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第24回(最終回) 社員もお客様も社会も、最後に社長も幸せに

1 『理念経営の5大メリット』とは

  「社長の思いはこうすれば伝わる」と題してお話ししてきたシリーズも今回が最終回となります。そこで「社長の思いが理念として従業員やお客様、社会に伝わると何がいいか」について整理してみたいと思います。

 私はこれを『理念経営の5大メリット』としてまとめています。

 メリットというのは、合理的で割り切った表現に感じるかもしれません。しかし「社長の思いを共有する」とか「理念経営」に懐疑的な人から最初に投げ掛けられるのは、「ところで伝わると何が得なの?」という質問です。良い点についてより多くの方に知っていただくためにあえてメリットと呼んでいます。

 では下の図中のIから順にご説明していきましょう。

 メリットの1つ目は「I 経営が意思決定で迷わない」ということです。

 社長の中には「何を言っているんだ。意思決定で迷わないなんてことがあるわけない」と即座に反論したくなった方もいらっしゃるでしょう。もちろん、全く迷わなくなるとは言いません。

 長年経営していると、必ず何年かに1度、あるいは10年に一度の大きな意思決定をしなければならない場面がやってくるものです。考えうる主な選択肢はAかBかの2つ。それぞれにメリットとデメリットがあって、どちらが正解とも言い切れない。しかしどちらかを選ばざるを得ない。時間はない。

 トップとしては後で後悔しないように、何かによりどころを求めたくなるものです。そんなとき、あらかじめ社長の思いを理念として整理しておくと“よりどころ”となるのです。

 自分は「何を大切にしながら何を目指したいのか」が明確になっていると、Aの道を選ぶべきかBの道を選ぶべきかの答えはそれに照らし合わせればすぐに出ます。思い、理念がしっかりとしたものであればあるほど迷わないのです。

 会社の未来を左右するような意思決定は、突然やってきて、しかも結論を出すまでに時間が無いことが少なくありません。例えば大きな投資をするかしないか、返事は今月中、できるだけ早くしないといけない。あるいは社内で致命的な不祥事が発覚し、マスコミも嗅ぎ付けた。お客様や社会に対してどのように対処し説明するかを即刻決めなければならない。

 後者のような場合、あらかじめ社長の思いや理念が明確でないと、社員だけではなくトップもまず会社組織を守ろうと考えます。事実を隠ぺいしたり、嘘の説明をしたり、関わった社員個人の責任にしたり、そもそも説明を拒否したり。

 一方であらかじめ社長の思いや理念が明確であれば、答えはおのずと出るはずです。会社を続ける上で最も大切なことは何か。それが無くなったら続ける意味が無いと思えれば、組織を守ることではなく、大切なことに迷わず目が向くはずです。

 結果的にそのほうがやり直せたり、倒産の危機だけは免れ、末代まで名を汚すこともなくなるのです。

 「I 経営者が意思決定で迷わない」は、理念経営を行う上での根本的なメリットであり、II以降のメリットを支える始まりでもあります。

2 トップが迷わないから、上司も部下も迷わない

 メリットの2つ目は「II 上司が部下の指導で迷わない」です。

 これは今触れたように「I 経営が意思決定で迷わない」が前提となります。役員から課長、係長まで含めて、役職の付いている人は、社長を除いてみな“中間管理職”といえます。組織の中間である以上、彼らには全て上司と部下が存在します。

 役員は正しくは社長の部下ではありません。企業に強くガバナンスが求められる時代においては、むしろ経営を担う者同士として互いに厳しくチェックし合う存在であってほしいものです。

 社外役員にも大いに物言う人材を招聘(しょうへい)してもらいたいところですが、まだまだそんな企業は少なく、社内外含めて社長の御用役員で構成されているのが現実のようです。いわんや株を社長が握っている未上場企業では、役員は実質、全員社長の部下と言える存在でしょう。

 話を戻します。
 中間管理職の主要な仕事は「上の意思決定を分かりやすく自分の部下に伝えて実行に移させること」です。例えばトップが「全ての判断は、常にお客様が満足されているかどうかを規準にしてください」と言い続けていれば、役員以下の上司たちは何も迷うことはありません。

 部下にも同じことを求めるでしょう。すると部下もその下の部下も迷わなくて済みます。

ところがトップの方針が明確でなかったらどうでしょう。先日まで「お客様第一」と言っていたのに、今日の役員会では「お客様も大事だが業績を優先させろ」と言い出したら上司たちは混乱します。

 そしてこれは例外なく各社共通なのですが、方針が複数出てきて優先順位が示されないと、上司たちは混乱したあとにお客様や社会といった外向きではなく、組織や自分の立場を守るといった内向きの判断を優先してしまうようです。


 複数の方針の優先順位を明確にしなかった場合だけではありません。トップが「お客様第一」の方針については先月話したから今月はもういいだろうと「業績」の話ばかりをすると、上司たちは部下にこう言うのです。「社長が先月はお客様第一と言ってはいたが、とは言え業績が大事だから数字を追え」と。

 部下たちは「お客様第一」に向けていろいろな企画を考えていた矢先にちゃぶ台をひっくり返され、「お客様第一」を考えることをやめてしまうでしょう。トップは先月だけでなく今月も、昨日だけでなく今日も「とにかくお客様第一だぞ」と言い続けなければなりません。

 売らなくていいのではありません。「お客様第一を追求するためには、とにかくまずお客様に当社の製品を使っていただき満足いただく以外にないのです。さあ、お客様第一となるように売りましょう」と言えばいいのです。

 メリットの3つ目は「III 従業員が自律的に行動し、生き生きと働く」。

 会社やトップ、上司から示されるべきは先月も今月も、昨日も今日も変わらない方針だけで十分です。これが企業理念そのものであり、「何を大切にしながら(価値観)、何を目指すのか(目的)」を明確にした、会社としての最低限の判断規準です。

 そしてあとは現場に判断を任せるのです。任せないと変化の激しい時代、顧客ニーズの多様化した時代に対応できないはずなのです。

 必要最低限のマニュアルは必要ですし、その質を高めていくことはノウハウの蓄積になると思いますが、マニュアルに収まらないケースのほうが日常です。来店したお客様が何人で、どういう構成のときにはどうしなさいという指示マニュアルでは、組み合わせは膨大になり新人は覚えることすらできません。

 一方、まずはお客様のご要望について聞きましょう、そして当社としては〇〇を最優先して考えて対応しましょう、とあれば、新人でも自分で考え、行動することができます。

 上司からやマニュアルで指示されるだけの仕事は最初は楽ですが、すぐにつまらなくなります。

 たとえそれでお客様が笑顔になっても自分の成果だとは思えません。ところがそこに自分で考えて行動するという要素が加わればどうでしょう。

 自分で判断して行動したのであれば、お客様が笑顔になってもならなくてもそれは自分次第です。笑顔になればうれしいし、そうでなければ何かしよう、次は笑顔にしてみせようと考えます。

 上司や周りが彼らの行動や考え、成果を褒めてあげればもっとやる気になることでしょう。

 新人に判断を任せたらとんでもないクレームになるかもしれないじゃないか、と心配する声を聞きます。本当にそうでしょうか。社長の思いや企業理念を判断規準としてしっかり用意してさえいれば、大抵のことは新人でも判断できるはずです。

 高度な判断で新人だと迷うときはすぐに上司に相談するように指導すればいい。あるいは毎日振り返りの時間を持って判断を修正する仕組みを作ればいいでしょう。

 指示されるだけでは人の成長はその範囲ですが、自分で判断することを繰り返していれば成長スピードはぐっと上がります。

 新人や若手の成長が進めば、上司はもっと高次の仕事に専念できるようになって、業績向上に直結するのではないでしょうか。

3 理念を全社で共有浸透できれば、おのずと顧客や社会が支持してくれる


 「III 従業員が自律的に行動し、生き生きと働く」の最大のポイントは、何と言っても「生き生きと働く」の部分です。従業員が同じ方針の下でやる気に満ちている会社に、元気や活気の無い会社があるでしょうか。

 彼らは上司がいちいち指示などしなくても社長の思いや企業理念の方針に向けて、「もっとこうしたらどうだろう」とどんどん動き出してくれるはずです。自然と4つ目のメリット「IV 社内の意思が1つになり、とてつもないパワーを発揮する」こととなっていくでしょう。

 IVの言葉だけを見れば、そんな理想的な状態になるなら経営で苦労しないと思われるかもしれません。が、I→II→IIIまでの流れをたどっていけば、必然的にIVの状態になることはイメージしていただけるのではないでしょうか。

 5大メリットの最後、5つ目の「V 顧客や社会に理解され支持される → お得意様が増えてブランド化する」も、I~IVまでの流れがあれば、必然的に起こることなのです。

 お客様と一言で言っても、さまざまな方がいらっしゃいます。先ほど“変化の激しい時代、顧客ニーズの多様化した時代”で触れましたが、ニーズが多様化している分、自社の考える目的や価値観を明確に打ち出せば、強く共感して顧客になってくれる人がいるものです。規模や知名度に関わらず、目的や価値観への共感でファンになってくれるのです。

 目的と価値観を理念としてぶれることなく追求し続けていけば、ファンとなった顧客は強い味方となり、第三者に「これいいよ、試してみて」と勝手に薦めてくれます。結果、共感が共感を呼んで、従来のように大きな投資や長い時間をかけなくとも強いブランドが生まれるようになってきます。ネットの時代が、それを地方の中小企業でさえも可能にしてくれました。

 シリーズの中でもお話ししましたが、理念経営とは理念の実現に向かって「もっとやろう」とどんどん上を目指していくものです。一方、昨今企業に強く求められるコンプライアンス(法令順守)は、そのほとんどが「やるな」という話です。

 子どもに「これはダメ、それもダメ、やっちゃダメ」と言っていると、次第にやる気を失ってしまうことは想像できるでしょう。大人だって同じです。

 コンプライアンスで求められていることは、業界ならではの専門的な部分を除けば、そのほとんどが“大人なら当たり前”のことばかり。コンプライアンス教育が必要無いとは言いませんが、社会が求めるからという理由で、形ばかりの勉強会を重ねていても社員はやる気になりません。むしろ「大人の自分たちを信じてくれないのか」と感じるものです。

 理念経営をどんどん進めていけば、上を目指すための「やろう」でいっぱいになって、コンプライアンスに触れる「やるな」をする時間も、心の隙間も無くなるはずです。

 その意味でも理念経営の推進自体が、コンプライアンスへの取り組みにもなるのではないかと私は考えています。全員が高い理想を目指していれば、コンプライアンスについてしつこく語る必要がなくなるのです。

 『理念経営の5大メリット』以外にも、派生的なメリットはあります。
 例えば、「理念を共有浸透できている会社は“逆境に強い”」ということ。

 会社が何十年と続く間にはいく度か危機的な状況が訪れるものです。業績が落ちて賞与を減らさざるを得ない、さらには給与カットや人員整理にも着手せざるを得なくなる。いろいろなものを縮小していくにつれ、従業員の気持ちも縮んでいきます。

 給料が目的だった人はいの一番に辞めていくでしょう。しかし社長が目指すべき目的や価値観を示してまじめに努力を続けていたらどうでしょう。「(景気や外部環境などさまざまな理由で)今は厳しいけれど、目指す目的を諦めずに追求し続けていればきっとまた元に戻れると思う。信じて付いてきてほしい」と。

 第1回のA社のストーリーの中では、まず5大メリット以外の人材採用上のメリットをお伝えしましたが、社長の思い、会社の理念に共感して入社した人たちは、A社が経営危機になっても辞めることなく、「社長、僕らが何とかしますから」と言って立て直してくれたのです。

 東日本大震災では社屋から工場まで、ほとんどのものを失った会社がたくさんありました。その中でも日ごろから社長の思いを伝え、明確な理念を掲げて追求してきた会社では、従業員が残ってがんばってくれて再建できたところも少なくないと聞きます。

4 全てのことにはデメリット(または留意点)もある


 社長の思いや理念が明確で共有浸透できていること、すなわち理念経営のメリットばかりを挙げてきましたが、物事には必ずデメリットないしは留意すべき点があります。理念経営においてそれは何だと思いますか。

 デメリットというより、留意すべき点として前向きに捉えてほしいのですが、一言で言えば「かなりの根気と時間が必要」だということです。

 まず、すでにお話ししたようにトップである社長は、思いを伝え続けなければなりません。

 
先月言ったからいいのではなく、今月も。昨日言ったからいいのではなく、今日も言わなければなりません。少なくとも理念として全員に共有浸透されるまでは、諦めることなく口酸っぱく言い続けるしかないのです。

 理念経営で有名な企業のトップに聞くと、「理念の話なら何時間でも何日でもできる」と言い切れる人ばかりです。

 私がご支援した会社の社長は、「理念については新卒の会社説明会で直接僕から話すようにしているのですが、人事からは30分でと言われているのにいつも大幅にオーバーしちゃうんですよね」と笑います。

 終了後の学生アンケートで社長の話が長かったという声が多いのかというとそんなことはなく、むしろもっと社長の思いや理念の話を聞きたかったという声が大半だそうです。

 トップが語り続けるのは大前提ですが、他にもいっぱいやるべきことがあるということはこのシリーズで何回にもわたってお話ししてきました。さらには1回やったら終わりなのではなく、“やり続けること”、そしてより高いレベルでの理念実現に向けて“高めていくこと”が必要なのです。

 経営者であれば、理念経営を追求することで『理念経営の5大メリット』をはじめ、多くのメリットが得られて業績にもつながるのであれば、ぜひ取り組んでみたいと思われる方も多いでしょう。

 しかしそこに楽(らく)な道はありません。ただし、より近い道や楽(たの)しい道なら存在します。

 よろしければこのシリーズをもう一度第1回から読み直してみてください。

5 私がコンサルティングをお引き受けする際に、必ずお伝えしていること


 当社で考えている『理念実現のための3ステップ』を図にしてみました。

 「Step1.理念の明確化」と「Step2.社内への共有浸透」についてはこのシリーズで詳しくお話ししてきました。「Step3.社外への共有浸透」は具体的な企業活動に反映させていくプロセスに当たります。採用・教育・組織づくり、マーケティングや販売戦略、ブランド構築。

 他にも理念の共有浸透をあらゆる企業活動に反映させ、外部の顧客や社会から見たときに、「この会社の目指している目的や価値観はどこを見ても一貫していてブレていない、だから信用できる」と思ってもらわなければなりません。

 ただStep3.については、Step1.とStep2.が進んでいけば一定以上進み始めているとも考えています。全従業員が理念の実現に向けて動き出していけば、個々の企業活動にも自然と反映されていくものだからです。

 「Step3.社外への共有浸透」の各論についてはまた機会を見てお話しできればと思います。

 最後に、第1回の結びの繰り返しになりますが、私が社長の思いを伝えるコンサルティングをお引き受けする際に、必ずお伝えしていることについて。

 社長の思いを整理して分かりやすく伝えると、その思いに共感する社員が集まります。彼らは仕事そのものが自分のやりたいこと、実現したいこととなるので、生活のための仕事という立場を超えて頑張ります。

 彼らのエネルギーやモチベーションは全社で想像もしないほどの大きな力になっていきます。社長の思いは共感する社員を通して顧客や社会にも伝わっていきます。「この会社の商品・サービスだけでなく、社長の思いや理念に共感した。この会社は信頼できる」と。

 信頼は価値となり、ロイヤルカスタマー(ファン、忠実な顧客)を増殖させていきます。そうなれば株主の信頼も得られるでしょう。

 社員が喜び、顧客や社会が喜び、株主が喜んでいて、喜ばない社長はいないでしょう。「社長には最後に幸せになってください」 …私がコンサルティングをお引き受けする際に、必ずお伝えしていることです。


※不定期ですが今後もお役に立つコラムを掲載していく予定です。よろしければフォローをお願いします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2022年5月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

 

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