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■第6回 理念や行動規準を社員にまとめさせたいのですが

1 結局は、経営理念は社長にしか決められない

 「経営理念をまとめたい」「見直したい」ので支援してほしいと依頼をいただく際に、「ただ1つ条件があるのですが……」と相談されることがあります。その1つが「まとめる(見直す)プロセスに従業員も入れたい」というケースです。

 背景を知ろうと質問すると、「社長から“良い機会なので従業員にも一緒に経営理念について考えてもらいたい。だから従業員も巻き込んで進めてほしい”と言われたのです」と。

 経営理念を根本から見直すという機会はそう頻繁にはありませんから、確かに“良い機会”なのかもしれません。

 見直すタイミングと言えば社長が交代した、〇周年の節目を迎える、業界や市場が大きく変わったといった数十年に一度の機会くらいです。初めてまとめる場合であっても、恐らくその後しばらくは変えないつもりで作るでしょう。

 社長が、従業員にも経営理念への理解を深めてもらう良い機会だと考えるのも無理はありません。

 ということで、『武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」』シリーズ、第6回のテーマは「理念や行動規準を従業員にまとめさせたいのですが」です。

 さて、私は「理念や行動規準を従業員にまとめさせたいのですが」という条件をいただいた際には、あらかじめ2つのことを確認するようにしています。

 1つ目は「特に根幹となる経営理念については、最後は社長にしか決められないのだということ」。

 根幹となる経営理念自体の案を従業員だけで作らせたらどうなるでしょう。出来上がった案を社長が100%受け入れられるならよいのですが、まずそうはなりません。

 社長が見てどこかおかしいと感じて、「ここはこうじゃないよ」と指摘したとします。その指摘が、従業員が思いつきもしなかったことなら彼らはどう思うでしょう。

 「さすがは社長だ」ではなく、「だったら最初からそれを入れろと言っておいてほしかった」となるはずです。指摘が2つ、3つと続けば「だったら私たちに作らせないで最初から社長が作ってくださいよ」という気持ちにならないでしょうか。

 これでは「従業員にも経営理念への理解を深めてもらう良い機会」になるどころか、現場が忙しい中で集められた従業員たちはモチベーションが下がるばかり。

 「従業員にまとめさせる」のではなく、せめて「社長が従業員と一緒になってまとめる」のであれば可能ですが、結局は、経営理念は社長にしか決められないのです。

 となれば集めた従業員の意見を聞きながらも、最後は社長自ら「これについてはこう考えているんだ」と説明することにならないでしょうか。

 大半の時間は集めた従業員に考えさせることよりも、社長自身が自分はこう考えていると説明せざるを得ないのです。

 であれば、経営理念は社長ができるだけ早く決めて、むしろ作成後に従業員に説明する時間をたっぷり取るのではどうでしょうか。

 もし事前に集めるつもりだった一部の従業員により深く理解してもらいたいなら、決定後に彼らを先に、あるいは別途集めて説明すればよいのです。


2 日々の行動を示す行動規準なら、経営理念があれば従業員にも作れる

 経営理念の作成を体系としてご支援するとき、私は根幹となる経営理念とは別に、行動規準を文章にまとめることをお勧めしています。

 行動規準とは、経営理念をより現場で日常的に運用しやすくするために具体的な行動ベースで解説したものです。

 (行動基準と表現する会社も多いですが、“基準”は+か-か、白か黒かという印象が強いので、私は0もあれば1も2も10もある、上には上の行動があるとイメージできる“規準”のほうを使っています。辞書によれば両者はほぼ同義です)。

 行動規準という言葉を初めて知ったという方のために例を挙げると、経営理念に「お客様の満足を実現する」とあっても、これだけでは現場の従業員はどう行動すればよいかをイメージできません。

 そこで行動規準の1つとして、例えば「まずお客様には私から最高のあいさつをします」と用意します。これなら「お客様の満足を実現する」ためにまず何をすればよいかが分かるでしょう。

 「まず」することは「あいさつ」で、それも「私から」するのです。

 「最高の」は抽象的ですが、この項目を補足する解説文をつけた上で、日ごろから一人ひとりが体験したさまざまなケースを持ち寄り、各部署で、また会社全体で「より最高と言えるあいさつとは何か」を追求していけばよいでしょう。

 行動規準は今日入社した新人でもすぐに適切な行動ができるように、なるべく具体的で分かりやすいことが理想です。が、表現にあえて幅を持たせることによって、作成後に現場で議論し合うことができます。

 「最高の」というのは、あるときはAもBも正解だけど、Cはもっと良い正解かもしれない。このように、より「お客様の満足を実現する」ためにどう行動すればよいかを議論し合い、共有し、実行していけるのです。

 以上のように、根幹となる経営理念さえ明確で分かりやすく作られていれば、行動規準の案は従業員だけでも話し合って作ることができます。

 そしてもし出来上がった案を社長が見てどこかおかしいと感じたとしても、「この項目は経営理念で言っていることとずれていませんか?」あるいは「経営理念のこの項目に関わる項目が抜けていませんか?」などと修正を促すことができます。

 従業員があらかじめ知らなかったことではなく、既に提示されているものからの指摘なので民主的で説得力もあるのです。


3 作成段階で従業員を巻き込むのはメリットよりデメリットが大きい?

 私が「理念や行動規準を従業員にまとめさせたいのですが」という条件に対して確認することの2つ目は、「作成段階で従業員を巻き込むことのメリットとデメリット」についてです。

 メリットは社長が考えているように、「従業員にも経営理念への理解を深めてもらう良い機会になる」ことです。結局は、経営理念は社長にしか決められないので、社長から従業員に説明することが多くはなりますが、一緒に考えていく時間は持てます。

 デメリットとしては、「社長が従業員と一緒になってまとめる」のは、社長が一人で、あるいは私のようなプロの外部協力者とともにまとめるよりもずっと時間がかかるということです。

 私が協力して経営理念をまとめる場合の基本的なスケジュールは約3カ月です。

 従業員と一緒にまとめたいので手伝ってほしいと言われてご支援したこともあります。従業員を巻き込んである程度議論を重ね、経営理念に盛り込むべき要素を抽出し整理して、最終的な文言の表現案を募って確定させるとなると、半年から1年はかかります。

 しかもすでに説明したように従業員が考え上げたものを最終決裁者である社長がボツにすることのないようにするには、その間もずっと社長が議論を追いかけていかなければなりません。

 そして従業員は、よほど議論が社長が考える方向にぴったりと合わない限りは途中で修正を強いられ、「結局、社長の中に答えがあるんじゃないですか」という気持ちになってしまいます。

 同じだけの時間があれば、早々に経営理念の文言まで作成し、限られた従業員だけではなく全従業員に説明し、実践段階まで移すことが可能です。

 大事なことは、誰が関わってどんなプロセスで作成したかよりも、出来上がったものに対して、現場で働く一人ひとりの従業員が日常的にイメージできるかどうかです。

 経営理念も行動規準も、現場で働く一人ひとりの従業員が日常的にイメージできるのであれば、社長が一人で作ってから発表しても全く問題ないのです。


4 何とか提案にこぎつけた理念見直しプロジェクト

 私が実際に経験した事例をご紹介しましょう。あるとき、X社の経営企画室の方から問い合わせをいただきました。社長直轄の部署です。

 「社長が交代したので、経営理念を見直すことになったのだが、見直し案を次世代リーダークラスの若手従業員を集めて考えてもらい、社長に提案させたい」。ついては私にそのプロジェクト会議のファシリテーション役をお願いしたいというのです。

 一通りご要望を伺った後で私はいつものように2点について確認しました。

 さほど急いでいるようではなかったので2つ目の時間がかかるというという点はよしとして、問題は1つ目の「特に根幹となる経営理念については、最後は社長にしか決められないのだということ」でした。

 聞けば次世代リーダーによるプロジェクト会議に呼ばれるのは、各現場の第一線で恐らく社内でも最も忙しく働いている課長や係長クラスだそう。彼らを週に1度、半日ほど現場から離して本社会議室に集め、議論を始めると。

 ところが社長はその場に一度も同席しないというのです。「自分が入ってしまうと闊達(かったつ)な意見が出にくいだろうから」というのが理由でした。

 私は事務局を担う経営企画室の方に、プロジェクト会議の先に見える懸念を伝えました。

 「彼らに会社の歴史も遡りながら経営理念について改めて考えてもらい、新経営理念案を作成してもらうことは時間をかければできると思いますし、できるようにサポート致します。ただそうしてできた案に対して社長はどうするつもりなのでしょうか」。

 私は、できれば事前に社長とも打ち合わせをさせていただきたいとお願いしました。改めて直接、従業員を巻き込んで経営理念を見直したり、従業員だけで案をまとめさせることのメリットとデメリットについて話し合いたかったのです。しかし願いはかなわぬまま、プロジェクトはスタートしました。

 私がもう1つ心配したのは表現案についてでした。経営理念に盛り込むべき項目やそれらの関係性を整理することはプロがやっても大変なのですが、言葉の表現にまでまとめるとなるとさらにハードルが高くなります。

 前回第5回のテーマ“「よい経営理念」「悪い経営理念」とは?”で触れたように、分かりやすくシンプルで覚えやすい短い言葉で、できれば差別化された表現でとなるとプロでも何日も延々と悩み、何百案も考えた上で生み出すもの。

 とても初めて取り組む素人には不可能ですし、やり始めると深みにはまり、何時間かけても答えが出ない状態に陥ってしまいます。

 そこで私は、「経営理念に盛り込むべき項目やそれらの関係性を整理した結果」を報告書のメインとし、表現案はあくまで案として1つに無理にまとめるのではなく、参考程度とすることにしようとメンバーに説明しました。

 プロジェクト会議を何度か終えた頃、ようやく社長にお会いできました。今回のプロジェクト会議に期待することはあらかじめ聞いていた通りでした。

 「では、彼らからの提案される経営理念の見直し案を見て、もし違うなと思ってもそれを採用できますか?」と質問しました。社長はもちろんそれはできないと。

 私は思っていた懸念を話しました。「忙しい現場を離れて何度も集まって議論してまとめた提案が違う、不採用だと分かったとき、彼らはどんな気持ちになるでしょうか。だったら最初からせめてこっちの方向だよと言ってほしかったとならないでしょうか」。

 私は会社の歴史や記録資料、現社長のさまざまな場面での言行録を自分なりに分析して立てていた仮説をもとに、社長に確認しました。

 「社長はこれまでの経営理念を変えたいのではなく、今後も大事に守りながらも、少しだけこの部分を変えたいのではないですか?」と。

 社長の考える方向性は、私の想像通りであったと確認できました。私は今後もしプロジェクト会議の方向性がずれそうになれば、誘導する形にならないようにヒントを投げかけて修正するようにしますと伝えました。

 数カ月後、プロジェクト会議の報告書は経営企画室から社長へと提案され、経営理念見直しの参考資料として無事に採用されました。

 私なりに振り返って思ったことがあります。プロジェクト会議の全部までとは言いませんが、最初と最後の回だけでも社長が同席して自ら考える大きな方向性を示してあげれば、もっとメンバーの満足度は高かったのではないか。


5 作成後の見直しになら、今後入社する人も含めて全員が関われる

 良い機会なので「経営理念や行動規準を従業員にまとめさせたい」のであれば、必ず社長も直接関わりながら従業員を巻き込むことです。

 時間はかかりますが、集めた一部の従業員には経営理念について考え直す良い機会になるかもしれません。

 行動規準は、分かりやすい経営理念さえあれば、選抜した従業員によって考えることはできますが、表現案まで含めると社長が外部のプロと協力して作成したほうが良いものができます。

 作成プロセスに従業員を絡ませれば「自分たちが関わって作ったのだ」という思い入れが芽生えることもありますが、問題は中身です。従業員が関わっても内容が経営寄りだったり、表現が分かりにくいと意味がありません。

 直接プロセスに関わっていない大半の従業員からの支持は得られないでしょう。現場の日常を反映し、分かりやすくシンプルで覚えやすい短い言葉になっていればみんなは納得できます。中身さえ良ければ、誰が考えてもよいのです。

 私が普段からお勧めしているのは、経営理念や行動規準をまとめたり見直したりするのは、社長が外部のプロの力も借りながら早々に作成して社内に発表する。そして従業員にはそれらの見直しに関わってもらうというやり方です。

 特に行動規準は、経営理念をより現場で日常的に運用しやすくするためのものですから、従業員が使いづらいのであれば積極的に見直していけばよいと考えます。

 作成のプロセスに関われる従業員はほんの一部。作成に関わらなかった従業員はもちろん、以降に入社してきた従業員は作成プロセスには全く関わることができません。

 でも、作成後の見直しとなればどうでしょう。従業員全員、今後入社してくる人たちさえも全員が関わることができるのです。

 理念経営で有名なグローバルホテルグループ、ザ・リッツ・カールトンでも、クレド(経営理念と行動規準に当たるもの)の見直しは現場で働く従業員の声を反映して定期的に行われているそうです。

 経営理念や行動規準の見直しはいつするのがベストですかと質問されることがあります。私の答えは「理想を言えば、従業員一人ひとりが毎日行動するたびに常に行う」です。

 現実にはそうもいかないとしても、従業員一人ひとりが行動する際に、この行動は会社として大切にしている価値観や目指している目的に寄与するのだろうかと折に触れて考える。

 そして今の経営理念や行動規準のままでよいのだろうかと見直していけば、行動のレベルも上がり、経営理念や行動規準自体もより良いものになっていくのではないでしょうか。

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 私がお会いする経営者にはさまざまな考えをお持ちの方がいます。数年前に出会ったあるベンチャー企業の経営者は私にこうおっしゃいました。

 「創業して〇年になり、従業員も増えてきたので経営理念をまとめようと思うのですが、私の思いで決めたくない、それが私のこだわりなのです。だからみんなで決めます」と。

 私が信じる「結局は、経営理念は社長にしか決められない」に対するアンチテーゼです。

 彼の思いがもし従業員の総意とはどうしても異なったとき、彼はそれに従うのでしょうか。

 同社の経営理念の構築をご支援することはなかったのですが、ホームページを検索すると経営理念のページが出来上がっていました。機会があればどんなプロセスを経て完成したのか、ぜひ伺ってみたいと思います。

 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回のテーマは「経営理念はあるけれど浸透も継続もできていません」です。また新たなるホンネの疑問に、ホンネでお答えします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容を一部改編したものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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