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第6回 社長が交代する時、“社長の思い”はどうなるの?<同族企業編>

1 社長の思いは変わらない…同じ人間がオーナーとして経営している限り

 前回までの第3~5回では、社長の思いを従業員に伝えていくためにはまず、社長の思いそのものをすっきりと明らかにする必要があること、そのための4種類の質問についてお話ししてきました。

 特に日本企業の約8割を占めるといわれるオーナー型企業においては、質問の中心となるのは「社長の個人史」でした。

 多くの人にとって、“人生の価値観”は20歳(ハタチ)くらいまでにできあがっていて、その後はよほどのことでもない限り変わらない。そして主な“人生の価値観”は個人のプライベートにとどまらず、仕事における社長の思いと不可分となっているのです。

 創業者は「社長の個人史」を時間軸の中心に置きながら、人生の途中で起業して会社の歴史をスタートさせます。「会社の過去」においては、あとから思えば転機となった場面で、社長は答えのない中で自分の思いを信じて決断を下しています。

 その積み重ねが「会社の現在」を形作っているのです。めざしてきた目的が広がることはあっても、大切にしてきた主な価値観は、「会社の未来」においても大きく変わることはない。同じ人間がオーナーとして会社を経営している限り…。

 最後の一行が気になりませんか? 「同じ人間がオーナーとして会社を経営している限り…」ということは、創業者から次の世代(多くの場合は創業者の子ども、特に息子となることが多いわけですが)にバトンタッチしたらどうなるのだろう。

 人が変わればたどってきた人生も変わる、ならば社長の思いも変わるはず。はたして会社はそれでいいのだろうか。

 もしあなたがオーナー型企業の後継を期待されている子どもの立場なら、心配になるかもしれません。「自分は父親(母親)とは違う人間だし、考え方だって全然違う。そんな自分がこの会社を継いでいいものだろうか」「自分が継いで自分なりの社長の思いをぶつけたら、今いる従業員はみんな辞めてしまうのではないか」。

 実際私がお付き合いしている後継社長候補の方からよくいただく質問でもあります

 今回から「社長が交代する時、“社長の思い”はどうなるの?」と題して、社長交代時の社長の思いのあり方についてお話ししていこうと思います。今回は<同族(ファミリー)企業編>、次回は<非同族企業編>です。


2 二代目の父と三代目の息子にそれぞれインタビューしてみた

 私が起業して理念浸透コンサルティングの会社を一から始めた当初、ある三代目経営者から相談をいただきました。彼は二代目の父から会社を引き継ぎ社長となって3年、父親はまだ代表権を持ち、会長として役員会でもことあるごとに口を出していました。

 実際この3年間、彼は代表取締役社長という肩書を持ちながら、ちっとも自分の思い通りにやらせてもらえませんでした。

 会長と意見が食い違うたびに突っ張ってはみるものの、会長の言い分には理屈だけは通っている上に、役員も古参幹部も父親の味方。これでは勝ち目はありません。「だったら最初から自分の好きにしろよ」と愚痴の一つも言いたくなりました。

 ところがここにきて会長が代表権も返上して引退すると言い出したそうです。息子としては親の身体や心情を気遣いつつも「ようやく自分の時代が来た、自分の好きなように経営できる」と気持ちが高ぶったそうです。

 一方で自分の思いをすぐに従業員にぶつけた場合、会社がおかしくなってしまわないか、はたして役員や幹部、従業員はついてきてくれるだろうかと心配になってきました。そこでまずは自分自身の思いを整理して明らかにしておきたいとのことでした。

 私は社長だけでなく、会長にも個々にインタビューしてみたいとご提案しました。同じような質問をしながらそれぞれの思いを掘り下げ、整理した上で両者を比較してみたかったのです。

 まずは父親へのインタビュー。予め息子である社長からどんな考え方の方かは伺っていました。しかし実際ご本人に質問してみると、息子からの見方とはまた違った思いがあることも分かりました。

 親子だから分かり合えていることもあれば、親子でも簡単には伝わらない、簡単には分かり合えないこともあるのです。

 次は息子へのインタビューです。インタビューに当たっては、私はある程度の仮説は用意しますが、なるべく予断は持たないで臨むようにしています。それでも質問の途中で思わず吹き出しそうになることが何度もありました。

 この話をしたあとでこんなことを言うのじゃないか、あるいはこれについては理由をもしかしたらこう説明するのではないかといった予想が何度も見事に当たったからです。

 さて、両者の思いを整理して比較した結果はどうだったと思いますか? これは私にとっても意外だったのですが、両者の思いはほぼ8割方一致していたのです。


3 目的や主な価値観がまったく違うなら、そもそも継ごうと思わない

 父と子は生きてきた時代が違います。

 育った環境も、親しんできたテレビや映画や遊びも違えば、家族以外で共に時間を過ごし影響を受けてきた人たちも違います。それでも多くの部分でめざしている目的や大切にしたい主な価値観の多くが一致していたのです。

 その後も私は事業承継を前にした多くの父と子をそれぞれにインタビューして、思いを整理し比較してきました。

 一致する割合は5割くらいから8割くらいと幅はありますが、半分以上はやはり一致していたのです。冷静に考えてみれば、めざす目的や主な価値観がまったく違うと思ったら、いくら長男だから、親の会社だからといっても、そもそも継ごうと思わないはずです。

 現実にも自分のめざすところと違うといって、家業を継がずに芸術や研究の世界を選ぶといった例は珍しくありません。最近でいえば、親の会社を継がずにミュージシャンや俳優になったという例を耳にしますよね。

 サラリーマンの息子の場合、父親の仕事はある程度大きくなるまでよく分からないものです。私も父に仕事の質問を何度かした記憶がありますが、何度説明をしてもらっても要領を得なかったことを覚えています。

 ところが同族企業の場合、父親は特に息子が生まれた時点で、将来の事業承継をイメージしています。

 継がせたいと思っていればことあるごとに会社の情報を与え、社員旅行などにも連れて行って雰囲気を伝えようとしているものです。小さい町工場などであれば、職場が近く、働く父親の姿を見て育っているかもしれません。

 子どもが「継いでもいいかな」と思っている時点で、すでに一定以上、親が築いてきた会社に対する共感が生まれているのです。


4 継がないと言い張る息子に包丁まで持ち出した父

 私は昔、ある信用金庫の営業担当のAさんから聞いた話を思い出しました。

 Aさんの取引先に地元で数店舗を展開するスーパーがあったそうです。日常的に出入りして、現社長である父親とも幹部として手伝っていた息子さんとも仕事を超えたお付き合いをしていました。

 そんなある日、父親が独立していた息子の自宅に包丁を持って乗り込んできたそうです。警察沙汰は避けたいと家族はAさんに助けを求めました。現場に急行したAさんは父親を落ち着かせ、話を聞くことにしました。

 原因は事業承継でした。父と息子はふだんから経営方針でぶつかることはよくあったのですが、父は息子に会社を継がせたいと思っていました。

 「それが絶対に継がないって言い張るもんで、あったまに来て…。Aさん、息子に何とか言ってやってくれよ」。Aさんは「分かりました。まずは私が息子さんの本当の気持ちを聞いてきますので」といって息子さんと2人で会うことに。

 今度は息子さんがせきを切ったように父親への不満をぶちまけてきます。「Aさん、オヤジは何も分かっちゃいないんだよ」と。

 ようやくやや落ち着いたところでAさんは息子さんの本音を聞いてみました。するとこう言うのです。「継ぎたくないわけじゃないけど、今のやり方じゃあ未来がないと思っているんです。オヤジが大切にしてきたことは守りつつも、自分のやり方でやっていいなら継ぎたい」。

 Aさんはそのことを父親に伝えました。父親はまだまだ言いたいことはあったようですが、息子のやり方に一切口を出さないことを条件に、バトンを渡したのだそうです。

 親と子、大切にしたいと思っている根っこの部分では理解し合っているのに、それ以外の部分で突っ張ってしまって素直に認め合えない…そういうものなのかもしれませんね。

5 世界で最も長生きな、かの国の企業の秘密

 世界で「創業200年以上の企業の数」が最も多い国はどこか、ご存じでしょうか。

 答えは日本です(下図:後藤俊夫著『三代、100年潰れない会社のルール 超長寿の秘訣はファミリービジネス』、プレジデント社より)。しかも3113社と、第2位ドイツの1563社の約2倍という“ダントツ”の世界一なのです。

 第3位のフランスに至っては331社と日本の約10分の1。創業100年以上の企業数は実に約2万社にも上るそう。日本は世界一の超老舗企業大国なのです。

 日本企業の長生きの秘密はいろいろと分析されていますが、法政大学大学院教授の久保田章市氏は著書『百年企業、生き残るヒント』(角川SSC新書)の中で、2つの点を挙げています。

 1つは「日本の伝統的な“家”制度」の存在です。

 日本では家業を代々オーナーが受け継いできました。伝統的には長兄が継いできたわけですが、オーナー夫婦に必ずしも男の子が生まれるとは限りません。そもそも子宝に恵まれない場合もあります。

 数代重ねる間には十分に想定されます。そんな時、日本の老舗企業は娘に養子をもらったり、血縁のない従業員や外から連れて来た他人を後継ぎにしてきました。

 これは私がある老舗経営者にうかがった話ですが、その際の基準は「息子だから」が優先なのではなく、「継ぐにふさわしいかどうか」「家業を永続できる力があるか」なのだそうです。

 長男がダメなら次男、三男というケースも珍しくないし、娘婿、甥や姪の夫、それでも見つからなければ番頭さんや従業員の中から選んできたのだそうです。

 血縁者以外に継がせるというのは、お隣の中国や韓国では基本的にあり得ないことだそう。その結果、200年続く企業は韓国ではほとんどなく、中国もその人口に比して少ないというわけです。

 久保田教授が挙げる老舗企業永続の2つ目の秘密は、「企業理念の実現をめざして、“伝統の継承”と“革新”に取り組んできたこと」です。

 企業理念の追求は、何代にもわたって経営者がブレずに会社をリードしていくための羅針盤となってきたのです。同時に「守るべき点は守りつつ=“伝統の継承”」、「それ以外のことは常に見直し、新たな価値を生みだしていく=“革新”」を営々と続けてきたからだといいます。

 帝国データバンクの史料館・産業調査部がまとめた『百年続く企業の条件 老舗は変化を恐れない』(朝日新書)によれば、この羅針盤を家訓・社是・社訓といった形で伝えてきた企業は、100年以上続く老舗企業の77.6%と約8割に上るそうです。

 明文化してきたところもあれば、口伝(くでん)されてきたところもあります。

 すなわち、世界で最も永続してきた日本企業は、社長の思いの大切な部分を引き継げる後継者にバトンを渡しながら、それ以外の部分を革新し続けてきたからこそ今があるというわけです。


6 交代した社長が、従業員に対して最初に語るべきこと

 社長が代われば人間が代わる以上、社長の思いが変わることはむしろ自然なことです。

 しかしながら、ここまで見てきたように多くの同族企業においては、社長の思いの主なところはちゃんと引き継がれているようです。そして割合は個々に異なるものの、違う部分があるのもまた事実です。

 では、バトンを引き継いだ新社長が気を付けるべきことは何でしょうか。

 それは、「前社長とどの部分は変わらなくて、どの部分は変えたいのか」をはっきりさせること、それを分かりやすく従業員に語ることです。

 これが分からないとどうなるでしょう。役員も幹部も従業員も新社長が語らないと勝手に考えます。「何も言わないところを見ると、坊ちゃんはきっとお父さんの思いを受け継いでいるのだろう」。

 引き続き前社長のやり方で仕事を進めていたところ、突然新社長から「何をやってるんだ、違うだろう!」と怒鳴られます。その瞬間、だれもがパニックになってしまうことでしょう。「えっ! 坊ちゃんはお父さんと違うんだ。何が違うんだ? 分からない、どうしよう」と。

 こうなると新社長がしっかりと説明しない限り、前社長のすべての方針のどれが変わらずにどれが変わったのかがまったく分かりません。

 だれしも社長には怒られたくはありません。まして信頼関係もまだ十分でない以上、最悪の事態も想定しなければなりません。となると役員や幹部や従業員たちはどうするでしょう。

 彼らには自身の生活も家族もあります、致命的な失敗をするわけにはいきません。そこで新社長からの指示を待つことにします。

 指示を待つなら「何だ、あなたは言われなきゃ分からないのか」と叱咤されたとしても、大きな失敗にはなりません。こうして従業員のだれもが指示待ち人間になっていきます。自ら考え、判断して行動することができません。

 世の中の変化は激しく、顧客のニーズも多様化するばかりです。現場の一線で判断できず、いちいち上にお伺いを立てていて、お客様は待ってくれるでしょうか。

 目の前のニーズにすぐに答えられない、臨機応変に対応できない会社は、今の時代ではまちがいなく衰退していくでしょう。

 新社長が、「前社長とどの部分は変わらなくて、どの部分は変えたいのか」をはっきりさせ、分かりやすく従業員に語っていたらどうでしょう。

 新社長がそのことについて早く語れば語るほど、自分がめざす会社の姿を早く見ることができます。従業員は、新社長の考え方を理解しながら自ら判断し、目の前のお客様のニーズに答えながら行動できることでしょう。

 それに対するお客様からの反応がダイレクトに現場の従業員に跳ね返り、彼らは日々やりがいを感じながら働けるはずなのです。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回は、同じテーマ「社長が交代する時、“社長の思い”はどうなるの?」で、<非同族企業編>について書きたいと思います。

※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年8月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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