのです。

 私の経験からすると、本人が“一番やりたいこと、大切にしたいこと”だと確信が持てるレベルにまで突き詰めた経営理念が、10年やそこらで変わることはありません。だからこそトップの言葉を信じて従業員もついていくことができるのではないでしょうか。

 私は今の仕事を始めた当初にご支援した社長にやはり質問します。「あれから〇〇年になりますが、〇〇さんがこの会社を通して“一番やりたいこと、大切にしたいこと”は変わりましたか?」と。

 返ってくる答えは「いえ、ちっとも変わりません」。そして真面目に取り組んでこられた方ほど、「ただ、まだ十分にできているかどうかは分かりませんが」と謙遜しながら経てきた年月を振り返るのです。

 時間がたてば人の考え方も変わります。けれど、この会社を通して“一番やりたいこと、大切にしたいこと”といった根源的な部分においては、人間は容易には変わらないのです。


3 いつ見直すべきか? 常に見直す

 しかしながら「変わらない」のは結果です。「経営理念は変えてもいいのですか?」という質問に対する私の答えは「イエス」です。

 もしも掲げた経営理念に対して、経営者本人が自分の現在の思いとぴったりだという確信が持てなくなったら、直ちに見直すべきでしょう。

 では「本来経営理念はいつ見直すべきか?」と聞かれたら、私は「常に見直すべき」と答えます。

 そんなことをしていたら仕事にならないと思われるでしょうか。何も経営理念を整理してまとめたときのような作業を繰り返してくださいと言っているのではありません。それではおっしゃる通り本来やるべき仕事になりません。実現したかったことも実現できなくなってしまいます。

 「常に見直す」とは、社長をはじめ、幹部や管理職、一般社員、パートやアルバイトの人まで、一人ひとりが目の前の仕事をしながら、常にどこかで経営理念を意識しながら取り組むということです。

 「自分がやっていることは掲げる理念に反していないだろうか、理念実現の方向により向かっているだろうか」と考え、同時に「もとより今の理念は正しいのだろうか」と見直すことが大切なのです。

 常に見直すことで、「やはりこれでいいのだ」と確信が持てれば、もっと自信を持ってその実現に向かって努力することができます。逆に常に見直そうという気持ちが離れてしまったら、そもそも理念を実現しようとも思わなくなってしまいます。

 理念の共有浸透についてアドバイスを始めた当初、「経営理念は毎日唱和したほうがいいのでしょうか?」という質問に対して、私は「常に意識することができていれば、唱和するかどうかは大事なことではないですよ」と返していました。

 全員で理念を唱和している姿は、かつていくつかの訪問先で見かけることがありました。ところが、従業員のみなさんの表情があまりに無表情に思えたのです。自分の言葉で唱えているというより、社長からの命令で言わされているだけのような印象でした。

 唱和したからといって、「よし、今日も頑張ろう」という気持ちになっているようには見えなかったのです。私がその会社に入社していたら、毎日繰り返しているうちに洗脳されてしまうのではないかと怖くなったかもしれません。

 しかし、健全な理念経営とは洗脳とは全く違うものです。

 本来の理念経営とは、まずはトップである経営者が、この会社を通して「何を大切にしながら、何を目指したいのか」(すなわち理念)をはっきりとさせること。これに自発的に共感した従業員が集まって、共にその実現を目指していくことです。

 つまり、社長から従業員までを含めた全員が理念の実現者であって、だからこそ常に「これでいいのだろうか」と見直す必要があるのです。

 話を戻しましょう。クライアントの会議に出席する際、理念を唱和する習慣のある会社では、私も暗記しておいて起立し唱和に参加します。自分自身が言葉を暗記し、声に出して言う。他の人も声に出している姿を見て、耳にする。

 やっていることは単純なのですが、一連の行為の中で、「あれ、この言葉の意味はどうだったかな。改めて確認しよう」とか「昨日はこの言葉に恥ずかしくない仕事ができたかな。今日はもっとやれることはないかな」という思いが一瞬よぎったりしています。

 同時に「同じ思いを仲間と共有しているのだな」とか、いい表情で唱えている人がいると、「彼(彼女)はいい仕事ができているんだな、自分ももっと頑張ろう」などと思っている自分に気が付きます。

 唱和している時間自体は1分とかからないのですが、毎日その時間が用意されていることで、今日も理念の思いを“見直す”ことができるのです。

 今では私も「理念の唱和自体が目的ではありませんが、ぜひ毎日やってください」と勧めるようにしています。強制というより習慣として行うことで、特段意識することなく毎日“見直す”ことができる……。素晴らしい仕組みだと思っています。

 特にお願いしたいのが、役員会での唱和です。

 私は日頃から、唱和に限らず「上が本気でなければ下はやりません。みんな日々目の前の仕事で忙しいのですから。同じように上がやらないことは下もやりません」と言っています。

 役員会でやってもいないのに、現場にだけは毎日必ず唱和しろと押し付ける。何かのあいさつで役員が経営理念に触れたけれど、毎日唱和していないから覚えていなくてしどろもどろ……。これでは誰も理念を実現しようとは思いません。

 社長自身も自分自身が起こした言葉を毎日唱和しながら、思いをより強くしてほしいものです。


4 とはいえ、本格的に見直すタイミングとは

 毎日唱和することで見直したとしても、恐らく具体的に文言を変えるまでには至らないでしょう。先ほど触れたように、突き詰めた経営理念が10年やそこらで変わることはないはずですから。

 とはいえ10年もすれば、少し変えたほうがいいという部分が出てくるかもしれません。本人の考え方だけでなく、社会や外部環境の変化によって見直すべきことが出てくることもあります。

 何十年という単位となれば、オーナー経営の会社でも世代交代が起こります。社長が交代したとき、経営理念を変える必要はないのでしょうか。

 「最終的に変えるかどうかはさておき、そろそろ本格的に現状の経営理念を見直したほうがいいだろう」と思いながらも、日々の仕事に追われてきっかけがつかめないという経営者や会社も多いのではないでしょうか。

 多くの会社が理念を見直しているタイミングをいくつかご紹介しましょう。

■各社が経営理念を本格的に見直しているタイミング

1)トップの交代
2)第2、第3創業期といえるようなタイミング
3)30、50、100周年などの周年タイミング
4)比較的業績の順調な時期

 1)について異論はないでしょう。先代に気を遣って従来の経営理念を見直したいと言い出せないというケースがままあるようですが、トップの交代のときほど経営理念の見直しにベストなタイミングはありません。

 いえ、持論を言えば「見直すべき」です。なぜならトップという“人が代わる”からです。

 例えば親と子は血がつながっているとはいえ、全く異なる人間です。考え方において似ている部分も多いでしょうが、違っている部分も多いはず。従って、この会社を通して“一番やりたいこと、大切にしたいこと”も変わる可能性が十分にあるのです。

 トップの交代、いわゆる事業承継のタイミングで理念の明確化を依頼されるケースでは、「前社長と新社長の両方にインタビューしてください」とご要望いただくケースがままあります。

 それぞれにインタビューしてポイントを整理した上で、共通点と違いについてご報告するのですが、実際にどれくらい変わるものだと思いますか?

 私の経験から言うと最大で半分くらい。全く変わらないということはありませんが、ほとんど変わらなかったというケースもあります。

 最大でも半分までというのは分かるような気がします。半分以上であれば、私なら親の会社は継がずに新しい会社をつくろうと思うでしょう。株主という形で残ることがあったとしても、経営自体はもっと考え方の近い人が継いだほうがうまくいくからです。

 裏を返せばトップが交代しても、核心部分は大きくは変わらないといえます。とりわけ会社として長年最も大切にしてきた価値観は変わらないことが多いようです。

 目的については実質変わらないものの、会社としての成長や時代を経てより高みに置き直すことが少なくありません。

 従業員からすれば引き続き共感できる理念の下で働けるのですから安心です。新社長は、「この部分は全く変わりませんが、こことここだけはこのように少し変えます」と説明すれば現場の混乱もありません。

 2)は例えば社会や事業環境の変化によって、既存事業を見直さざるを得ない。その際に経営理念をどう考え直せばいいものかといったケースです。

 代々生業としてきた事業は市場自体がじり貧で、会社を存続させ、従業員の雇用を守るためには、事業そのものを変えなければいけない。事業が変わるのに、経営理念はそのままでいいのかと。

 トヨタ自動車には創業以来受け継がれてきたとされる『豊田綱領』という経営理念があります。同社のホームページには、「トヨタグループの創始者、豊田佐吉の考え方をまとめたもの」とあります。

 ご存じのように豊田佐吉さんが最初に取り組んだのは自動織機(機織り機)の製造です。その後、時代を読んで一事業部として始めた自動車製造を独立させたのが現在のトヨタ自動車なのですが、『豊田綱領』には「自動織機」という言葉も、「自動車」という言葉もありません。

 書かれているのは、「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし」に始まる目指す目的や、「華美を戒め、質実剛健たるべし」といった大切にするべき価値観です。質実剛健にして、日本という国の産業報国を目指そう。

 そこでは、自動織機か自動車かは問うていないのです。

 事業をどうしていくかは企業の生死に関わる問題です。事業の選択を変えざるを得ない、あるいはあえて積極的に変えることはあるでしょう。

 が、事業が変わっても、必ずしも「何を大切にしながら、何を目指すのか」を変える必要はないのです。というより、同じ人間、あるいは同じ目的・価値観を受け継いだ人間が経営している以上、経営理念ががらりと変わってしまうことなどあり得ないはずです。

 3)周年タイミングというのは、経営理念を本格的に見直すきっかけにはもってこいです。「〇周年を機に、経営理念を見直してみよう」という提案に対して社内で反対する人が少ないからです。

 先ほども触れたように、普段はなかなか時間をかけて経営理念を見直す余裕が持てないもの。だからこそ周年は絶好のタイミングなのです。

 例えば30周年を逃してしまったと嘆く必要はありません。「30周年でやるべきだったが、40周年まで待つわけにもいかないので今期やりたい」でもいいのです。周年タイミングで見直している企業が多いですが、そうではない年にやっている企業もあります。

 タイミングはあくまで社内の機運を高めるためのきっかけであり、最も必要と思う時期に見直せばいいのです。

 4)特別なタイミングを選ばないでいいのであれば、比較的業績の順調な時期がお勧めです。理由は単純、見直しの時間を取りやすいからです。

 業績が思わしくない時期、経営理念は従業員の気持ちを1つにして乗り切っていくのに効果を発揮します。そのためにも比較的業績が順調な時期にこそ見直しを行っておくべきでしょう。

 業績が傾き始めてから、あのとき見直して全員で共有しておけばよかったと思っても後の祭りです。


5 現実に各社は経営理念を変えているか

 さて、経営理念を見直したとして、現実に各社は経営理念の文言を変えているのでしょうか。

 有名なのは米国のトータルヘルスケアカンパニー、ジョンソン・エンド・ジョンソン(1886年創業)の事例です。同社の経営理念『Our Credo(我が信条)』を読まれたことがある方も多いでしょう。彼らは過去に大きな経営理念の改訂を2回行っています。

 1回目の改訂は戦後間もない1948年。「地域社会に対する責任」としてCSR(企業の社会的責任)の考え方を盛り込みました。まだCSRという言葉自体がなかった時代です。

 「我々の第三の責任は、我々が生活し、働いている地域社会、更には全世界の共同社会に対するものである。我々は良き市民として、有益な社会事業および福祉に貢献し、適切な租税を負担しなければならない」(同社の『Our Credo』より)

 2回目の改訂は1979年、「環境と資源保護」に関する項目を加筆しました。やはりエコロジーという言葉がまだ一般に知られていなかった時代です。それくらい同社は時代を先取りして、理念を見直してきたのです。

 「我々は社会の発展、健康の増進、教育の改善に寄与する活動に参画しなければならない。我々が使用する施設を常に良好な状態に保ち、環境と資源の保護に努めなければならない」(同上)

 日本企業でいえば、先ほど触れたトヨタ自動車やパナソニックは、創業者が掲げた理念(パナソニックの場合は松下幸之助さんが制定した『綱領』)の精神をそのまま引き継ぎながら、その後時代に合わせた表現の経営理念を策定しています。

 経営理念を見直した上で一部改訂する、表現をつくり直す。その判断は各社の事情に合わせて行えばいいでしょう。

 大事なことは常に見直すこと、そして定期的にじっくりと時間をかけて見直すこと。見直した上で変えるべき部分があれば変える、しかし変えるべきでない部分は決して変えてはいけないのです。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンは理念の見直しについて次のように明言しています。

 「この文書の文言は時代の流れや会社発展にあわせて修正してよい。新しい経営概念を導入してもよい」。その一方で、「しかし、基本哲学・思想は不変のはずだ」と。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンでは、社長と社員が一堂に会して企業理念について本音で話し合うミーティングを定期的に開いているそうです。社員から質問があり、やり取りをする中で必要に応じて見直していくというのです。

 経営理念の見直しは従業員も巻き込みながら全員で行うことをお勧めしますが、経営理念をより日常的な判断規準に落とした「行動規準」というものの見直しに、ぜひ現場の従業員を巻き込んでください。

 日常的な判断や行動こそが、お客様や社会に直接届くのですから。

 また日常的な判断規準だからこそ、彼らが現実を反映させて少し修正したいといったリアルな意見が出てきやすいものです。

 新たに経営理念と行動規準を制定して社内に発表した場合、経営理念については現場からあまり意見はありませんが、行動規準についてはさまざまな意見が寄せられることがあります。

 現場をイメージし彼らの意見を取り入れながら作成したつもりでも、取り込めていなかった意見があるかもしれません。運用していくうちに、顧客やニーズの変化とともに見直すべき点が出てくることもあります。

 現場の意見を聞くチャンスであり、それによって経営理念の実現に向けて現場を巻き込めるチャンスです。現場がより理念の実現に向けて寄与できるというのであれば、行動規準の文言は柔軟に見直し、変えていけばいいのです。

 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回もまた新たなるホンネの疑問にお答えします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容を一部改編したものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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