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第2回 社長の思いがしっかりしていないと“そもそも”始まらない

1 社長の思いは、現場の従業員が行動し、お客様や社会に伝わってこそ

 第1回は「社長の思いを共有することで経営危機を脱したA社」と題して、社長の思いを全社で共有することの意味について考えてみました。

 社長の思いを全社で共有できると、「特に危機に対して組織として強いこと」、また「永続的な成長へとつながる可能性が高くなること」がおわかりいただけたでしょうか。

 そして共有の前提として、「入り口としての採用の重要性」についてもご理解いただけたのではないかと存じます。

 さて、今回のシリーズの大テーマは「社長の思いはこうすれば伝わる」です。伝えて共有することの大切さを“お伝えした”ところで、次は「では、どうすれば伝わるのか」についてお話ししていくつもりです。

 伝えて共有するためには、最終的には現場の一線で働く人たちの協力が欠かせません。同時にその思いを実際に体現していくのも現場の一線で働く従業員たちです。

 彼らが思いを行動として体現してこそ“伝わった”といえるのです。

 さらには思いがめざしているもの(=目的)にもよりますが、多くの場合、会社の外にいるお客様や社会、あるいは株主に伝わってこそ、本当に思いが“伝わった”と言えるのではないでしょうか。

 20~30人くらいまでの会社であれば、社長自らが毎日思いを伝え続けていれば、全員に伝えることができるはずです。

 もちろん、伝え方が悪ければただ毎日言葉が上から降ってくるだけで、従業員には届かないでしょうが、上手に伝えられれば直接伝えていくことに勝る方法はないのかもしれません。

 しかし従業員数がそれ以上となると、社長が毎日全員と顔を合わせたり、語り掛けることは難しくなっていくでしょう。

 最近はメールやSNS(フェイスブック、Lineなどのソーシャルネットワークサービス)なども活用できて便利にはなってきましたが、組織が大きくなればなるほど直接思いを伝えられる機会は減ってきます(それでも結構あるものなのですが、その話はまた別の機会に……)。

 現場の一線へ思いを伝えるには、彼らの上司である課長や部長といった中間管理職の方々の役割が大きくなってきます。


2 幹部や上司、現場の従業員の頑張りの前にある“そもそも”

 さて、今回は“そもそも”の話をします。

 「社長の思いを伝える、共有すること」のゴールは、現場の従業員たちと共有し、行動につなげること。そして多くの場合お客様や社会、株主に伝えて、結果として会社を永続的に発展させていくことになるわけですが、そのためには“そもそも”大本がしっかりしていなければ話になりません。

 大本とは、「社長の思い」です。

 「社長の思い」がしっかりしていないと、いくら社長が熱っぽく語ろうと、中間管理職の人たちがどんなに日々汗を流そうと、現場の従業員たちが前向きに取り組もうと、結局思いを行動につなげることはできません。当然、お客様にも社会にも株主にも伝わらないのです。

 社長の思いがしっかりしていないとどうなるでしょう。例えば社長がこないだまで言っていたことと、今日言っていることが百八十度違うと感じたら。聞いた上司はもちろん、現場は混乱するでしょう。

 昨日までは褒められていた(あるいは怒られなかった)ことが、今日は怒られてしまう。何が正しいのか判断できないと感じたとき、人は考えることをやめてしまいます。

 流れに身を任せて具体的な指示は上から仰ぐようになり、自分で考えない指示待ち人間が大量発生することになります。

 変化の激しい時代の中でこれは致命的です。現場はその先のお客様から言われたことだけにとりあえず対応するだけ。いろいろと要望されても自分では判断がつかないので、保留して上の指示を待つ。上司も社長の思いが見えないと判断のしようがありません。

 こうしてどんどん判断が遅くなる。すべてが後手後手です。当然お客様はイライラするばかり。「もういいです」と怒って、二度と戻って来てはくれないことでしょう。

 お客様を失うばかりかアンチファンさえも増やし、競合先を潤すばかりです。

 “そもそも”社長の思いがしっかりしていないと話にならないとなると、現在社長の思いを伝えるべく頑張っている管理職や従業員の人たちには、身も蓋もなく聞こえるかもしれませんね。

 伝わるか伝わらないかは「社長の思い」のしっかり度によります。

 ある程度しっかりしていれば、伝えていくことは可能です。実際、社長の思いを伝えようと努力している会社では、ある程度は現場に伝えることができているのではないでしょうか。

 社長の思いがしっかりしていてふだんから共有できている会社でも、こないだまで言っていたことと、今日言っていたことが違うと現場が感じることはままあるものです。

 それでも社長の思いがしっかりしていて、根本にあることは変わらないと確信できていれば、発言の変化の背景にはきっと何か理由があるはずだと想像できます。

 そしてその理由さえ確認できれば、上司も現場も昨日までと変わらぬ思いを貫けるはずです。一貫してさらに深くお客様や社会に伝えていけるのです。


3 社長の思いがしっかりしているかどうかを、社長自身に確かめる質問

 社長の思いを上司を通して現場へ、お客様や社会へと伝えていくために、まず手をつけるべきは、“そもそも”社長の思いをしっかりと定めることなのです。

 「いやそれは十分にわかっているのだが、それができなくて困っているんだ」という幹部や中間管理職の方もおられるでしょう。

 もし社長自身がこのことの重要性を認識されていて、思いをもっとしっかりとさせるためにノウハウをほしがっているのであれば、すぐに外部の専門家の力を借りればいいでしょう。

 けれども社長自身が「自分の思いはしっかりしているはずだ」と思い込んでいる場合は厄介です。受け取る側としては「しっかりしているようには見えない」、あるいは「しっかりしているのかどうかさえわからない」状態でしょう。

 かといっていくら側近といえども、「社長、あなたの思いがしっかりしていないようなので現場に十分に伝えられません」とは面と向かって言えませんね。

 社長のご親族などで万一直言できたとしても、「何を言っているんだ。私の思いはしっかりしている。伝わらないのはあなたの現場に伝える工夫や努力が足りないからだ」と切り返されるのがおちです。

 ここは視点を変えて、“そもそも”社長の思いが「しっかりしている」とはどういうことなのかを考えてみることにしましょう。社長の認識を変えるヒントになるかもしれません。

 「しっかりしている」とは、ひと言でいえば「明確でブレない」ということです。

 専門家として私なりに定義すれば、「会社としてめざす目的と絶対に譲れない価値観が整理されていて明確でブレない」ことです。

 ここで社長の思いが「しっかりしている」かどうかを確かめるための2つの質問があります。機会を見て、社長に次のような質問をしてみてください。あなたが社長の場合は自問自答して、できれば具体的な言葉としてメモしてみてください。

【社長の思いが「しっかりしている」かどうかを確かめるための2つの質問】
・質問1 この会社がめざしている目的をひと言でいうと何ですか。
・質問2 その目的実現に向けて、この会社が大切にしなければならない価値観(絶対に譲れない価値観)を1つだけあげるとすれば何ですか。

 「質問1」のポイントは“ひと言でいうと”にあります。

 長々と説明されても聞いている方は要領を得ませんし、本質をつかめません。当然ながら最終的に現場の従業員全員に伝えられるとも思えません。

 ひと言で表現できないということは、恐らく社長自身も目的を本質的につかめていないのです。話を聞き終わった後に、「それで、ひと言でいうと……」と、もう一度質問してみてください。

 ひと言で説明されても、それが抽象的でよくわからなければ、「社長すみません。それはどういうことですか」と自分が明確に理解できるまで質問してください。聞く側は決してわかったふりや妥協をしてはいけません。

 幹部や中間管理職は聞く以上、部下たちに明確に伝える使命と義務があります。自分が理解できていなくて、はたして一線の従業員に伝えることができるでしょうか。

 社長の中には「当社の目的は利益を出して(従業員にも還元し)、会社を存続させることだ」と答える人もいるかもしれません。間違ってはいませんが、それは会社であればどこにも当てはまります。

 そうではなくて、聞きたいのはこの会社ならではのめざす目的のことです。

 ひと言で明確に答えられない社長はやがて言葉に詰まり、自身が本質をつかめていないことを自覚するかもしれません。ただ最初からあまり追い詰めて恥をかかせては、お互い不幸な結末になるだけです。

 1回で難しいようなら社長に改めて考えていただき、2回、3回と時間をかけてじっくりと聞き出すようにしましょう。


4 大切にしたい価値観は、どうしても譲れないものだけを残す

 「質問2」のポイントは“最も”(あるいは“1つだけ”)にあります。

 多くの社長の思いを整理しまとめてきた私の経験から、単に「この会社が大切にしなければならない価値観は何ですか」と質問すると、10前後、場合によっては20以上も並べる社長がいます。

 あれもこれも大事だから全部守れと命令するのです。

 ある価値観に共感できるか否かをイエス、ノーの2択で答えるとして、これが10個あったら何通りになるでしょうか。そうですね、2の10乗=1024通りです。

 10の価値観のすべてにイエスと答える人材は1024人に1人しか存在しません。1万人の応募者があっても一致するのは10人以下。その中から優秀な人材を選ぶのは至難の業です。

 実態は社長から日々10の価値観のすべてを求められ、一致しないことに悩む従業員があふれかえることになるでしょう。

 人生において、人は知らず知らずのうちに多くの価値観に対して独自にイエス、ノーの選択を築き上げているものです。その数は20でも収まりません。

 それぞれに2乗していくとあっという間に日本の人口はおろか、世界の人口も超えて天文学的な数字になってしまいます。自分が築き上げた価値観のすべてを譲れないとなると、一致する人は地球上でただの1人も見つけられないことになります。

 価値観の整理は、会社選びだけでなく、人生のパートナー選びにおいても必要になります。はたしてあなた自身にとって、会社や仕事に対して、人生のパートナーに対してどうしても譲れない価値観はどれとどれなのか。

 譲れない価値観の数は、できる限り少ない方が、出会いの可能性が高くなります。

 ところで、自分自身の価値観と100%一致する人と暮らしていくことは本当に幸せなことでしょうか。

 毎日一緒にいて心地はよいかもしれませんが、刺激は極端に乏しいかもしれません。価値観があまりに一致していて、新たな世界、発見や驚きがないのですから。

 譲れる範囲であれば、むしろ価値観の違いを認め合える関係の方が人生の楽しみは広がっていくはずです。

 会社でいえば、個性の違う、発想の違う人たちが互いに認め合い、アイデアを高めることで新しい価値や製品、サービスが次々と生まれていくことでしょう。

 結露としては譲れない価値観の数はより少ない方が、より幅広い母集団の中から優秀で個性の輝く人材を選べるということなのです。

 経験的に申し上げれば、会社として譲れない価値観はせいぜい3つから5つくらいまでに絞り込むことです。5つでも2の5乗は32。確率的には32人に1人しか採用対象にならなくなるわけですから。

【社長の思いを明確にするための追加質問】
・質問3 目的実現に向けて、この会社が大切にしなければならない価値観(絶対に譲れない価値観)をあと2、3あげるとすれば何ですか。

 今回ご紹介した3つの質問は、社長の思いがまだしっかりしていないことを本人に認識していただく(=大本である“そもそも”に問題意識を持ってもらう)ために有効です。

 しかし、私が依頼を受けて社長の思いを整理し明確化している現場でいえば、この質問だけで社長の思いを「明確でブレない」ものにできるわけではありません。

 では、社長の思いを整理し明確化するために私がどんな質問をしているのか。それは創業社長の場合、事業承継の場合、サラリーマン社長(私は駅伝社長などと呼んでいますが)の場合でどう違うのか。これについては次回ご紹介していきたいと思います。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年7月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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