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古代から現代まで続く民主主義と専制主義の戦争『大国間対立の再開』の書評

最近の米中関係は悪化の一途を辿っているように見えます。米国は依然として強大な軍事力、経済力を保有しているものの、中国が軍事的にも、経済的にも勢力を拡大していることを受けて、これを封じ込めにかかっています。

この対決がどのような結果に終わるのか、研究者の間ではさまざまな予測が出されていますが、米国が中国に敗北することはないと予測する研究者もいます。今回紹介する著作『大国間対立の再開:古代世界から米中関係に至る民主主義対専制主義(The Return of Great Power Rivalry: Democracy versus Autocracy from the Ancient World to the U.S. and China)』もそのような立場をとる研究者によって書かれたものです。

Matthew Kroening, The Return of Great Power Rivalry: Democracy versus Autocracy from the Ancient World to the U.S. and China, Oxford University Press, 2020.

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この著作は古代から現代までの世界史上の事例を分析しながら、民主主義の国と専制主義の国がどのように覇権を争ってきたのかを明らかにすることを目的としています。しかし、著者の本当の関心は政治史の研究を通じて米国の将来を見通すことにあります。

ロシアがヨーロッパで、中国が東アジアで勢力を伸ばしている事態を受けて、米国がそれまでの大国としての地位を保持することができるのか、多くの研究者が議論を戦わせています。著者はこの論戦で米国が中国、ロシアに勝利するはずであると予測しており、その最大の要因として政治システムの優位を挙げています。つまり、民主主義は専制主義よりも優れているというのが著者の基本的な主張です。

著者は民主主義が専制主義よりも道徳的、倫理的に優れていると主張しているわけではありません。民主主義は専制主義よりも効率的に資源を動員し、戦争を有利な条件で遂行することができると主張しているのです。このような議論は政治学の歴史において何度か繰り返されているものであり、例えばヘロドトス、マキァヴェッリ、モンテスキューといった思想家は、民主主義を採用した国は、国内の人的、物的資源を動員する能力において優れていると考えたことで知られています。

現代の研究者も、このような見解に実証的な妥当性があることを認めており、特に戦費を調達する能力においては民主主義は専制主義よりも有利であると考えられます。これは長期的観点で地政学的競合を勝ち抜く上で決定的に重要な能力であり、ペルシア帝国のクセルクセス、フランス帝国のナポレオン一世、ドイツ第三帝国のヒトラー、そしてソビエト連邦などに欠落していた能力でもあります。

第1部でこのような説明を展開した上で、著者は第2部では計量的アプローチと定性的アプローチを併用しています。第3章の分析によれば、19世紀以降の各国の国力を比較すると、「民主主義の国家は専制主義の国家よりも多くの勢力を保有」しており、また統計的に「経済成長、借手としての信用力、貿易の開放性、同盟国の多さ、同盟関係の保有期間、同盟の信頼性、軍事的効率」と相関があると述べています。

第4章以降では民主主義が専制主義を打ち負かした事例を定性的に分析しています。アテナイ、スパルタ、ペルシア(第4章)、ローマ、カルタゴ、マケドニア(第5章)、ヴェネツィア、ビザンツ帝国、ミラノ(第6章)、オランダ、スペイン(第7章)、イギリスとフランス(第8章)、イギリスとドイツ(第9章)、そして米国とソ連(第10章)という順番で手際よく議論が進んでいきます。これらの事例に共通しているのは、民主主義を採用する国家が、長期にわたる地政学的競合に晒された際に、優れた適応能力を示す傾向にあるということです。

第3部からは現代の国際政治で争っているロシア、中国、米国の分析に移ります。そこで著者はロシアと中国の政治システムが、富と力の拡大を求める彼ら自身の政策を制限していることを指摘しています。米国は自らの民主主義を優位として考えるべきです。このロシアや中国にはない優位を活用することが長期的な競合を勝ち抜く上で重要です。このように米国が世界の大国としての地位を保持することが可能であると著者は結論付けています。

著者の計算によれば、国際政治で大国の地位にある民主主義国家がその勢力を維持する平均期間は130年です。短期で覇権を喪失したアテナイの場合はその期間は95年でしたが、極めて効率的な民主主義国家だったイギリスは221年にわたって勢力を維持しました。米国の勢力は75年を経過したところであるため、まだ数十年にわたって勢力を維持できる可能性があると見積もられており、あるいは100年持ちこたえるかもしれないと著者は述べています。

もちろん、社会科学の法則は決定論的なものではありません。思いもしなかった偶発的要因が作用することによって、米国が衰退する時機が予測より早くなる可能性がゼロではないことも著者は認めています。


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