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第7回 社長が交代する時、“社長の思い”はどうなるの?<非同族企業編>

1 人が代われば社長の思いも変わるが、変えてはいけないことがある

 前回は「社長が交代する時、“社長の思い”はどうなるの?」というテーマで、同族によるオーナー型企業のケースについて書いてみました。今回は同じテーマで、非同族企業においてはどうか触れてみたいと思います。特に歴史のある大手企業に多いケースです。

 社長交代とは、すなわちトップの“人”が代わるということ。この点においては、同族か非同族かによりません。前回同族企業編でお話ししたことが、非同族企業においても当てはまります。

 すなわち、“人”が代わる以上、社長の思いが変わることはむしろ自然です。ただし、……「変えるべきではない、すなわち守るべき点だけはしっかりと受け渡すこと」を忘れてはいけません。

 これは、非同族企業の場合だけではありません。同族によるオーナー型企業でも本当は同じこと。「変えるべきではない、すなわち守るべき点だけはしっかりと受け渡すこと」とは、「会社のめざす目的」と「どうしても譲れない主な価値観」、すなわち企業理念に当たるものです。

 経営の根幹となるべき企業理念は、同族、非同族にかかわらず、しっかりと継承されるべきなのです。

 ではなぜ非同族企業において特に意識する必要があるのでしょう。

 同族企業の場合、後継者は現トップの子どもや親戚となるわけですが、彼らは比較的早いタイミングで自らが後継者になることを意識しています。トップの側もそのつもりで時間をかけて大事なことを“引き継いで”いるものです。

 私が後継社長に話を聞くと、「別に親父から改まって、これを変えるな、これだけは守っていけだなんて言われたことはないですよ」という答えが返ってきます。では父(母)は後継者となる子どもに何も伝えていないのでしょうか。いえ、改まって伝えていないだけで、しっかりと伝えているケースが多いのです。

 後継社長への伝達は彼らの幼少期から始まっています。親子であれば子どもを育てる日常の中でそれは伝えられています。

 「物を粗末にしてはいけない」「1円を笑ってはいけない」「お金は大事なんだよ」。あるいは「嘘はいけない」「信用だけは大事にしろ」「友達は大切にしろ」「失敗を恐れるな」「迷ったら厳しい方の道を選べ」「最悪の事態だけは想定しておけ」などなど。

 時に人生訓に聞こえるかもしれませんが、オーナー型企業の経営者にとっては人生ほぼイコール経営みたいなものです。経営と人生とは別という内容のものもあるでしょうが、往々にして経営における成功や失敗がそのまま人生訓となっているものです。少なくとも、それらの成功や失敗があって今があるのです。

 後継社長への質問の仕方を変えてみましょう。「お父さん(お母さん)に小さい頃からしつこく言われてきたことはありませんか。例えば○○○○○とか」。○○○○○には先ほど挙げた幼少期から言われてきた言葉の例が入ります。

 ゆっくりと思い出してもらうと「そういえば…」と出てきます。直接的な言葉だけではなく、親の背中を見て子どもなりに感じた場面もあるようです。

 真面目に働く姿、一人悩む姿、従業員や取引先を大事にしている姿、あるいはお金で苦労している姿…。それらは、会社が長年大切にしてきたこと、「変えるべきではない、守るべき点」であることが多いのです。

 つまり同族企業では高い確率で、時間をかけて「変えるべきではない、守るべき点」が現社長から後継社長へと繰り返し伝達されています。


2 大手の非同族企業にとって、後継者を選び育てることの難しさ

 では非同族企業ではどうでしょう。後継者は早々に決まっているわけではありません。

 社長にとって重要な仕事の一つは後継者を選び育てることといわれますが、大手の非同族企業の場合はそれなりの数の後継者候補がいて、そこから絞り込まなければなりません。

 ファミリー経営の場合は少子化も相まって候補は限られています。すでにお話ししたように、その分早いうちから後継者は決まり、時間をかけて育てることができます。

 社長が慣例的に比較的長く在任する会社であれば、後継者選びと育成に時間をかけられることでしょう。実際「○年かけて候補者を絞り込み、○年かけて育てる」といった仕組みを持っている事例も聞きますが、どうも多いとはいえないようです。

 まして在任期間が3年やそこらという会社においては、後継者をじっくりと選び育てることはかなり難しいのではないでしょうか。

 結局、個人の残したこれまでの業績を並べて比較する、またその時点で勢いのある、目立っている人材に託す……そうした現実はないでしょうか。

 業績を残した人物にはそれなりに力があるのでしょうし、人望のある人物はカリスマ性があり部下の面倒見のよさで秀でていることでしょう。勢いのある人材がより大きく頼もしく感じられるのも事実でしょう。しかしそれらは必ずしも会社のトップを任せられるかどうかの判断基準にはなりません。

 課長に一番に昇進した人物、あるいは課長としてトップの成績を残した人物が、部長として最適任とはいえません。いわんや会社のトップの社長となると、課長や部長を選ぶ基準とはまた別物であるべきではないでしょうか。

 今さらですが、後継者はその後も会社を存続させる使命を負っています。1カ月や半年、1年といった短期的な視点も重要ですが、もっと長期的な時間軸の視界を持てる人物でなければなりません。

 これまでを全否定し、後継者に会社をゼロから作り直すことを期待するのであれば話は別ですが、そうでない限り他社のまねのできない強みとしての「変えるべきではない、守るべき点」をしっかりと引き継げる人材でなければなりません。

 昨今、日本の国内を中心に事業展開してきた会社が国際化を迫られ、グローバルな経験のある外部人材を後継者に招請するといったニュースを聞きます。いずれも人物次第ですし、個別に判断するべきだとは思いますが、落下傘のようにやってくる彼らは、本当に自社の「変えるべきではない、守るべき点」を共有できているのでしょうか。

 長い年月をかけて競合他社が簡単にまねできないほどに築き上げてきた“強み”をないがしろにして、グローバル化の御旗を最優先してしまわないか心配です。

 グローバル化は喫緊の課題であれば進めるべきです。しかしそのために、これまで「変えるべきではない、守るべき点」を“強み”として推進し、追求してきた人たちの気持ちや努力をないがしろにしてはいけません。彼らは一気にやる気をなくしてしまうでしょう。

 会社は人でできています。コアの“強み”を担うコアな人材を失ってしまっては、グローバル化で成功できるわけがありません。それはすなわち、国内で戦って勝ってきた“強み”という武器を失ってしまっているのですから。


3 「変えるべきではない、守るべき点」を受け継げる人材か、冷静に見極める

 同族企業の中には、直系である子どもに継がせることを優先して、大切な思いを受け継ぐことを後回しにしてしまうケースもあるようです。

 けれども前回ご紹介した通り、世界一の老舗企業大国であるこの国(創業200年以上はもちろん、100年以上の企業数でも断トツのナンバーワン)の多くの経営者は、そうは考えませんでした。

 彼らは後継を託そうとする相手が「変えるべきではない、守るべき点」を受け継げる人かどうかを冷静に見極めてきたのです。

 直系の子ども、できれば長男に継がせたいのは山々なれど、彼は当社がこれまで存続できた“強み”、「変えるべきではない、守るべき点」を受け継いでくれるのかどうか。もし受け継げそうにないのであれば、あえて長男以外の弟姉妹、あるいは親戚、最後は養子を取ってでも最適な人物を選んで後を託してきた。

 経営者たちの英断の積み重ねが、結果的に日本を世界一の老舗企業大国としたのです。

 次期トップを委ねる人物に求められる資質や能力は、「変えるべきではない、守るべき点」を受け継ぐこと以外にもいくつも挙げられるでしょう。現トップや経営陣にはそれらを総合的に判断して、最善の選択をする責任があります。

 しかし経営のコアといえる部分を十分共有できない人物を選ぶべきではありません。少なくともバトンを渡すまでにはしっかりと共有しておくべきなのです。

 同族企業に比して非同族企業では、このことがともすると強く意識されにくいようです。

 だからこそ非同族企業においては後継者選びと育成を慎重に進めてほしいのです。会社の未来、従業員とその家族、そして現社長自身のために……。

 私が非同族企業から企業理念の見直しを依頼された場合、インタビューにおいて社長の個人史にはあまり入っていきません。あらかじめ会社が歴史の中で“強み”として「変えるべきではない、守るべき点」を整理して確認しておいた上で、それらについて現社長がどう考えているかを中心に伺います。

 内容的に変わっていないのであれば、理念の根幹をいじる必要はまったくありません。私は「新社長としてさらにどうしたいか」を質問して、理念レベルで項目に追加するかどうかを確認します。

 理念の整理について私がご支援することは以上です。ご提案するのは、より従業員や社外に向けて共有しやすい表現であったり、理念の共有や浸透プロセスに関するところです。

 また、前回「6 交代した社長が、従業員に対して最初に語るべきこと」について。「前社長とどの部分が変わらなくて、どの部分は変えたいのか」をはっきりさせることを、なるべく早くわかりやすく従業員に語ることは非同族企業においても同じです。ただこちらは、非同族企業の新社長の方が意識できているように感じます。

 なにせ同族企業とちがって後継者としての必然性が明確に伝わらない分、自分らしさを早く社員に伝えたいと思うからです。ただし「変えるべきではない、守るべき点」と「新社長としてさらにどうしたいか」をうまく整理して語れているかどうかは別ですが。


4 “創業の精神”の守るべきコアは、定期的に再確認するべし

 「当社は今年で○周年に当たるのですが、これを機会に創業時の思いを改めて全社で共有し直したいのです」といったご相談をいただくケースが増えています。

 創業100周年、75年、50年、25年といった世紀の区切り、10年単位の記念行事のたびに創業時を思い出してメンテナンスを考えるケースが多いようです。

 お話を伺うと、「守るべき点は守りつつ=“伝統の継承”」「それ以外のことは常に見直し、新たな価値を生みだしていく=“革新”」をよくおわかりの企業ばかりです。そして今後の“革新”のためにも、盤石な土台としての「変えるべきではない、守るべき点」を改めて全員で共有したいと考えているようです。

 創業10年の節目を迎えたベンチャー企業からもご相談をいただくことがあります。「急成長して従業員は一気に増えたけれど、創業時の思いが共有できないことに危機感を覚えている」と聞きます。創業10年のベンチャー企業の悩みには、100年企業の悩みの縮図が見えるのです。

 創業10年のベンチャー企業の悩みに対しては、私はいつもこう説明するようにしています。「創業時の思いを100%全員で共有することは不可能です。なぜなら多くの従業員は創業時にいなかったのですから」

 企業が創業して10年たつとどうなるか。数人の創業メンバー、草創期に採用されたメンバー(多くは次期幹部か中間管理職になっています)、そして急成長を支えるために最近入社した多くの若手メンバー。ざっと分けるとこの3層が混在しています。

 最近入社した若手は創業時の苦労など知る由もありません。創業メンバーが熱っぽく語ることである程度理解できたとしても、同じ体験はできない。それを共有することは不可能なのです。

 会社が成長し歴史を重ねるほど、信用やブランドは高まります。時代時代で入社を希望する人材は、こうした信用とブランドにも魅力を感じて入社を決意します。信用やブランドがあるからこそ、従来見向きもしなかった優秀な人材が集まってくる。結果として企業はさらなる成長ができるのです。

 3層があることはむしろ必然であって、会社が成長したことの証しとして積極的に受け止めるべきかもしれません。

 単なるベンチャー企業ではなく、信用やブランドもある企業として選んだ若い社員と創業メンバーが「創業時の苦労」を共有することは無理と思った方がいい。けれど「創業以来大切にしてきた思い」なら共有することができます。10年や世紀の節目に改めて共有するべきはそこなのです。

 日本を代表する歴史ある会社は、業績の上下といった紆余曲折を経ながらも、四半世紀や何十周年といった節目のたびに「変えるべきではない、守るべき点」として、「創業以来大切にしてきた思い」=“創業の精神”をしっかりと全社で再確認しています。

 例えば改めて全社にメッセージを送る、共有のためのキャンペーンを行う、あるいは研修を実施して“創業の精神”を共有し直す。会社が築いてきた“強み”を維持し、さらに発展させていきたいのであれば、こうした再確認を折に触れて行うべきでしょう。

 とりわけ非同族企業においては、定期的な“創業の精神”の再確認、時代に合わせた再共有が必要です。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回からはいよいよ、社長の思いを明確にした企業理念を、社内でいかに共有していけばいいかについてお話ししていきたいと思います。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年8月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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