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土壇場

すこしあいだがあきましたが再開します。
父と母を介護していたときのドタバタっぷりをコラムにして掲載しています。今介護大変なんだよってかたの参考に、少しでもなればと考え、全編無料配信中です。

 介護は戦だ! GB包囲網作戦 

ここまでのあらまし:父が手術のために遠方の病院に入院、自宅にひとり残された認知症の母は夜間徘徊をするようになっていました。母の安全のためにショートステイを計画し、施設選びをするところまでが前回のできごとです。

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土壇場(あとで考えたら土壇場ってほどでもなかった件

 従姉のアドバイスを聞いて迷いは消えた。ここに頼んでみよう。
 一刻も早くBちゃんを施設に入れたいという気持ちだけがあった。徹夜がこたえたか、私のほうにも余裕がない。施設に電話をかけてみると、ショートステイは通常一週間ほどなのだが、

『ご事情がご事情ですので、一ヶ月、お受けしましょう。明日にでも、お母様を連れて、見学がてら面接においでください』
 ありがたいお返事をいただけた。

 ああ、良かった、一歩前進だ。と、寝転がって伸びをして起き上がったとき、世界が変な具合に揺らいだ。
 あれれ、と思ったときには私は座卓と座椅子の間にドーンと転がっていた。地震か? 違う。めまいだ……。
 焦って起き上がろうとしたが、なんというかこう……ぐわーん、ぐわらーんという感じで、タテヨコが定まらない。ちょっと頭を動かしただけでローリングが襲ってくる。めまいといえばメニエール。しかしメニエールには吐き気がつきものときく。今、目は回るが吐き気はない。たぶん違うな……と考えつつ、しばらく転がったまま世界が止まるのを待った。

 ここで倒れるとヤバイよ。せめてBちゃんを施設に入れてから。できればGちゃんを病院から出してから。神様仏様、お願いします……。

 十分ほどでめまいは去った。そういえば徹夜したっけ。ようやく思い出した。こわごわと起き上がり、無茶したらアカン年になったんだと、つくづく思った。

 その日の夜、Bちゃんからの怒電は午後十時過ぎ。しかし前回までとはちょっと様子が違っていて、
『すいませんけどね。うちのひと、そっちへ行ってないですか』
 他家へかけている口調である。
「いいえ、来られてませんよ」
 Bちゃんに合わせて他人のふりをする。

『今ね、近所を一回りして探してみたんですよ。でもいないんです、あの人』
 どうやら今夜もまたGちゃん捜しをしたらしい。
『こんな時間まで、どこへ行ってるんでしょう。知りません?』
「先日お話をお聞きしたとき入院するっておっしゃってましたよ」
『Luさんところにもかけたんです、でも出ないんですよ、電話に』

 あかーん……。Bちゃん、Luさん宅はうちですよ。

「じゃ、Luさんには私から電話をかけてみましょう。Luさんって、どなたですか」
『そんなこと、どうだっていいんだよっ』
 いきなり怒声になった。
『とにかくね!』とBちゃんは助走をつけた。

『誰もいないの! お父さんもお母さんも、だーれも! あの人たちはいったいどこへ行っちゃったの? どうしてアタシを一人にするの? ひどいわよ!』

 BちゃんはBちゃんのお父さんが生きていた頃の年齢、すなわち三歳以前の子供時代に旅しているらしかった。

『なんで黙ってんのよ! 何か言いなさいよ! 人、バカにして、だいたいアンタは……アンタ、誰なの?』
「Luですよ、お母さん」

 長い沈黙が続いた。息があがってしまったのか、ハアハアと呼吸が聞こえる。

 そして唐突に電話は切れた。電話で話している相手が娘であることがBちゃんはわからなくなっている。なかなか衝撃的……って、感心している場合ではなく、これは初めての事態だった。

 三十分後、次の電話がかかってこないのでこちらからかけてみた。Bちゃんは電話に出なかった。ということは、また外へ出ているのだろうか。
 午後十一時過ぎ、結局、私は実家へ向かった。もう、ヘロヘロだったので、疾走十五分ってわけにはいかない。油断すると居眠り運転になりそうで、眠気ざましにディー・パーのBURNを(古い)ドカシャカ鳴らしながら走っていった。
 運転中にさっきのめまいがきたらそのへんにドッカーンと突っ込んでたぶん死ぬだろうなとちょっと思った。多少おかしくなっていたのかもしれない。
 幸い無事に実家へたどりついた。玄関は開けっ放しだった。和室を見るとBちゃんは布団の中で服を着たまま眠っていた。室外からでもそれとはっきりわかるほど酒くさい。

 酔っ払ってグダグダになって、電話かけてきたんだBちゃん。

 でもまあ、無事でよかった。玄関を閉め、鍵をかけて、今度はボストンのWALK ON(これまた古い)に眠気を飛ばしてもらいながら自宅へ戻り、そのまま服のままベッドに倒れ込んで、あと少し……あと少しだから頑張れ自分……。

 読みかけの本では幼い竹千代(家康)が吉法師のちの信長に川へ放られ、
「どうだ冷たいか」
「でもない」
 やせ我慢している。

 人生も介護も同じ。長い坂道。みたいなことを考え、そして寝た。


相模の乱・ここまで

次章 GBの大乱 ショートステイ危うし? に続く

こののちBちゃんの初施設利用、初ショートステイ経験にまつわるアタフタと、退院してきたGちゃんとが引き起こした大騒動へ、GB包囲網戦線中もっとも苛烈なシーズンとなりますが、大丈夫、おおむね笑い話です。笑って読んでくださいね。

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