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やり方によっては、戦争で利益を出すことは可能らしい『征服は儲かるのか?』の書評

現代の世界で戦争は非人道的なだけでなく、非合理的だと考えられています。そのため、戦争に何らかの経済的な利益があると想定すること自体が難しくなっています。しかし、現代の政治学の研究では戦争を合理的選択の結果として説明するものもあり、戦争の勝者が敗者からどの程度の経済的利益を奪い取ったのかを調査することには大きな意義があります。

リバーマンの著作『征服は儲かるのか?:占領下工業社会の搾取(Does Conquest Pay?: The Exploitation of Occupied Industrial Societies)』(1996)は工業化された国が軍事的占領下に置かれたときに、どれほど搾取されていたのかを明らかにしている興味深い研究です。

Peter Liberman, 1996. Does Conquest Pay?: The Exploitation of Occupied Industrial Societies, Princeton University Press.

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現代の多くの人々は工業化が進んだ先進国は他国の領土を戦争によって獲得したとしても、経済的な利益を得ることは期待できないという見解を広く共有しています。しかし、近代戦争であっても、戦勝国が敗戦国を経済的に搾取しようとした事例はたくさんありました。

この著作の目的は、この認識と事実のギャップを埋めることです。工業化が進んだ国であっても戦争によって敵国に軍事占領されたならば、経済的な搾取を免れることはできませんでした。侵略に成功した国家は、防衛に失敗した国の労働力、資本、土地を自国の経済システムにとって有利な条件で再構成し、自国経済のために搾取していました。そこからもたらされる経済的な利益は占領を維持するための軍事的な経費を相殺した上で、さらに追加の収益を確保していたと著者は主張しています。

最も典型的なのは第二次世界大戦でドイツ軍に占領された西ヨーロッパ諸国の事例です。ドイツ軍は抵抗運動を武力で鎮圧し、対外的な防衛態勢を維持するため、相当の兵力を占領国に配備していたのですが、占領国の行政機構を操作することによって、占領に伴う経費を最小限に抑制し、駐留兵力の経費を十分に賄った上で収益を出すことが可能でした

著者はデンマーク経済の総生産の20%、フランス経済の総生産の30%、オランダ経済の総生産の40%以上がドイツによって搾取されていたと見積もっています。ドイツ政府は外国人労働者に対して強制労働を命じ、企業には強制献金を課すなどの方法で、自国の軍需生産に従事させていました。

占領地域で労働者が失業し、あるいは企業が廃業に追い込まれたとしても、ドイツ政府はそれを救済しませんでした。そのため、多くの国民が経済的に困窮していたことも指摘されています。これらの要因はドイツ軍に対する抵抗運動への参加を促したと考えられますが、外国からの軍事的援助がなければ、抵抗運動はドイツ軍に対抗できませんでした。

第二次世界大戦が1945年に終結すると、ドイツは東西に分断され、東ドイツは搾取する立場から搾取される立場に追い込まれました。ソ連は当初、東ドイツに賠償責任を負わせ、工場の設備や機械などの資本を差し押さえ、その売却益で利益を確保しようとしていました。この政策は間もなく見直されることになりますが、1945年からの8年間でソ連は東ドイツの国内総生産のうち平均23%を搾取していたと著者は見積もっています。

ただ、著者は国家が戦争で経済的な利益を確保することが容易であるとは主張していません。この著作で取り上げられた軍事占領の事例は、いずれも非常に過酷な経済的支配でした。その過酷さが増すほどに、軍事占領の利益が大きくなっていたことも示されています。その過酷な人権状況を問題視する勢力が外国に出現し、抵抗運動を援助し始めれば、軍事的占領に伴う費用が急激に増加する可能性は否定できません。

結局、軍事占領で経済的利益を確保する場合、その占領地域で組織される抵抗運動が国際的に孤立していることが大前提になります。もし、外国が抵抗運動に援助を始めれば、軍事占領を維持するために追加の経費が発生し、収支が急激に悪化するかもしれません。これらすべての要因を考慮した場合、戦争はやはり不利益な政策のように思えると著者は述べています。

この著作で展開されている議論の多くは二次的文献に依拠しているため、研究者はこの研究の詳細な内容についていくつかの批判を加えています。しかし、この研究が近現代の戦争がもたらす経済的影響を理解する上で重要な成果であり、将来の調査研究を進める上で重要な一歩になるという点で高い評価を受けています。

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