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第9回 共有のための研修が理念の暗唱で終わっていないか

1 理念の言葉を暗唱することは、最初のほんの一歩にすぎない

 前回から、「社長の思いを明確にした企業理念を、社内でいかに共有していけばいいか」についてお話ししています。そして「企業理念がなぜ必要かを知ってもらい」「企業理念の内容を理解してもらう」ことの意義、重要性と、その伝え方のコツについて言及しました。

 今回は、社長の思いを社内で共有浸透していくための第1ステップ「企業理念がなぜ必要かを知ってもらい、当社の企業理念の内容を理解してもらう」ための仕組み=「初期研修」の意義や事例についてご紹介していきます。

 さて質問です。

 みなさんの会社では従業員と社長の思いや企業理念を共有するために、初期段階でどんな内容で研修を実施されているでしょうか。

 例えば、まず理念を暗唱させて全員が言えるようにする。整理されてわかりやすい理念であれば負担は少ないでしょうが、会社によっては企業理念から始まって、社是・社訓・行動規準やビジョンなど種類も項目も盛りだくさんという会社も珍しくないようです。

 「項目は整理されていてできるだけ少ない方がベター」というのが私の持論ですが(人は3 つくらいのことを覚えるのだって大変ですから)、それなりの項目数ははずせないという会社もあるでしょう。

 内容盛りだくさんの場合の共有浸透にはそれなりのノウハウは改めてお話しするとして…、気になるのは、項目数の大小多寡にかかわらず「ただ暗唱させて終わりにしていませんか?」という点です。

 何度も申し上げますが、社長の思いは現場の従業員が“行動”し、お客様に伝わってこそ初めて意味があります。はたして暗唱できるようになった従業員の“行動”は変わっているでしょうか。

 「暗唱できる」からといって「共有浸透している」とは必ずしも言えません。理念に沿った「行動ができる」わけでもありません。

 もちろん暗唱することがムダとは言いません。暗唱しているうちに、言葉の意味を考えるようになったり、次第にその気になってくるということもあるでしょう。しかしそれだけで従業員の“行動”が大きく変わることは私の経験上はありません。

 「暗唱できる」ことは必要としても、それは最初のほんの一歩にすぎないのです。


2 継続的な理念経営のために欠かせないプロセスとは

 人間の行動が変わるパターンには2 つあります。1 つは言われてやるパターンです。

 上司に言われたから、命令されたからやる、やらないと怒られるし、自分に不利益になるからやる。本人に行動変化の判断規準はありません。

 スタートのボタンは本人ではなく常に上司にあります。本人はいつボタンが押されるのか、どんな命令が下されるのかふだんからびくびくしています。上司から「お客様にはいつも笑顔で」と命令されて笑顔を作っても、所詮は作り笑顔になってしまうでしょう。

 そして上司がボタンを押し続けない限り、行動の継続性が期待できなければ、行動の質が自然と上がっていくこともありません。

 もう1つはあらかじめ理解した判断規準を基に本人が考えて行動するパターンです。

 人が理解して自分の意思で行動を変えるためには、「まず判断規準を理解する」→「それに自分自身が共感する」→「自分ならどうするべきかを考える」というプロセスが必要です。これこそが理念経営がめざしている姿であり、変化の激しい時代に求められる経営のあるべき姿なのです。

 前者では申し上げるまでもなく、多様で変化の激しい顧客の要望に応えることは難しいでしょう。あらかじめ上司が命令をマニュアルにまとめていたとしても、マニュアルにないケースは山ほどあります。

 それらを次から次へとマニュアルに盛り込めばいいでしょうか。いえ、昨日や今日入ったばかりの社員やアルバイトの人に覚えられるわけもありません。

 逆に後者のパターンで、判断規準が理解できて、自分自身もそれに共感できていたらどうでしょう。新入社員やアルバイトの人も最初は戸惑うでしょうし、判断ミスもあるでしょうが、上司や職場の仲間が「うちの判断規準はこうだよね、だとするとこうしたらどうかな」「こうした方がもっとよくならないかな」と指摘してあげればいいだけです。

 判断規準の擦り合わせを日々重ねることで、新人の判断規準も磨かれていくことでしょう。磨かれた新人の判断規準は、新人のものだけにとどまりません。職場の先輩たちも共有することで、「もっとよくするにはこうしたらどうか」というノウハウがたまり、全体として高まっていくのです。


3 初期研修の目的と目標をどこに置くべきか

 社員研修においてともすると見失いがちなのが、研修の「目的」と「目標」です。「何のための研修なのか」「研修終了時にどんな状態になっていることをめざすのか」。

 「目的」がはっきりしないと人は考えることができませんし、いくら研修を実施しても得られるものは多くはないでしょう。また「目標」がはっきりしないと、その研修はうまくいったのかどうかが測れません。うまくいかなかったなら実施側も受講側もお互いにとって時間とお金のムダです。

 逆に「目的」と「目標」があらかじめはっきりしていればどうでしょう。

 参加者は自分がその研修を受講することで何を求められているかが理解できます。同時に目標に対する到達度がわかれば、補講や追加の施策を含めて従業員の到達水準を維持することが可能です。研修自体の改善にも役立つでしょう。

 工夫を重ねていけば、より短時間で全員が一定水準以上にたどり着けるようになるは
ずです。

 では初期研修の「目的」とは何でしょう。

 その方向性は企業理念で掲げる会社のめざす「目的」と同じはずです。当社で研修実施をご支援する際には、「目的」設定をたとえば次のようにご提案しています。

【研修の目的】
「新企業理念実現に向かって、全員の「志」と「行動」が一致した組織作りの一歩を踏み出す」。

 方向は同じであって、初期研修の目的は最終目的実現のための「一歩を踏み出す」ということです。

 会社によってはすでにある程度の共有浸透が進んでいるというところもあるでしょう。その場合は現時点からさらに最終目的に向かって「一歩を踏み出す」ということになります。

 「目標」はどれくらいに置けばよいでしょう。

 「目標」設定は現時点での受講対象者のレベルや研修の実施時間、実施形態によって変えるべきです。

 「企業理念がなぜ必要か」をすでに十分理解している人なら、その点はおさらい程度でいいでしょう。一方で「企業理念とか理念経営とはそもそも何ですか」という人には、一から説明して理解いただく必要があります。

 研修の実施時間は、「業務への支障を考えて半日で理解だけはさせたい」「最初が肝心なので1 日半くらいかけてじっくりやりたい」。また実施形態は「少人数単位で話し合いながらやった方が理解度が上がるのはわかるが、とりあえず知ってもらいたい」「集まれる機会が社員総会の前後しかないので、そこで一斉にやりたい」などさまざまでしょう。

 これら条件によって「目標」設定は変えていくべきですが、いずれにしてもよく言われるように、「時間内に全員が達成できるレベル」でかつ「あまり簡単には達成できない=ちょっと頑張れば達成できるレベル」に設定すると効果的でしょう。

 当社でご支援する際には、「目標」設定を例えば次のようにご提案しています。

【到達目標】
1.企業理念・行動規準が明確で共有浸透していることの素晴らしさを知る
2.【志の一致】 …従業員全員が、新企業理念導入の「背景」および「内容」を共有し、それを自部署の言葉で語れるようになる
3.【行動の一致】 …従業員一人ひとりが、新企業理念実現のための行動規準に基づき、日々どんな行動を取ればよいかの例を説明できるようになる
4 理想的な「初期研修」の形と内容

 初期研修の理想型としては、5 、6 人程度のグループを作って1 日から1 日半かけて実施したいところです。

 グループの構成はケース・バイ・ケースで、階層で分けることもランダムにすることもありますが、部署は互いを知るよい機会なのでなるべく交ぜるようにしています。

 研修での到達度を高めるために、プログラムの最初と最後、プロローグとエピローグはとても重要です。

 前者は<研修に臨む上での姿勢を作る時間>。参加者に「また研修か、面倒くさいな、適当に過ごして帰ろう」ではなく、「せっかくやる以上、少しでも多くのことを学んで帰ろう」という姿勢になってもらうのです。

 後者は<研修で感じたこと、学べたことを整理してしっかりと持ち帰っていただくための時間>。プログラムを通していくら感動的な気づきがあっても、研修会場を離れて時間がたつと「あれ、何を学んだのだったかな?」と忘れてしまいがちです。

 よく研修の効果は3 日と持たないといわれるゆえんです。しかしプログラムの最後に本人が気づいたこと、学んだことを整理しておくと、研修の効果も大きく“長持ち”もしやすいのです。

 プログラムの前後にこうしたプロセスを盛り込むと、半日コースと1 日コースでは本プログラムの到達度がかなり違います。

 本プログラムの目標を先ほど3 つ挙げました。目標「1 . 企業理念・行動規準が明確で共有浸透していることの素晴らしさを知る」は、前回お話しした第1 ステップ「企業理念がなぜ必要かを知ってもらい、当社の企業理念の内容を理解してもらう」の前半部分です。

 当社のプログラムではいきなり自社の話をするのではなく、他社の事例を使いながら参加者にとっても身近な話として実感してもらえるようにしています。

 目標「2 . 【志の一致】 …従業員全員が、新企業理念導入の「背景」および「内容」を共有し、それを自部署の言葉で語れるようになる」は、第1 ステップの後半部分です。

 ただし「当社の企業理念の内容を理解してもらう」だけでなく、「それを自部署の言葉で語れるようになる」ことを掲げています。特に昨日や今日入社したばかりの新人に話してわかってもらえるかどうかが一つの基準です。

 意外かもしれませんが、この「新人にもわかるように説明する」というのは、役職の高い人より現場に近い人の方が上手なようです。部長や課長の説明は建前が先に出て、理屈っぽくてわかりにくい。

 一方パートの方の話は本音で日常的な言葉で話してくれるのでわかりやすいようです(役職の高い人がどうすればわかりやすく説明できるようになれるかは、機会を改めてお話しできればと思います)。

 最後に目標「3 . 【行動の一致】 …従業員一人ひとりが、新企業理念実現のための行動規準に基づき、日々どんな行動を取ればよいかの例を説明できるようになる」は、目標2 . とセットで考えます。

 2 . で理念や行動規準を自部署の言葉で説明できるようになれれば、では自分の仕事においては日々どんな行動を取ればよいかの例が想像できるようになります。

 グループワークのよさを生かし、他のメンバーの発表やアドバイスを参考にしながらイメージしていきます。

 当社でご提案した初期導入研修(1 日コース)の具体的なプログラム例がありますので、紹介しておきます。「企業理念とか理念経営とはそもそも何ですか」というレベルから始める場合のプログラムですので、最初と最後(プロローグとエピローグ)を除くと、到達目標1 が全体の約半分、2 と3 で残り半分という時間配分となっています。ご参照ください。

■理解する(Identify)仕組み …理念研修「初期研修」「継続研修」 

 ●初期 1日コースの例 ※PDFダウンロード 
 
 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。社長の思い、企業理念を共有浸透していくための第一歩としての「初期研修」についてご説明してみました。

 思いが絵に描いた餅にならないためのスタートイメージを持っていただけたでしょうか。次回は二歩目以降を進めるに当たって、共有浸透していくプロセスの全体像について共有しておきたいと思います。
※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年12月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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