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■第1回 理念経営って何がいいのですか?(1) ~武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」シリーズ~

1 経営者の考え方は十人十色、人それぞれでいい

 こんにちは。私のコラムシリーズを初めて読んでいただく方も、長く読んでくださっている方もいらっしゃるかと存じます。

 今回のシリーズ『武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」』は、これまで私が多くの講演や執筆、企業向けコンサルティングを進める中でいただくことの多かったホンネの疑問に、具体的かつ実践的に回答していくスタイルです。

 初めての方には普段「理念経営」と聞いて感じている疑問についてホンネでお答えできると思いますし、ベテラン読者(?)の方には同じように普段の疑問の解決と、これまでの内容の整理の場として、また“より実践的な”イメージを持ってご活用いただけることと期待しています。

 第1回、第2回では「理念経営って何がいいのですか?」と題して、根本的な「理念経営」の疑問にお答えしてみたいと思います。第1回は主に経営者にとっての良いところについてお話していきます。

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 ある会合で若手経営者のAさんにご挨拶させていただきました。急成長のベンチャー企業として話題になった会社、みなさんもご存じの経営者です。

 Aさんは私の名刺を見て、「理念経営のコンサルティングですか。そんな商売があるんですね。僕には必要ないですけど」とくすっと笑いました。そうした反応にはこちらも慣れたものです。私は「そうなんです。必要ないって方もいらっしゃって、そういう方からはお声は掛からず、ご縁もないのですけどね」とニコッと返しました。

 Aさんの言いたいことは分かっていました。「理念などなくても要は儲かればいいんでしょ。所詮ビジネスは一番儲けたやつが勝ちなんですから」。そしてAさんは実際に飛ぶ鳥を落とす勢いでそれを実現していました。

 「理念経営」を薦めている私ですが、企業が儲けることに異論などありません。そもそも利益を上げない限り、従業員に十分な給料を払えません。ない袖は振れませんから。

 十分な利益がなければ新たな投資もできず、業績は次第に先細っていくことでしょう。企業は儲けなければいけませんし、長い目で見れば成長し続けなければなりません。

 そしてもっと言えば、私は「所詮ビジネスは一番儲けたやつが勝ち」という考え方も否定するつもりはありません。経営者の考える1つの目的であり価値観ですから。

 ただし「企業は儲かっていればそれでいい」という考え方に共感して集う社員がどれだけいるかは別の話です。

 Aさんの本音の本音は、「とにかく早く儲けて、自分自身がとんでもない金持ちになりたい。幹部や従業員の給料は、利益を上げてもらうための必要コストであって、できれば抑えたい」のかもしれません。

 提示された給料をもらえるならいいじゃないかと入社した人たちは、会社がもっともっと儲かるためにAさんから毎日とことん頑張るよう、給料以上に求められることでしょう。それでもやっていける人ならお互いにハッピーでいいのですが、はたしてそういう人がどれくらいいるでしょうか。

 後日談ですが、Aさんはしばらくして話題のさなかの会社を高値で他社に売却、多大な創業者利益を獲得して会社を去りました。創業以来昨日まではっぱをかけていた社員たちを残して。

 Aさんだけは目的をしっかりと遂げることができたのです。


2 「理念」とは、経営者が「この会社をどうしていきたいか」

 以前、別のシリーズでも触れたかもしれませんが、シリーズの最初なので「経営理念(企業理念)とは何か、理念経営とは何か」について私の考えを改めてお話しさせてください。

 いきなりですが、私は「理念」という言葉がそれほど好きではありません。概念的過ぎて分かりにくいと思いませんか? かといって英語訳で使われる“ミッション(使命)”、あるいはビジョンといった言葉もぴったりとはまりません(ビジョンは正確には理念とは別物です)。

 日本人にとっては外国語だけに「理念」以上に分かりにくいでしょう。日本には「理念」を表す言葉として、昔から「社訓」「社是」「綱領」などもありますが、分かりやすいとは言えません。結局、中でも最もしっくりくるのは「経営理念(企業理念)」だろうということで使っている次第です。

 ちなみに、「経営理念」と「企業理念」。前者がやや人寄りで、後者がそれを企業のものとして定めたものというニュアンスはありますが、ほぼ同義と考えています。

 さて、「経営理念(企業理念)」とは何か。私の考えは「トップである経営者がこの会社をどうしていきたいか」であって、会社にとっての憲法のようなものです。

 その中身は2つの要素からなると定義しています。「何を大切にしながら(価値観・手段)」と「何を目指したいのか(目的・使命)」です。

 これは私自身が理念経営を支援するビジネスを行うに当たって関係するさまざまな書籍を研究し、自分自身の経験も重ねたうえで出した結論です。定義してからも都度見直してはいますが、20年ほどたっても一切変わっていません。

 そして、「何を大切にしながら(価値観・手段)、何を目指したいのか(目的・使命)」の考え方は、十人十色、人それぞれでいいというのが持論です。

 100人いれば100通り、1万人いれば1万通りで良いのであって、「かくあるべし」などというものは存在しない。すなわち、企業のトップ・経営者となった1人の人間が「この会社をどうしていきたいか」に尽きます。

 法に触れない限り、どんな目的や価値観、経営理念を掲げてもいいのです。

 従って、一部の理念経営コンサルティング会社が“経営とはかくあるべし”と導いていることには違和感を覚えています。

 おっしゃっている中身の多くが間違っているとは思いませんし、一例として推奨するのはいいと思うのですが、会社をどうしていきたいかは経営者自身が決めればいいことですし、日本中の経営者が全く同じ経営理念を掲げている状態が、はたして健全でしょうか。

 共感できない人たちはどの会社を選べばいいのでしょう。それでは日本全体が1つの理念に縛られ、多様性さえ失われてしまいます。


3 目指す「目的(使命)」は本物か

 「経営理念(企業理念)」の中身である「何を大切にしながら(価値観・手段)」と「何を目指したいのか(目的・使命)」をもう少し分かりやすく説明していきましょう。

 まず「何を目指したいのか(目的・使命)」について。各社の経営理念の「目的(使命)」で最も多いのは、「お客様の満足」でしょうか。

 1990年代、ブームのように理念経営が注目された時代がありました。

 (※本来、理念経営は“日本的経営の特徴の1つ”なのですが、日本ではあまり認識されないままに、日本企業の急成長を見て慌てたアメリカが日本の理念経営を研究して独自に「顧客第一主義」などと発表。それを日本が逆輸入したかのように認識されていますが、その話はまた別の機会に)。

 そこで多くの企業、一説には8割以上の企業が掲げた経営理念が「お客様の満足」であり「顧客満足」「お客様第一主義」でした。

 問題は本当に会社として目指す「目的(使命)」として、国における憲法のように最も大切なこととして実践されてきたかどうかです。中には経営者自らが顧客を裏切り続けていたり、顧客を後回しにするような企業体質が明らかになって、社会から存在を追われた会社も少なくありません。

 本気で思っていない理念などすぐにバレますし、むしろ逆効果です。「お客様第一主義」は、本当にお客様が第一と思って実践している会社しか経営理念に掲げてはいけないのです。

 しかし経営理念の目的として本気で「お客様の満足」を掲げている会社も、その意味するところは同じではありません。

 各社の経営者に、「あなたの目指すお客様の満足とはどういうことですか?」「満足いただいている状態と、そうでない状態の境目はどこにありますか?」「究極に満足いただいているとはどんな状態ですか?」と質問を投げ掛けてみると違いが明らかになってきます。

 あるいは「あなたが“お客様の満足”を経営理念に掲げようと思ったきっかけは何ですか? なぜそう思ったのですか?」と背景まで探っていくと、これはもう100人いれば100通りの答えが返ってきます。

 「お客様の満足」や「お客様第一主義」を掲げていないとお客様にそっぽを向かれそうだと心配する経営者もいます。確かにブームの頃はそうした空気もあったかもしれません。でも、掲げる「目的(使命)」は何でもいいのです。

 最近では「従業員第一主義」を堂々と掲げる会社、「社会への貢献」を第一に掲げる会社も現れています。

 ご心配なく。例えば「従業員第一主義」を掲げる会社の多くは、「まず従業員が笑顔でなくては顧客に笑顔を届けられるはずがない」といった考え方。結果「お客様の満足」にもつながり、多くの顧客の共感を呼んで成長している企業がたくさんあります。

 お客様や従業員や社会の目ばかりを気にしていても、本気でなければいずれはバレてしまいます。目指す「目的(使命)」は、経営者本人が本気でそう思えるなら何でもいい。

 重要なことは、経営者にとって目指す「目的(使命)」が本物かどうかです。

 知り合いの経営者Bさんは、「理念経営にはあまり興味はないけれど、できるだけ多く税金を払える会社にしたい、それが社会への恩返しだから」とおっしゃいます。

 できるだけ税金は払いたくないと考えている経営者は耳を疑うでしょうが、これも立派な理念経営です。「できるだけ多くの税金を払って社会に恩返ししたい」というBさんの思いは、「トップである経営者がこの会社をどうしていきたいか」そのものだからです。

 Bさんの会社は従業員にもしっかりと給料を支払ったうえで、利益に応じた税金を払い、地域の優良企業として表彰されています。


4 大切にしたい「価値観(手段)」は譲れないものか

 次に「何を大切にしながら(価値観・手段)」について。例えば目指す目的を「売上世界一の企業になる」としたとしましょう(もちろん誰もが目的を売上世界一とする必要はありません。あくまで一例です)。

 次は「何を大切にしながら(価値観・手段)」、それを実現したいかです。「人を殺してでも」という価値観は許されませんが、「法に触れなければ人をだましてでも」という人は中にはいるでしょう。

 こういう経営者には譲れない「価値観(手段)」は存在しません。「理念などなくても要は儲かればいいんでしょ。所詮ビジネスは一番儲けたやつが勝ちなんですから」という経営者も同じです。売上世界一や儲けること自体が目的であり、イコール価値観なのでしょう。

 しかし多くの経営者にとっては、「売上世界一の企業になる」ための方法には何らかのこだわりがあるものです。「インターネットを通じて」と手段にこだわる人もいれば、ただインターネットという手段にこだわるだけでなく、「顧客や社会を常にびっくりさせる画期的なサービスを提供しながら」いう価値観にこだわる人もいるでしょう。

 「当社のサービスによって世界の格差をなくしながら」とこだわる人もいれば、「従業員満足度世界一を達成しながら」という価値観を掲げる人もいるでしょう。

 経営者も1人の人間。人間は生まれてから成長するにつれて、それぞれに育った環境や関わってきた人々との関係、経験からさまざまな価値観をつくり上げていきます。

 1人の人間にとって人生における価値観は幾つくらいあるでしょう。そんなにこだわって生きてはいないという人でさえ、日常生活のさまざまな場面で「これについてはこうしたい、こうしないと気持ち悪くて許せない」といったものまで含めると、何十、いえ何百とあるかもしれません。

 価値観が異なる人と一緒にいるとストレスを感じるのが人間です。かといって何十、何百という自分の価値観と一致する人を求めていったらどうなるでしょうか。

 ある価値観に対してイエス/ノーがあるとして、価値観が5つになると2の5乗、すなわち自分と価値観が合う確率はわずか32分の1。人材を募集しても32人に1人しか価値観が合う応募者がいないことになります。

 これではそこからさらに能力・経験・志向などで選びようがありません。価値観を何十、何百と求めるとどうなってしまうでしょう。

 個人の価値観は“共に働く”という経営レベルで言えば、こだわる必要のないものがほとんどです。

 つまり、「売上世界一の企業になる」という目指す目的に向かって、“これだけは譲れない”という価値観だけに絞るべきなのです。

 譲れない価値観にはとことんこだわる一方で、それ以外の価値観の違いは、会社が時代に合わせて変化していくために必要な多様性として、むしろ積極的に受け入れるのです。


5 「経営理念」は経営者を縛るのではなく、解放し、迷いをなくす

 理念経営の話をすると、経営者の中には、「経営理念があると、あれをやっちゃいかんと手足を縛られそうで窮屈だ」、あるいは「やりたいことを縛られそうで、儲かるものも儲からなくなる」と否定する人もいます。 

 いえいえ、「経営理念は決して経営者を縛るものではありません。むしろ経営者を解放するもの」です。

 自分自身が「この会社をどうしていきたいか」=「何を大切にしながら、何を目指したいのか」が明確になればどうでしょう。それが1人の人間としてこれまでに築き上げてきた目的や価値観であれば、恐らく今後何十年と変わらないはずです。

 人間は、よほどショッキングな体験―例えば、戦争や大事件、親しい人の特別な死など―が積み重ならない限り、大人になるまでに築き上げてきた価値観は簡単には変わらないものです。それどころか、年齢を経るにつれ、さらに固まっていくようです。

 経営者の考え方は十人十色、法に触れない限り、どんな目的や価値観、経営理念を掲げてもいいのです。そして自分自身が「この会社をどうしていきたいか」が明確になれば、迷いもなくなり、まい進していけるのです。

 今後さまざまな経営上の決断場面がやってきて答えが分からなくなったとしても、最後は自分が掲げた理念に従えばいい。

 私が理念経営コンサルティングという仕事を始めて、前職時代も含めると約20年になります。最初の頃にご支援した経営者の方々に今でも時々お会いしますが、「その後どうですか。当社でご支援して整理して明確化した理念は変わりましたか」と聞くと、「全く変わっていませんよ」と返ってきます。

 「○○さんの経営や考え方を縛ったりしていないですよね」と聞くと、「あるわけないじゃないですか。だって自分がやりたいことをまとめたのですから」と。

 かつてご支援した際に、それぞれの経営者にとって「この会社をどうしていきたいか」が明確な言葉になったとき、みなさんが一様に「すっきりしました」とおっしゃっていたのが印象的でした。

 経営において迷いが一切なくなるということではありませんが、「迷うことが少なくなったし、最後は理念という立ち返れる場所があるので、安心して経営できます」とおっしゃいます。


6 経営者を終えるとき、人生を終えるときの満足感が違う

 経営者にとって「理念経営」のメリットは、解放されて迷いがなくなる以外にもあります。それは経営者を終えるときや、人生を終えるときの満足感です。

 「理念などなくても要は儲かればいいんでしょ。所詮ビジネスは一番儲けたやつが勝ちなんですから」という経営者は、年収が1億円から2億円になれば満足感は2倍になるのかもしれません。

 が、10億円になれば10倍に100億円になれば100倍に、さらに100億円から1000億円になれば10倍になるかというとどうでしょう。儲けて何かを買うにしても、モノには限界があります。人生を終えるまでに使い切れず、莫大な遺産を残したところで、家族や子孫が必ずしも幸せになるとは限りません。

 一方、「この会社をどうしていきたいか」という自分の目指す目的や価値観が明確で、それにまい進できていたとしたらどうでしょう。1人より2人の顧客を満足させられたり、命を救えたりすれば、満足感や達成感は2倍になり、10人になればそれは10倍となっていくことでしょう。

 人数だけでなく、1人にとっての満足感が2倍、3倍となる、あるいは2度3度と繰り返されてなくてはならない存在となるようなビジネスでもいいわけです。自分が退いた後も後任の経営者と社員たちに引き継げれば、その先もつながっていくことになります。

 そして人生を終えるときを、自分がやりたかったことをやれた、できる限りのことをやり切ったという満足感を持って迎えられるはずです。

 経営者にとって経営は人生そのものであり、「この会社をどうしていきたいか」は「どう生きたいか」という生き方そのものなのですから。

 「理念経営 ホンネの疑問」の第1回の疑問として「理念経営って何がいいのですか?」について、今回は流れの中で主に経営者にとっての良いところについてお話ししてきました。

 では雇われる側の社員にとっては何がいいのか。会社全体で見ればどうなのか。これについては次回第2回で回答していきたいと思います。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容を一部改編したものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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